1章34話『デスゲーム』
ティリタはゼロと俺を集めてその作戦を話した。
彼の作戦は、確かに理にかなっていた。
「チャンスは、1度きり。文字通り命懸けの作戦だ」
ティリタの目はいつも以上に輝いていた。
しかし、俺にはわかる。本当はこんな事したくないと。俺やゼロの命を危険に晒すような事をしたくないと。
彼の拳の震えがそれを教えてくれた。
だが、もう引き下がれなかった。
「ティリタ……俺を壊せ」
「…………覚悟の上だね?」
「覚悟なんて当の昔に決めてる!いいから俺をぶっ壊せッ!」
その光景を見ていたベルダーは、
「そこまでして、僕に読まれることを拒否するのか?」
と、不思議そうに首をかしげる。
それは煽りでも何でもなく、心の底から湧き出した純粋な疑問だった。
「お前には、わからねぇだろうがな…………」
俺は手袋をつけ直した。
「たとえどんなに弱くても、誰かの操り人形になるのはゴメンだ」
「…………理解しがたい。僕に全て委ねてしまえば、君は価値を見出すことが出来るのに」
「テメェに見出されなくても、とっくに俺達には価値がある。それを今から教えてやるよ」
俺はティリタの方を振り向いた。
「本当に…………やるんだね」
「当たり前だ。ゼロ、お前も覚悟決めろよ」
ゼロは銃をクルクルッと回し、俺に向かって微笑んだ。
「笑わせないで。あんな奴、覚悟を決めるまでもないわ」
その背中はとても頼もしく、同時に切なくもあった。またあいつを恐怖に晒してしまう。またあいつが発狂してしまう。
自分が腹立たしくて仕方ないが、アイツを倒すにはこれしかなかった。
「頼んだぜ、ゼロ」
すまない、ゼロ。今回だけは目を逸らさせてくれ。お前の心を見て見ぬフリするのを、許してくれ。
ゼロは頷き、ベルダーに突っ込んでいった。
ベルダーは闇魔法を放ってゼロを止めようとするが、機敏に動くゼロは、踊るようにそれらを全て回避する。
「ティリタ、タイムリミットは?」
「おそらくあと10分程」
「わかった。そろそろ頼む」
ティリタは頷き、こう言った。
「信じるよ、グレン」
俺は自分が壊れていく感覚を味わいながら、不敵に笑った。
ゼロはベルダーに大きく接近したが、ベルダーが魔法を連発してゼロを近づけようとしない。
ゼロの銃での攻撃は全てローブによって無効化されてしまうが、それでも撃つしかない。
「…………くっ!」
だんだんと、ゼロの動きに疲れが見え始めた。
各行動の終わりに1秒弱、静止時間が発生するようになった。銃がカスリもしなくなった。
「やっとこの時が来たってわけか」
俺は指をポキポキと鳴らし、ベルダーの下へ走っていった。それを引き止めるティリタの声を無視しながら。
ティリタは心配性だから仕方ないとは思うが、もう少し俺を、そして自分を信じてほしい。
「ハァ……ハァ……」
ゼロは床に手をついて止まってしまった。
逃げなきゃいけないのはわかっている。だが、体が言うことを聞かない。
ベルダーはニヤニヤとゼロを見ながら、魔導書の紅い光を纏った。
「じゃあね、無様な廃本さん」
ベルダーは巨大な火の弾をゼロに向かって放った。人間1人と激突した火球は一気に周囲に炎を広げ、強い光を放った。
一面の業火。
少しずつ縮小していくその炎を見つめ、ベルダーは高笑いした。
「ハハハハハッ!僕に逆らった罰さ!」
その中で燃え盛る、もう一つの炎に気づかずに。
「…………まずは一歩だ」
俺は右手を、斜め下に大きく振り下ろした。
炎は一瞬で消滅し、その先の2人の姿を隠すことなく公開した。
「…………へぇ」
ベルダーは笑顔を見せていた。
そこに焦りが混じっていたのは言うまでもない。
俺は座り込むゼロに被さるように立っていた。
右手から紅い粒子を飛ばしながら。
「グ……グレン!」
ゼロは度肝を抜かれたように叫んだ。
「ゼロ、大丈夫か?」
「…………私を守ってくれたの?」
「今までの借りを返しただけだ」
俺は事前にティリタにシールドアップとスピードアップを限界まで付与して貰っていた。
ベルダーに真っ向から挑む為につけてもらったものだ。ぶっ壊れてる奴に対抗するには、俺の強さもぶっ壊さないといけないからな。
が、結果としてその力でゼロを守ることができたというわけだ。
「さすがの覚悟だ…………だが」
ベルダーはもう一度、且つ先程より大きい火幻素の塊を手に纏った。
「もう一発耐えられるかな?」
ベルダーはノータイムで火の球を発射してきた。隕石のように燃える炎は俺の何倍も大きく、とても熱かった。
「火魔法なら負けねぇぞ!」
俺は対抗して、彗星から繰り出される炎をぶつける。
熱と熱はぶつかり合い、熱風を発生させ、希望とも絶望とも取れる強力な光を放った。
互角同士に見えるその勝負、ギリギリ押し切ったのは――――――
「!!!」
ベルダーだった。
ベルダーの火球は俺の炎も取り込み、より大きい炎となった。迫ってくる熱を避けることもできず、俺はそのまま炎に包まれた。
「あっけないねぇ!やはり僕に逆らう事は許されないのさ!」
ベルダーは炎に背を向けて笑う。
だからこそ、その炎が揺らいだ事に気が付かなかった。
「オラァ!」
俺は炎を突き破って全力でベルダーに殴りかかる。大きく飛び上がった俺の右手には、何一つ魔法が纏われていなかった。
「……諦めが悪い!」
ベルダーはクルッと回り、速攻で魔導書付近に幻素を集めて小さめの風魔法を放った。
それが、ベルダーの敗因だった。
「ゲームオーバーだ」
俺は体を大きく下に落として魔法を回避した。
いや、最初から落ちることを想定して飛びかかったのだ。
俺は体を落とす。そしてそのままベルダーの懐に潜り………………
ベルダーの魔導書を殴り壊した。
バサバサと散らばる魔導書のページ。
それと同時に様々な色の幻素が空間に放出され、数秒後に虚数空間に戻っていく。
その光景はとても美しかった。
「そっ…………そんな!」
「これでお前は、俺達に手を出せない」
媒体なしで魔法を使用することはあまりにも危険すぎる。
そのため、もしそれを実行しようとしても虚数空間や幻素の大幅な活動をマスターズギルドが検知し、それを強制的に止めてしまう。
「まっ……まだだ!僕は転生者だから、何度でも蘇るんだ!僕が死んでいい訳がない!」
すると、背後からティリタが前へ出てきた。
「さっき、ギルドマスター経由でマスターズギルドから連絡があった。…………君を、教会の転生者管理システムから除外した、と」
「な…………何?」
「君は死ぬ。蘇ることなんてない。そのまま地獄に直送さ」
ベルダーの表情が大きく変わった。
「ベルダー…………改めて言う」
俺はベルダーを指差した。
「ゲームオーバーだ」
ベルダーは悔しそうに目に手を置き、顔を隠す。
現実を前に、うめき声を出すことしかできないベルダー。
しかし。
「フッ……ハハハハハッ!!」
ベルダーは重いローブを脱ぎ捨てた。
「褒めてあげるよ…………僕にこれを使わせたことを!」
ベルダーは懐から赤いカプセルを取り出した。
「このカプセル…………このアルコンの『EVOカプセル』さえあれば僕は神にだってなれるんだ!!!」
ベルダーはカプセルを口に投げ入れ、噛み砕いた。




