1章32話『アマチュア』
「泣かせますね、転生者さん」
シエルは全くの無表情で言った。
「たった1人で強敵を相手にしてでも、死にそうになっている仲間を助けたい、と」
あぁそうだ。その通りだ。
俺はどれだけ傷ついてもいい。あいつにはもう、恐怖を味わってほしくない。
「自分で彼女に頼って、自分で彼女を危険に晒したというのに?」
「………………ッ!」
「何も言い返せないようですね」
あぁ……そうだ。
俺は自分が弱いことを言い訳にゼロに頼って、あいつの内に秘める恐怖に気づかないままあいつを発狂まで至らせてしまった。
「お前の言う通りだ。俺は何も言い返すことができない」
シエルはフッと笑った。
「無様ですね。自分の過ちを私にぶつけられても困りますよ」
それに、とシエルは続ける。
「何度死んでも蘇るというのに、なぜそこまで生にこだわるんです?」
この一言だった。
俺の思考は、ここで大きく転換した。
同時に、俺はこいつへの、そして《エンセスター》へのほんの少しの慈悲を完全に焼き捨てた。
「うちのギルドマスターが言っていたんだ。《エンセスター》だって元は人間なんだから、きっと話し合えば分かり合えるって」
そして、俺はそんなアオイさんの意見に共感し、作戦に関係のない《エンセスター》は殺してこなかった。
さすがに作戦上どうしても殺さなくちゃいけない奴らは、生かしておくと俺らが《エンセスター》の仲間と思われてもおかしくないから殺さざるを得なかったが。
俺は悪人を殺すことで平和を保ってきたが、悪人を善人にでき、それによって人々が救われるなら、こんなに理想的な話はない。
だが、
「今ので改めて確信したよ」
気が変わった。
「シエル、アンタ現地人だろ?」
「それが何か?」
この時点で俺は決めていた。
「アンタはさっき『泣かせますね』と言ったが…………泣く暇もなく殺してやるよ」
この時の俺は、グレンではなかった。
完全に、『紅蓮』だった。
俺は地面を強く蹴った。幸いDEXにはある程度振ってある。
走ってる間に火幻素を溜め、シエルに到達すると同時に彼に全力で叩きつけた。
「死ね」
カッコつけてる余裕なんてない。
そんな時間あるならその時間を詰めて対象を殺す。
殺しのルールに背かないように、出来るだけ時間を短縮して、対象に一切の慈悲を与えず、
殺す。
「マジックダウン!」
シエルは俺のフレイムをマジックダウンで相殺して対抗してくる。
完全に無の状態のシエルの顔を見て、俺の怒りは加速する。
「テメェに…………何が分かる……!」
結局両者とも、反動で後ろに大きく動くこととなった。
俺は足でブレーキをかけながら、次の攻撃の準備をする。
俺はもう一度、右手に火幻素を溜めながらシエルに向っていった。
「何度やっても同じことですよ」
シエルはマジックダウンを撃とうと、杖を後ろに引いてきた。
確かに、同じことを繰り返せば結果は同じになる。
同じことを繰り返せば、な。
俺はシエルにまっすぐ突っ込むと見せかけて、少し右に逸れ、そのまま右の本棚を蹴って上へ進み、さらに反対側の壁も蹴って上へ登る。
「何ッ?」
俺は体を捻りながら、蓄えていたフレイムを少しずつ解放していった。
台風のように俺を中心に渦を巻く炎は、空間もろともシエルを焼き尽くそうと燃え盛っていた。
「ゲームオーバーだ」
重力と炎が組み合わさった強力な一撃は激しい音を立ててシエルを襲った。
別の本棚に隠れてやり過ごしたシエルは服のホコリを払いながら言った。
「…………何をいきなり感情的になっているのです?」
「喋るなアマチュア」
「アマチュア……?」
「テメェは人生のアマチュアだ。俺が人生ってモンを教えてやるよ」
シエルはハァとため息をついた。
「年端もいかない子供に教えられることなどありません」
「そんな口叩けるのも今のうちだ」
俺はフレイムを放った。
轟音を立ててまっすぐ飛んでいく炎の塊はマジックダウンでいとも簡単に消し飛ばされた。
「無意味です。この戦闘に意味はありません」
「無意味かどうか、決めるのは俺だ」
俺はフレイムを撃った。
「ワンパターン戦法は勝率を下げるだけです」
シエルは杖の周りにマジックダウンを纏わせ、野球のボールを打つように炎を跳ね返した。
ドォォォォオオオンと紅く広がる炎。
シエルはため息をつき、後ろを向いた。
しかし、炎は揺らいだ。
「死ね」
俺はフレイムの後ろから猛スピードでシエルに突っ込んだ。1発目のフレイムをはねのけた後でも確実にシエルの首を落とすために。
「くっ……!」
はじめて、シエルが苦しい表情を見せた。
超近距離のフレイムを杖でいなし、俺の腹に1発蹴りを入れた。
すかさずもう一発近距離フレイムをかまそうとしたが、ここは一度冷静になることにした。
冷静に後ろへ数歩引き、敵の動きを見ることにした。
案の定、シエルはデバフ魔法を撃ってきた。
「スピードダウン」
鈍い黒色の光が静かに俺に迫る。
こんなもの、当たってられない。
敵に有利な状況を作ることは、殺しのルールに反する。
俺は敢えて距離は詰めず、横にずれる形で魔法を避けた。
「予想通りです」
シエルのその言葉通り、杖は俺の方を向いていた。
「メガポイズン」
ゼロを襲った紫色の魔法は俺にも牙を向いた。
避ける間もなくメガポイズンをモロに喰らった俺は、全身を刺すような痛みに襲われた。
「ぐっ…………!」
痛い。
体が危険信号を発していた。
死へのカウントダウンが開始されたような気がした。
だが……
「この程度でうろたえるわけには行かねぇんだよ」
俺は痛む体を無理やり動かしてシエルに向かっていった。
「なぜ……メガポイズンを喰らったのに動けるんです?」
「お前如きの魔法に負けるほど俺は弱くねぇ」
待つことをせずシエルに正面から殴りかかりに行く俺。
「ほぅ……根性だけはあるんですね」
シエルはスピードダウンを、振りまくように放った。回避することができなかった俺はそのままスピードダウンの効果を受ける。
「…………そうだ、根性はある」
この時点で俺は既に勝利していた。
「だが、俺が持ち合わせているのは根性だけじゃねぇ」
ゴゴゴゴゴ…………
表現でも何でもなく、本当にこんな音が聞こえてきた。
バサッ、バサッと本が落ち、それはゆっくりと倒れてきた。
「まさか……あの時の!」
「そうだ!あの時の回転フレイムはお前を狙うことが目的じゃねぇ!」
ゆっくりと倒れてくるそれに、シエルは表情を歪めた。
「本棚の下層部を焼いて倒すのが目的だ!」
最初はゆっくり、最後は一気に。
倒れてきた本棚はシエルを殺めんとしていた。
「くっ……!」
メガポイズンで本棚を弾き飛ばしたシエルだったが、本棚に気を取られすぎて背後から迫る俺に気づけなかった。
俺はシエルの首を掴み、持ち上げた。
「『何度死んでも蘇るのに、なぜ生にこだわるか』だと…………?」
シエルを掴む俺の手はデメリット効果による痺れに襲われていた。
だが、離すわけには行かなかった。
「死んだことのないお前が生を語るな」
俺は全力のフレイムをゼロ距離で放った。
内側から爆発したシエルの亡骸は、彼の最初で最後の死にふさわしい物とは言えないほど醜いものだった。




