1章21話『ギルドマスター』
「キリが殺された?」
僕は部下からそう聞いた。
「えぇ。キングスポート港の占領作戦の時に《アスタ・ラ・ビスタ》のメンバーに殺されたそうです」
《アスタ・ラ・ビスタ》…………彼らは対人戦に慣れていないはずだ。
「彼が死んだと思われる場には、彼の魔剣が転がっているのみで、彼の遺体は……見つからなかったそうです」
「……?それならどこかに連れ去られたという事も考えられるじゃないか」
「……彼の魔剣が見つかったと言いましたが、こういうことなんです」
部下は布に何かを包んで僕に手渡した。
僕がスマートに布を剥がすと、そこにあったのは…………
腕だった。
切り口は黒く歪んでいて、手は中途半端に開いていた。
「魔剣を握ったまま腕が見つかったんです。一応指紋等も調べましたがこれは彼の腕で間違いありません」
最後まで愛剣を握ったまま死んでいったのか。
人の最後とは儚いものだな。
僕は部下に彼の腕を返し、言った。
「どこかに捨てておけ」
どんなに重要な事が書かれた本でも、破れてしまったら意味はない。
それに、本を読むことができるのは僕だけだ。
残念ながら、僕は破れた本を読もうとは思わない。
「わかりました」
部下はそう言って僕に礼をした。
俺はエスクードさんと一緒に寮に帰ってきた。
そんなに日数は経っていないのに、なんだかとても懐かしい気分だった。
安心できる場所というか、なんというか。
俺はエスクードさんの後に続いて寮に入り、自分の部屋に戻った。
俺のベッドは俺を歓迎してくれているかのように陽の光を浴びて輝いていた。
妙にベッドがキレイな気がする。
「ふぅ〜…………」
俺はベッドに仰向け倒れ込み、ぼんやりと天井を見つめた。
今回の特訓で俺は闇属性の幻素を操ることができるようになった。
媒体さえあれば、フレイムと同じくらいの威力で闇属性魔法を放てるだろう。
普通、人間には個人個人ある程度耐性の高い幻素が決まっている。
耐性が高いほど幻素を操りやすい。
まぁ、得意な属性があると考えてくれればいい。
ここでは適正属性と呼ぶ。
基本、適正属性は1人につき1つで、それ以外は威力が低い。酷いと使っただけでSANが減ったり、体に非常に大きな負担がかかったりする。
しかし、俺は『プリズム』という体質を有している。
『プリズム』の人間は全ての属性を適正属性とし、不得意な属性が存在しない。魔法使いとしてかなり有利になる体質だ。
一応、絶対音感のように訓練すれば会得することは可能だそうだが。
しかし、俺は天然の『プリズム』を持っているにも関わらず、POWが致命的に、ホントに致命的に低い。
今の俺のLvは17。ちょっと上がった。
なのに、POWは12。特訓してもこれだ。
ちなみに平均値は33。2倍以上。
せっかく色んな属性の魔法を使えるのに、POWが12しかなくては意味がない。
なんとか技術力でカバーしなければな。
今回の特訓は非常に有意義だったし、前よりはみんなの力になれると思う。
でも同じ特訓をしたいとは思わない。
主に白パズルのせいで。
「そうだ、あいつらの所にも顔出しに行かなきゃな」
俺が思い浮かべたのは、同じパーティーのゼロとティリタ。
俺が特訓に行ってる間クエストに行けなかったし、かなり困ってると思う。
と思っていたら、扉がノックされた。
「やぁグレン。なんだか久しぶりだね」
2人の方から俺の部屋に来てくれた。
「おぉティリタ。わざわざ来てくれたのか」
ティリタは笑顔で頷いた。
その影に隠れているゼロは終始髪をくるくるしている。
「ゼロもありがとな」
「…………おかえり」
ゼロはそっぽを向いたまま目を合わせようとしない。
…………さすがに怒ってるなんてことはないよな?
「それで、帰ってきて早々に悪いんだけどさ…………」
ティリタは手紙を差し出した。
ラピセロさんから受け取ったものらしい。
手紙の内容はこうだ。
拝啓
蝉の鳴き声もだんだんと減ってきた夏の終わりの今日この頃。グレン様にはお健やかにお過ごしされることを願います。
さて、今回こうしてお手紙を書くことになったのは、私自身の興味でもあり、応援でもあります。グレン様は日頃からクエストに勤しみながらも、《エンセスター》の対応及び排除を行われております。私はあなたの行動に敬意を表します。
そのようなグレン様が仲間のため、人のため、さらなる力をつけたとエスクードさんから伺っております。
そこで、私はあなたに、そしてあなたの仲間にお会いしたいと思いました。誠に身勝手なお願いではございますが、ぜひご検討ください。
…………すごくかしこまった内容だな。
どこかの団体の長か?
俺は手紙の右下を見る。
そこには丁寧な字で『アオイ』と書かれていた。
「なぁ、アオイさんって誰だ?」
俺がその名前を出すと、ティリタの表情が大きく変わった。
「待って、今アオイさんと言った!?」
「え?…………あぁ」
「手紙には何と?」
「要約すると……俺達に会いたいってことだな」
ティリタは口を手で塞いだ。
「アオイさんは、《アスタ・ラ・ビスタ|》《・》のギルドマスターだよ!」
「なっ……!」
驚いた。
《アスタ・ラ・ビスタ》のギルドマスターともあろう方がこんなに丁寧な手紙を、下っ端の俺に書くなんて………………。
「そんなに凄いことなの?」
ゼロがティリタに問う。
「あぁ。マスターから手紙を貰うのは他のギルドの上層部とか、マスターズギルドの役員とかだけじゃないかな?」
そんなに珍しいことなのか。
「せっかくお手紙頂いたし、会ってみてもいいかもね」
とゼロが言う。
「そうだな、うちのギルドマスターがどんな人かも見てみたいし」
と言うわけで俺達は夕食のあと、案内を頼めるかもと思いエスクードさんの下に向かった。
「おっ!どうしたー?みんな揃って」
「この手紙を受け取ったんですが……」
「んー?どれどれ」
エスクードさんは渡した手紙をまじまじと認める。
「あーアオイちゃんにお呼ばれしたんだ!よかったじゃん!」
「え…………?」
軽すぎませんかね。
「どしたの?そんなカラスに突かれてるカカシみたいな顔して」
そんな顔してるつもりはないし、それカカシの役割果たしてなくないか。
「なんか……すごい楽観的ですね?」
「ん?あー!あれか!みんなアオイちゃん会ったことないもんね!」
まずギルドマスターをちゃん付けで呼ぶ所から違和感MAX。
「まぁ話はわかった。明日辺り、アオイちゃんの所行こうか。それでいいよね?」
特に予定もないし、俺は頷くことにした。
「じゃあ私から連絡しておくね」
「あ、なんか手土産とか持っていった方がいいですよね?」
「あーそうだね。ホワイトハーブとかある?私に持ってきてくれれば乾燥させて手土産にできるよ」
「すみません、何から何まで」
「いーのいーの!たまに遊びに行くから慣れてんのさ」
たまに遊びに来られてるのかうちのギルドマスターは。
次の日、俺達は《アスタ・ラ・ビスタ》の本部にいた。
エレベーターで4階まで上がり、「ギルドマスター室」と書かれた扉の前までやってきた。
「あんまガチガチに緊張しないほうがいいよ」
エスクードさんはそう言ってくれたものの、やはり緊張してしまう。
俺はおそるおそる扉を開けた。
中はとても綺麗に片付けられていた。
左右の壁は壁一面の本棚、奥の壁はコルクボード、奥の壁にはもう1つ扉が見える。
真ん中には大きな机と椅子、その少し奥にもう1つ作業机が見えた。
そこに座りながら本を読む白い髪の女性。
女性は肩より少し上で切られた髪をふわっと踊らせ、立ち上がった。
「連れてきたよ、アオイちゃん」
「ありがとうございます、エスクードさん」
女性は手を前で重ねてお辞儀する。
「あなたがグレンさん、私のお手紙をお読みになってくださったのですね」
「え、あ、はい」
緊張と戸惑いがあるが、なんとか返事できた。
「あなたはゼロさん、グレンさんのパートナーとお聞きしております」
「はじめまして、武闘家のゼロと申します」
ゼロは物怖じせずすらすらと自己紹介した。
「あなたはティリタさん、以前からギルドメンバーをよく助けてくださったと伺っております」
「お会い出来て嬉しいです。ギルドマスター」
ティリタにも若干の緊張が見られる。
女性は改めてお辞儀をし、笑顔で言った。
「《アスタ・ラ・ビスタ》のギルドマスターを勤めさせていただいております、アオイと申します。以後お見知りおきを」




