1章23話『初見殺し』
アオイさんに依頼を受けた次の日から、俺達のクエナビには専用クエストが掲示されるようになった。
もちろん内容は《エンセスター》の撃退。
報酬は弾ませるから、出来るだけ優先して受注して欲しいとのことだ。
今回受注したクエストは、キングスポートの外れにある小さな集落が《エンセスター》の拠点になっているというもの。
目標は対象の殲滅。
《エンセスター》は皆殺しにしろというわけだ。
「残忍だな…………」
それもそうか。
転生者は《エンセスター》に幾度となく殺されている。既に学習性無気力に陥っている人もいると聞いた。
これ以上被害を拡大させるわけにはいかないのだろう。
俺はゼロとティリタを部屋に呼び、クエストの確認と時間調整を行った。
それらが終わると、ゼロは弾丸を買い込みに、ティリタはポーションや包帯を買いに出掛けていった。
俺もそろそろ新しい武器を買いたい。
この手袋はあくまで入門用。名前すらつかないような魔法具なのだ。
それにこの魔法具は炎魔法を撃つだけでいっぱいいっぱいだ。
もう少し上級の魔法具なら複数の魔法を撃つことができる。普通なら主にサブウェポンとして使うだけで、連発はしない。
しかし、俺は『プリズム』を持っているため全ての属性が適正属性となる。
それに見合ったPOWはあるのかって?
うるせぇな。
次の日、俺達はキングスポートに向けて馬車を走らせていた。
その途中、俺達は《エンセスター》についての話題で持ちきりだった。
「昨日のアオイさんの話で《エンセスター》の目的がわかった。でも……僕は何か引っかかるんだ」
ティリタの違和感は、おそらく俺の違和感と同じだ。
「転生者たちに学習性無気力を植え付け、そこに救済を与えて《エンセスター》に引き入れる…………そこまでは分かるんだが、その先がわからない」
「どういうこと?」
「《エンセスター》のギルドマスターは何を望んでいるんだ?という疑問に辿り着くんだ」
ゼロは納得したように頷き、
「確かに、あの手法で《エンセスター》の勢力を拡大しても、そこで終わりじゃ意味がない。奴らには、勢力を拡大しなければいけない理由があるってことね…………」
俺は「そういうことだ」と頷いた。
「それに、気になることはまだある」
ティリタがポケットからあるものを取り出した。
「おまっ……どこでそれを!」
ティリタは赤い小さなカプセルをつまみ、俺達に見せつけた。
「キングスポート港の占領戦の時、《エンセスター》の死体から拝借したのさ。当然、使う気はないよ」
ティリタによると、
《アスタ・ラ・ビスタ》の技術班がカプセルの中身を解析したところ、カプセルの中身はモンスターの遺伝子と、肉体の急激な進化を促す酵素だったという。
「そんなものまで開発できるのか」
《エンセスター》は技術力の高いメンバーもいるというわけか。
「…………これは本当に人間用なのかな?」
「どういうことだ?」
「以前、無抵抗のままゼロに撃ち殺されたゴブリンがいたよね?」
確か、森の中の小屋に6匹で住んでいたゴブリン達だっけ。
抵抗する様子もなく死んでいったからおかしいとは思っていたんだ。
「少し気になっていたんだ。例えば、人間が服用するとゴブリンになるカプセル。それをゴブリンに投与するとどうなるんだろう?」
えっと…………。
確かカプセルの中身はモンスターの遺伝子と進化を促す酵素だったよな。
カプセルと同じ遺伝子を持つモンスターに投与するわけだから、カプセル内の遺伝子は関係ない。
酵素の方だけが作用するわけだな。
「酵素によって進化が促されて、モンスターが急激に進化するといったところか?」
ティリタは頷いた。
「では、その進化とは何か…………僕は脳の進化ではないかと踏んでいる」
「脳の進化?」
「あぁ。カプセルによって脳を進化させ、人の言語を理解できるようにすると同時に、感情を与える。こうして人間の脳を持つモンスターを開発するんだ」
「人間の脳があれば、モンスターに学習性無気力を植え付けることもできる。そうしてモンスターを操っているということか」
ティリタの推測だと、人間への服用はあくまで緊急時の手段。本来の使用方法ではないのだ。
「つまり、《エンセスター》の野望はモンスターでさえ操らないといけないほど膨大なものなのか…………」
一体何を企んでいるんだ?
「アオイさんの話は有益な情報だったが、まだ重要な所が隠されたままだ」
ティリタがそう言うと、
「適当に1人とっ捕まえて拷問しようか?」
ゼロは催涙スプレーを愛おしそうに撫でる。
その目は完全に、おもちゃを目の前にした子供の目だった。
「いや…………遠慮しとくよ」
ティリタ、いい判断だ。
こいつにやらせたらどうなるかわからない。
ゼロは不満そうに催涙スプレーをバッグにしまった。
「どちらにせよ、《エンセスター》には真の目的があるはずだ。なんとかして突き止めないと」
ゼロとティリタは強い表情で頷いた。
そう話しているうちに目的地にたどり着いた。
「この集落に《エンセスター》がいるんだよな?」
ティリタは望遠鏡を用いて、窓から集落を覗いた。
「あの家だ。あの家の中に人が見える」
数人で集まって何か作業をしているらしい。
俺達は武器を構え、その家に向かった。
ドガシャァアン!
ゼロが木製の扉を蹴破り、進みながら3発撃った。
「なっ……何だお前は!」
ゼロはその問いの答えを聞く暇も与えず、《エンセスター》を撃ち殺した。
「なんだ!何が起きた!」
2階からドタドタと誰かが降りてくる。
ちょうど階段の所に隠れていた俺は、背後から《エンセスター》の頭を掴んだ。
「フレイム!」
俺の手から放たれたフレイムは対象の脳を焼き、HPに関係なく一撃で殺す。
以前より威力の上がったフレイムは発動と同時に1つの死体を生み出した。
白パズルの効果が出てるな。
「敵だ!応戦しろ!」
「おっとそれ以上近づくな」
俺は階段をゆっくりと上がっていく。
「武器を捨てて手を上げろ。そこから1歩も動くなよ?」
4人いた《エンセスター》のうち、3人は俺の指示を呑んだが、
「…………本を読めないお前の命令を聞くことは許されない!」
1人の男はナックルを持って、階段の段差を利用して俺に飛びかかってきた。
しかし俺はその攻撃を見切り、背後から男の首を掴み、持ち上げた。
「く…………くるし……」
「フレイム」
ボッ!
男はそこで還らぬ人となった。
「コイツみたいになりたくなかったら、俺の質問に答えろ」
そう、これは拷問だ。
ゼロに任せるのはやめておいたほうがいい。俺が自分でやる。
俺ならスマートに、且つ確実に拷問を行える。
俺は1歩ずつ階段を上っていき、両手を上げてうつむいている《エンセスター》の背後に回った。
横一列に並ぶ彼らの、1番右の男の頭を掴んで、言った。
「お前らの目的は何だ?」
「…………いっ、言えるかそんな事!」
「そうか、ならお前は要らない」
俺はフレイムを放って男を殺した。
俺はすぐに隣の女の頭を掴んだ。
「ではお前に聞こう。お前らの目的は何だ?」
「…………『司書様』の望みを叶えること。その望みが何なのかは、私も知らない」
司書様……?
「その司書様とやらはどこにいる?」
「この家の……すぐ近く」
「そいつはここに来るか?」
「あれだけ大きな音を立ててれば、いずれここに来る…………」
「そうか、ありがとよ」
俺はフレイムを放って女を殺した。
最後に残った男は、全身を震わせながら俺に命乞いをした。
コイツを殺す必要があるかと言えば、ない。
だが、今回のクエスト目標はあくまで殲滅。
それに、コイツらは今まで数多くの《エンセスター》を殺してきた。
それに比べれば、コイツの死など爪垢ほどの価値もない。
俺はコイツを殺そうと、フレイムを準備する。
が、その男は唐突に現れた。
「…………!!!」
ガラガラガラ!!!
家は突然の突風を受けて、音を立てて崩れ始めた。元々頑丈な造りではなかったのだろうが、こうも無残に崩れていくと驚きを隠せない。
その場には瓦礫と死体が残った。
「ゼロ!ティリタ!大丈夫か!?」
「えぇ……なんとかね」
「グレンも怪我はないかい!?」
ティリタがそう聞いたので返そうとしたが、目の前の人間を目の当たりにして、それは叶わなかった。
「いやだなぁ……本を無駄にしないでくれ」
余裕綽々と言った立ち振る舞いで俺達の前に現れた、長めの白髪の青年。
黒いローブを着て、1冊の本を小脇に抱えているその男こそが――――――
《エンセスター》達が『司書様』と呼ぶ者だった。




