1章31話『護衛係』
隠し階段をじっと見つめ、お互いの緊張を感じ取り合う俺達。
2階からは《エンセスター》と第一部隊が戦う音が聞こえてきた。こちらに気づいて降りてくるなんてことはないだろう。
それに、それが正しい行動だとしても作戦とは違う行動を強制すれば俺達は敵と見なされてしまう。
もし俺が同じ立場なら、こんなに都合よく隠し階段を見つけた奴を完全に信じようとは思えない。
「この先に行くのは俺達だけだ」
俺が出した答えはこうだった。
2人は俺に頷き、俺についてきてくれた。
長い階段を降りた先は薄暗い機械的な廊下。
いくつか小部屋があるが、そのほとんどが電気の消えた空き部屋だった。
俺はその空き部屋に侵入した。
部屋の中はテーブルと座椅子、小さな本棚、それと簡素なキッチンと冷蔵庫があった。
その壁に埋め込まれたクローゼットを見つけた俺はその扉を開く。
その中身を確認した後、部屋にゼロとティリタを招き入れる。
「侵入してるのがバレたらマズい。ここに《エンセスター》の正装らしい服があるから、これに着替えよう」
俺は2人に、羽織るタイプの白いフード付きローブと《エンセスター》特有の、溶けた骸骨のような仮面を手渡した。
「シュミ悪…………」
「んなこと言ってる場合か」
俺達はローブを着て仮面を被り、もう一度廊下へ出た。見渡した限りこの廊下に監視カメラはないようだ。
隠し階段が見つからないとまず侵入されない場所だし、1階には見張り役とも考えられる《エンセスター》もいたから、経費削減のためにここの監視カメラはつけなかったのだろう。
長い廊下をコツコツと音を立てながら歩いていく。
他の《エンセスター》は部屋で本を読んだり、何か……おそらくベルダーに祈りを捧げていたりした為こちらに気づくことはなかった。
廊下の途中、ゼロが俺にこう言った。
「ところでグレン、目的地はどこかわかってるの?」
「いや、まだわからない」
一応方法は考えてある。
成功率は期待しない方がいいとは思っている。俺達の技術力がかなり試されるからな。
「そうだな……この辺りなら大丈夫かも知れない」
俺は付近の電気がついている部屋を探し、ノックして入った。
「失礼します、新入りのグレンと申します」
「ん?新入り?私の部屋に何の用だ?」
「司書様のお部屋に行きたいのですが、道がわからなくなってしまいまして」
「あぁ、そこに予備の地図があるから勝手に持っていけ。本を読むのに忙しいんだ」
俺は《エンセスター》に礼を言い、地図を持って部屋を出た。
「地図、貰ってきたぜ」
俺は2人に地図を見せる。
どうやらこの施設は十字形になっているようで、地図の上の部分に『司書室』の文字があった。
対して地図の下側には黒のペンでグルグルに印をつけられた部屋がある。
おそらくこれが地図の持ち主の部屋、つまりおおよその現在地。
「このまままっすぐ行けば、ベルダーの部屋に辿り着くようだ」
俺達は長い長い廊下を足早に抜けていった。
「ここが司書室か…………」
俺は取り付けられた看板を見て呟いた。
確かに他に比べて、扉が高級感溢れるものになっている。
「じゃあ……入るぞ、2人とも」
俺はドアノブに手をかけ、大きく手前に引いた。
風を起こして開いた扉の先にあったのは、首が痛くなるほど高い本棚の数々だった。
しかし、そこにベルダーの姿はなかった。
「そんなバカな…………」
俺達が呆然としていると、本棚の裏から仮面をつけた男が現れた。
髪が長く、白く、キリッとした大人の顔立ちだった。
「何をお探しでしょうか?」
俺達が一瞬戸惑ったのを見逃さなかったのか、男は畳み掛けるように言ってきた。
「私、司書様側近の執事のシエルと申します。長年このギルドに勤めてるものですから、メンバーが何を求めているか、なんとなく察しがつくんですよね」
半分感心、半分警戒の状態が続いた。
「当ててみせましょう。あなたが探しているのは、司書様ですね?」
ドキッとした。まさか本当に言い当てられるとは思わなかったから。
とはいえ、なんとか平然を保ちつつ
「…………正解です」
とだけ返した。
するとシエルは、
「司書様を探している理由……私に言えるものではないのでは?」
なるほど、そこまでわかっているってことか。
「聞いてもらうつもりはありません」
俺は右手に手袋をはめた。
それを見た後ろの2人も、それぞれ武器を構えた。
「手荒な真似はしたくありません。今引き返せば、今回は見逃してあげましょう」
「それはこっちの台詞だ。大人しくベルダーの下に連れていけば、俺達はお前を殺さない」
シエルはため息をついて、杖を装備した。
「スピードダウン」
シエルは俺に向かって黒い魔法を放った。
それに包まれた俺は、まるで俺の周囲だけ重くなったかのような感覚に陥った。
体は重いし、足は思ったように動かないし、手の動きも遅く感じる。
「グレン!大丈夫かい!?」
「あ……あぁ。なんとかな」
この時点で俺はシエルの職業を特定できていた。
「アイツは…………呪術師だ!」
呪術師は聖職者と対を成す職業。
聖職者は味方に能力上昇をかけるのに対し、呪術師は敵に能力低下をかける。
基本的にパーティーのサポート役として採用されることが多い職業なのだが、シエルは単騎で戦っている。
だが、こっちには最強の死刑執行人がいる。
いくら実力のある呪術師でも、固定ダメージを下げることはできない。
仕方ないが、あいつに頼るしかない。
「ゼロ!」
「言われなくても」
ゼロは既にシエルに向かって突進していった。
しかし、さすがベルダーの側近。その程度の対策は取ってあるようだ。
「メガポイズン」
紫色の魔法がゼロを包み込む。
「ぐっ……!」
シエルを殺さんとしていたゼロは突然腹を抑え、もがき始めた。
「メガポイズン。上級の毒魔法です。幻素は組み合わせ次第で無限の可能性を得る物質。それを最大限活かせるのが、聖職者や呪術師なのですよ」
シエルは手を後ろで組んで言った。
ゼロは毒に悶えその場からパッタリと動かなくなってしまった。
「ティリタ!ゼロを治せないのか!?」
「もうやってる……!でも、ヒールに毒を治す効果はない。毒消しのポーションを飲めば少しは効果があるかも知れないけど…………」
上級魔法の毒攻撃だからなんとも言えない、と。
「ティリタ、ゼロをどこか安全な場所へ」
ティリタが頷き、ゼロに駆け寄ろうとした時、シエルは言った。
「いいんですか?そんな場所にいたら、私はまたメガポイズンを撃ちますよ?この毒は永続的に、腹の内側から無数の針を刺されるような感覚に落ち続ける…………あなたに耐えられますか?」
「………………!!」
ティリタはそれ以降黙ってしまった。
全く、答えは単純だと言うのに。
「あの毒魔法を撃たせなければいいんだろ?」
俺はバッグをドサッと置いた。
「俺が持ってる毒消しポーションをありったけやる。ゼロの毒を治してやってくれ」
ティリタは心配そうにこっちを見る。
「アイツは……俺が食い止める」
俺は右手に火幻素をため始めた。




