1章30話『アナザールート』
キングスポート港から出発した船は巨大図書館もとい《エンセスター》の本拠地に向かって進んでいた。
食料と水、それから簡素な武具。あとは砥石やポーション、弾の予備が倉庫に詰まっていた。
船の中の設備も非常によく整っている。特に到着まで不自由はないであろう。
今回派遣された冒険者は30人。
これを多いと見るか、少ないと見るか。
《ブエノスディアス》は戦闘系のギルド。マスターズギルドのクエスト、特に超級以上のクエストはほとんど彼らがクリアしている。
独自のクエストボードはないが、ギルドの利益は《アスタ・ラ・ビスタ》を大きく上回る。
今回派遣されたのはその中でも対人戦に長けた者達。転生者と現地人が入り交じっている。
Lvもほとんど60以上、最低でも56。
まだLv20にも満たない俺達は完全に場違いだ。
じゃあなぜ俺達がこの作戦に駆り出されたか。
それは、俺達が唯一ベルダーと対峙したパーティーだからだ。
アイツと戦った俺達は、アイツの強さを知っている。
いや……『戦った』とすら言えないかも知れない。『一方的に倒された』と言う方が適切だろう。
「ゼロ、ティリタ…………もう一度聞く」
2人は俺をじっと見つめる。
「本当に怖くないか?」
ティリタはすぐに返した。
「もうとっくに覚悟を決めたよ」
「そう、か…………」
ティリタのその発言に嘘は見えなかった。
俺はこいつを信じよう。
「ゼロは?」
ゼロは終始髪をクルクルと捻じりながら、そっぽを向いていた。
「何度も言わせないで」
ゼロは冷たくあしらったが、どうやら私を信じろってことらしい。
「悪いな」
俺はゼロに軽く謝罪し、笑った。
ついに俺達は巨大図書館に到着した。
生き物の気配は全く無く、ここだけ時間が動いていないように感じた。
俺達は船の案内人に促されて島に上陸した。
一歩一歩がとても重く感じる。
目の前にある図書館は、美しく、そして禍々しかった。
「ここが《エンセスター》の拠点…………」
「この人数で突っ込んでくれば、さすがにあっちも気づいているだろう。注意して進め」
今回の作戦を説明しよう。
まず俺達は3つの部隊に別れている。
正面から突っ込んで敵を誘導する第一部隊。
その隙に屋外階段を使って東と西の両方から攻める第二、第三部隊。
俺達は前者、第一部隊だ。
正面の入り口から、出来るだけ目立ちながら侵入していく。
「まず俺が扉を蹴破って音を立てる。その音で出来るだけ中の《エンセスター》を呼び寄せるんだ」
第一部隊のメンバーは範囲攻撃に優れている者が多い。ゼロもその1人だ。
中の《エンセスター》を可能な限り壊滅させる。そうすることで、たとえ《エンセスター》を崩壊させる事ができなくても、かなりの打撃を与えられるのだ。
もちろん、陽動としての意味もある。
この巨大図書館は4階建て。最上階には重要な資料が厳重に保管されている。
《ブエノスディアス》の調査によると、ベルダーはここを改造して司令塔としているらしい。
しかし、こちらから最上階の鍵を開けたり突破したりするのは賢い選択とは言えない。
もし出来たとしても音で気づかれて、扉の向こうで待ち伏せされるだけだ。
こちらが陽動を行って、向こうから出てきてもらうしかない。
それが1つ目の作戦。
2つ目は、扉以外から突破する方法だ。
屋外階段を伝って、4階の上の屋根に登る。
そして屋根に穴を開けて屋根裏に侵入し内部に毒ガスを撒く。そして中のベルダーを暗殺するという作戦だ。
しかしこれにも問題がある。
屋根裏を歩く音で気づかれてしまうだろうし、そうなってしまえば、狭い屋根裏に詰められた人間が最上級魔法をくらって一網打尽だ。
だから陽動作戦で注意をこちらに向け、少しでも気づかれる可能性を下げなくてはならない。
もしベルダーが4階の部屋から出てきた時は屋外階段から中に侵入してベルダーを叩く。
今回の作戦は俺達、第一部隊が鍵を握ることになる。
ドガシャアアッ!!
俺は扉を力強く蹴破った。STRなら俺は誰にも負けない。
巨大図書館の中は、荒れた外とは打って変わって綺麗に整備されていた。大きな本棚が2つと大量の小部屋。おそらく本の内容ごとに分けているのだろう。
大きな物音と共に、中にいた《エンセスター》の数名が小部屋から出てきた。
「行くぞ!」
俺の掛け声で動き出すゼロとティリタ。
同時に俺も手袋をしっかりとはめ直した。
最初に動いたのはゼロだ。
ゼロはいつも通り華麗なガン=カタで敵の脳を一瞬で貫き、大量の血が床を染めた。
その後に続いて、他の《エンセスター》も様子を見に部屋から出てきた。
ちょうどいい。新しい武器の試し撃ちをしたかったところだ。
「フレイム!」
俺は右手に強い力を込め、フレイムを放つ。
その威力は前の武器とは比べ物にならない強さだった。
「すげぇ……これが、『彗星』!」
俺のモチベーションは爆発的に上がった。
《エンセスター》は俺に向かって短剣を抜く。
が、俺はそれを迎え撃つようにMPを消費した。
「特訓の成果を見せてやるよ!」
俺は右手に、さっきとは別の力を込めた。
「ダークネス!」
俺の右手に集った黒色のエネルギーは、俺が手を横に降ると辺りを薙ぎ払うように広がった。
「ティリタ!火力上げてくれ!」
「わかった!しっかり耐えてくれよ、グレン!」
ティリタは杖を俺に向ける。
「マジックアップ!」
ティリタがそう叫ぶと、白に少し黄色が混ざった色の光が俺を包んだ。
光を浴びると、俺の力が格段に上がっていることがなんとなくだが分かった。
「行くぜもう一発!」
俺は闇幻素を集結させた。
「ダークネス!」
今度は一直線に飛んでいき、ある位置で広がるように爆発した。闇は辺りの敵を一瞬で消し飛ばし、あたかもそこに何もなかったかのように見せた。
辺りはかなり荒れてしまったが、敵を殲滅することは出来た。他の方向にいた《エンセスター》もゼロや《ブエノスディアス》のメンバーが片付けてくれたようだ。
背後の部隊長が無線機を取り出した。
「こちら第一部隊。1階正面の敵は片付いた」
部隊長は何度か相づちを打ちながら、無線を続ける。
無線機をしまった部隊長は俺達を招集した。
「4階に動きはなかったようだ。このまま2階に進行する」
部隊は斜め右奥の階段から2階に上がっていった。
ゼロとティリタもその後に続いて登っていく。
しかし、俺には1つ気になることがあった。
「グレン?早く行こ?」
「……2人とも、少しいいか?」
俺は目の前にあった2つの本棚の間に手を入れ、外側に向かって力を込めた。
ベタな展開だが、俺が《エンセスター》なら同じ場所に隠すだろう。
ズズズズ…………。
本棚の間から現れたのは、灰色の無機質な階段。
「やっぱりな……」
こちらが派手にやっている割には、《エンセスター》の出方がバラバラだった。
誰かが指示して出てきているというよりかは、個人個人が音に気づいて様子を見に出てきているという感じだった。
《エンセスター》ともあろうギルドが本拠地に監視カメラの1つもつけていないとは思えない。現場の状況がわからなくて指示を出せないなんてことはまずない。
意図的に、指示を出していないと見る。
それはなぜか。
1階の《エンセスター》が全滅したと思わせることで、俺達を2階に追いやろうとしたんだ。
1階に、俺達に見つかってはマズいものがあるから。
つまり――――――
「この先が、本当の《エンセスター》の本拠地だ」




