1章27話『ファイヤーバード』
採鉱所から出た俺達は馬車に乗って寮へ戻ろうとしていた。
馬車の中で盛り上がった話は、やはり次に狩るモンスターの話だった。
ティリタが言ったそのモンスターの名前。
俺には聞き覚えがなかった。
「初めて聞く名前だが、どんなモンスターなんだ?」
「一番わかりやすい例えは、鷹かな。赤い色をした鷹だ」
なるほど。なんとなく俺の中でイメージが出来上がってきた。
「人を襲うことは滅多にないんだけど、こちらから何か攻撃を仕掛ければ、アルコンは容赦なく対象を排除しようとしてくるんだ」
だから俺が知らなかったのか。
何も仕掛けてこないモンスターをわざわざクエストまで貼って倒してくれなんて言わない。
どうしても素材が欲しければ自分で倒すだろうし。
「アルコンはかなり強力なモンスターなんだ。ゴブリンやアラーナとは比べ物にならない」
まぁ、武器の素材になるくらいだしな。
「ゴブリンやアラーナ、ココドリーロなんかは下級モンスターと呼ばれている。でもアルコンはそれらの上を行く上級モンスター。注意が必要だね」
他にもマティスは強い個体だと上級に入る。
上級の上にも、超級、超弩級、天災級がある。
超級以上だとマスターズギルドのライセンスがないとクエストを受注できない。
こんな感じの話をティリタから聞いた。
「以前戦ったマティスより強いモンスターってわけね」
ゼロは腕を組みながらそう言った。
マティスでさえかなり苦戦した。
ゼロが『アクセル』を使って倒したということは知っているが、
もし『アクセル』やその他の戦闘技法を持っていなかったらと考えるとゾッとする。
それよりも強いモンスターとなると、いささか不安である。
「ただ、アルコンは上級モンスターの中でも戦いやすいモンスターだ。立ち回りや状況判断力を育てるにはもってこいのモンスターさ。『アルコンを倒せるようになったら一人前』とまで言われている」
「登竜門的なモンスターなのか」
「あぁ。一部の人は、アルコンを倒したことのある人じゃないと自分のクエストを受けさせられないとまで言う」
アルコンの討伐記録は強さと技術の証明になるってわけか。
なら、倒しておいて損はないか。
「明日、アルコンを狩りに行こうか。インスマスの南の丘、こないだホワイトハーブを採りに行った丘にアルコンはいるはずだからね」
俺達は寮の帰りに買い物をして帰り、夕食を食べたあと明日に備えて早めに寝た。
次の日、俺達はいつものように馬車に乗り、丘にやってきた。
「それで、アルコンはどこにいるんだ?」
「まぁ鷹のモンスターだけあって空にいるんだけど、問題はどうやってアルコンを呼び寄せるかだ」
こちらから何かしない限り、相手が攻めてくることもない。ずっと空中を彷徨っている。
俺達が何かアクションを起こさないといけないんだ。
今日は雲が厚い。
こういう日、アルコンは雲の上を飛ぶことが多いらしい。
「上空に何匹いるかはわからないけど、どちらにせよアクションを起こさない限りアルコンは現れない。ゼロ、何かできるか?」
「うーん、とりあえず空に向かって撃ってみる。音を出せば何か変わるかもしれない」
ゼロはハンドガンを取り出し、そのまま上空に撃った。
その時、奇跡が起こった。
ゼロの撃った銃弾は、餌を取りに来たのかたまたま雲の下に降りてきたアルコンに命中した。
「あっ」
全員が同時に言った。
大きなダメージにはならなかったようだが、アルコンの堪忍袋の緒を切るには十分だった。
「コキャアアアア!!!」
アルコンは甲高い雄叫びを上げ、俺達に向かって突進してきた。
突進とはいえ、アルコンのクチバシは非常に鋭利だ。当たったらひとたまりもないだろう。
俺はアルコンの突進を避け、フレイムを撃った。
フレイムはアルコンに命中し、アルコンは一瞬怯んだ。
「よしっ!」
きれいにフレイムが命中したことに、小さめのガッツポーズを決めるが、
それを見ていたティリタが叫んだ。
「避けろ!グレン!」
よく見ると、アルコンは怯んだのではなかった。
頭を後ろに引き、何かを溜めているようにも見える。
次の瞬間、アルコンはクチバシを大きく開き、俺に向かって炎の球を吐いてきた。
燃え盛る火球をギリギリ回避したが、服の端が少し当たったようだった。
その証拠に、その部分だけ切り取られたかのように、焦げ跡を残して消えていた。
「なるほど、あれを喰らえば一撃で教会送りだろうな」
俺は冷や汗を流しながらも、ふてぶてしく笑った。
「そんな…………そんなはずは!」
ティリタはバッグから大きな本を取り出し、大急ぎでページをめくっている。
今の火球について、図鑑か何かで調べているのだろう。
アルコンは俺達の周りを大きく旋回し始めた。いつ突進してくるかわからないのもあり、俺達はずっとアルコンを見つめ続けた。
フレイムを撃つにも射程が足りない。
ゼロの銃も当たるかわからない。
今はただひたすらその時を待つしかなかった。
「…………来たっ!」
アルコンが体勢を変えた。
鋭いクチバシが俺達の方に向いている。なかなかの恐怖だった。
「避けるぞ、ゼロ!」
俺は斜め後ろのゼロを振り返る。
「…………おい、ゼロ?」
ゼロは汗をダラダラと流しながらそこから動こうとしない。
目も虚ろで、口もパクパクと小さく動いていた。
「まさかあいつ……!」
よりにもよってこのタイミングで!
俺は必死にゼロにタックルし、アルコンの突進から身を守った。
アルコンはまた旋回を開始した。
「ゼロ!おいゼロ!」
俺が体を揺さぶっても、ゼロは一切反応を示さない。
「クソッ…………!」
想定外だった。
ゼロは強いから大丈夫だと過信していた。
口に出さないだけで、こいつはかなりの恐怖を溜め込んでいたんだ。
こうなってしまえば、死までは秒読みだ。
「グレン!大変だ!」
ティリタが叫んだ。
こっちもこっちで大変だ。
「気になったんだ、アルコンが火球を撃ったとき!アルコンが火球を撃つなんて聞いたことがなかったから!」
確かに、鷹が火球を撃つのは不自然だ。
「アルコンには、体内の熱を蓄積する器官がある。でも、せいぜい体温を一定に保つくらいの内容量しかない。火球を撃つなんてもっての外だ」
「じゃあ、どういうことだ?」
「この図鑑によると、『アルコンの中にはその器官が異常に発達した個体が存在する。マスターズギルドは、その個体を《超級に分類する》』と書かれている」
「じゃああのアルコンは…………」
ティリタは頷いた。
「熟練の戦闘者でも手を焼くほどの強敵だ」
…………ツイてねぇ!
俺はゼロの体をさっきよりも必死に揺さぶる。
「ゼロ!目を覚ませ!ゼロ!!」
ダメだ。完全にアウトだ。
ただの気絶なんかじゃない。
……そうだ、確か手帳に他人の『それ』の数値を見れる機能があったはず。
俺はその機能を探し出し、使った。
「…………やっぱり!」
ゼロのSANは底をついていた。
これが意味するものは、単純かつ恐ろしいものだ。
ゼロは突然スッと立ち上がる。
「アハハハハハハハハッ!!!!」
ここで俺は初めて、『発狂』したゼロを目撃することとなった。




