1章2話 『魔法使い』
「……痛っ」
草原の中に倒れ込んだ俺は、後頭部を擦りながらゆっくりと体を起こした。
背後には水色にきらめく川。川岸では子どもたちがチャンバラごっこをして遊んている。
空は真っ青で雲一つない。少し暑いくらいだ。
そして目の前には木造の家やビル、遠くにはかすかだがとても大きな塔が見える。
おそらく街か何かだろう。
なるほど、これが俺の生きる新しい世界か。
とりあえず目の前の街で宿を探そうとした時、服の裏に違和感がある事に気がついた。
内ポケットに何か入っているらしい。
俺は白色のシャツの前ボタンをいくつか外し、そこから手を入れた。
中にあったのは手紙。閻魔大王からの手紙だ。
『ようこそ、ニグラスへ。
今日からお前はこの世界の住人だ。
と言っても、このままポンとお前を放置するのも可哀想だから、地図を何枚かと少しの金を同封しよう。
もし、更に金が欲しいというのなら、マスターズギルドに行って職業登録を済ませ、クエストを受注するといい』
封筒の中には1枚の紙幣が入っていた。
『10000G』と書かれている。
なるほど、最初はこの金でなんとかしろというわけか。
この10000Gは現実世界でどれほどの価値なのだろう。
とはいえ、さすがに10000Gだけでやりくりするには無理がある。
閻魔大王の言う通り、マスターズギルドという所に向かって、職業登録を済ませ、クエストを受注するべきだろう。
同封されていた地図は世界地図と、恐らく目の前の街の地図だ。
さっきかすかに見えた大きな建物がマスターズギルドらしい。
俺は先に世界地図を見ることにした。
手紙にも書いてあったが、この世界は『ニグラス』と言うらしい。
ニグラスには3つの大陸がある。
今俺がいる『レムリア大陸』。
3大陸の中で最も文化が発展しているらしい。
その西にあるニグラス最大の大陸、『ムー大陸』。
とある宗教が大半を占めているとか。
そして更にその西にある『アトランティス大陸』。
未開の大地がほとんどの場所と書かれている。
まぁ今のところはレムリア大陸から出ることはないだろう。
目の前にあるのは『アーカム』という街だ。
地図で赤く塗られている。この街の規模を見るにレムリア大陸の首都のような立ち位置なのだろう。
とにかく、マスターズギルドに行かないことには事は始まらないので、俺はマスターズギルドを訪れた。
茶色の木造建築だが、中はとても広く快適だった。
俺は職業登録の窓口を見つけ、そこに向かった。
「すみません、職業登録をしたいのですが」
「あ、はい。ではこちらにサインをお願いします」
言われるがまま、書類にサインをする。
窓口の担当者は「少々お待ちください」と言って席を外したが、5分ほどしたらすぐに戻ってきた。
「確認が取れましたので、こちらをどうぞ」
窓口の人が丁寧に渡してくれた電子端末。
スマートフォンのような見た目だった。
そこには俺の名前やステータスなどが事細かく、かつ簡潔に書かれていた。
「こちら、『電子職業手帳』となっております。そちらのカードをお持ちいただくと、戦闘時に自動的に推奨する職業をピックアップしてくれます。職業登録自体は完了したので、クエストを受けたり、ギルドに加入したりすることは可能となりました」
俺は電子職業手帳とその説明書を貰い、その場を去った。
説明書によると、
クエスト自体は電子職業手帳のクエストカウンターアプリ『クエナビ』から受注できるようだ。
報酬金は電子マネーとして払われる。
どうやらニグラスでは電子マネーの技術がかなり進んでいるようだ。
閻魔大王から貰った紙幣も、裏を見るとQRコードがついていた。
閻魔大王から貰った紙幣を電子職業手帳で読み込む。
さて、いよいよクエストを受注しようか。
「最初だし、あんまり難しいのはやめた方がいいだろうな…………」
俺は自分のLvを確認した。
今の俺はLv5。
クエナビに推奨Lv5、報酬金順でソートをかける。
トップに出てきたのはゴブリンの討伐クエスト。
畑を荒らしているゴブリンを追い払って欲しいとのことだ。
ゴブリンといえば亜人族のモンスター。
武器を使えるくらいの知恵がある為、ある意味一番人間に近いと言えるだろう。
対人戦なら慣れてるし、Lv的にも倒せそうな相手だし、目的地もアーカムから近い。
このクエストを受注しよう。
準備のために、早速近くの武器屋に寄った。
まずは使い慣れたナイフ。
事前に申請したサバイバルナイフはあくまで生活用の物で、戦闘には使わない。
それと、ハンドガン。予備も含めて2丁。
弾もおサイフに優しい値段になっている。
あとはせっかくだし、魔法武器も買っておこうかな。余った金で買えた手袋型の魔法具。
残りの金で馬車を使うことにした。
この世界でのタクシー的な位置である。
値段もリーズナブルで嬉しい。
馬車に乗ること15分。
問題の場所まで辿り着いた。
前方には農作物を食い荒らすゴブリンの姿が見えた。深緑色の肌に吊り上がった目、置かれているのは小さな手斧。
これが俺初めての獲物だ。
早速、ナイフを手に取った。
なんだか懐かしくすら感じるナイフを握る感覚に浸りたい所だが、善は急げ。
俺はナイフを強く握った。
しかし
「ぐっ…………!!!」
急に全身に電撃が走った。
思わずナイフをカランと落としてしまったが、今はそれどころではない。
ナイフを握った右手が強く痺れ、思うように動かなかった。
俺が右手を抑えながら前傾姿勢になった時、しまい方が甘かったのか、閻魔大王からの手紙が裏向きになって落ちてしまった。
そこで俺は衝撃的なものを見た。
『デメリット:前世で殺しに使った武器を使えない』
「なっ……!」
そうか、転生時の条件!
閻魔大王は俺を条件付きで転生させると言っていた。その条件ってのが、このデメリットってやつか。
まずいぞ…………。
ナイフも、ハンドガンも、生活用のサバイバルナイフだって前世で殺しに使った記憶がある。
魔法具の手袋はさすがに使ってないが、果たして今の俺に魔法攻撃で戦えるほど精神力《POW》があるか…………?
いや、確か能力振りの時、POWは1だけ残して全部STRに振った…………。
つまり、今の俺の魔法攻撃力は1しかない。
やばいマジで詰んだか……?
そうこう考えているうちに、ゴブリンがこっちに気づいた。
手斧を持ってゆっくり俺の方に向かってくる!
STRに振り過ぎて防御力だって皆無。
おそらく3発くらいで死ぬだろう。
でも…………せっかく異世界転生したんだ。
「ここで死んでたまるか!」
俺は黒い手袋を右手に装着した。
痺れは完全に引いたが、それでも魔法具を扱えるかはわからない。
「はぁあ!!」
右手を前には突き出して勢い良く叫んでみる。
右手に熱が込められ、それが素早く手から離れていく感覚が分かった。
「フレイム!」
反射的に叫んだが、
ポスン……。
弱々しい火が一瞬現れただけだった。
ちょっと大きめの線香花火くらいの弱々しい火が。
しかもそれ以降はうんともすんとも言わない。
…………え、終わり?
今のがフレイム?
あんなカッコつけて撃ったのに、あれだけなん?
さすがPOW1。
想像を超える弱さだ。
「ギシャアアア!!!」
やばい全く歯が立たない!
ゴブリンは手斧を思い切り振りかぶる。
紙一重で避けた俺は、一度ゴブリンから距離を取る。
一旦落ち着こう…………。
この状況、どうすればひっくり返せる?
考えろ、俺になら分かるはずだ…………。
大切なのは状況を見極める事だ。
今一度状況を整理しよう。
まず、近接攻撃は実質使用不可。
魔法攻撃は使えるが、威力は絶望的。
おそらく魔法は手から離れた瞬間から威力がだんだんと下がる。そのせいで威力の低い俺の魔法はすぐに消えてしまう。
考えろ…………何か策があるはずだ。
近接攻撃が不可能な今、何ができる……。
考えろ……グレン……!
………………なんだ、簡単な事じゃないか。
そうだ……俺は転生者であると同時に、
天才殺人鬼「紅蓮」だ……。
俺の本名は「グレン」じゃない。
この名前は返り血を浴びて真っ赤になった俺を見てどっかの誰かが付けた名前。
俺にとってこの名前は覚悟の象徴だ。
その紅蓮が、今では俺の名前なんだ。
今の俺に出来ないことはない。
「ゲームオーバーだ」
ゴブリンに向かってそう言った俺は一直線に眼前の亜人の下へ走った。
幸い、DEXにはある程度振っていたからちょうど良かった。
ゴブリンは応戦しようと、斧を叩き下ろそうとするが俺はそれより早くゴブリンの懐に潜り込んだ。
ゴブリンが斧を持った右腕を高く上げる所も計算の内だ。
俺は体を外側に向けてゴブリンの右脇をくぐり抜け、右脚を軸に回った。
既に俺の姿はゴブリンの真後ろにあった。
俺は右手でゴブリンの頭を強く握る。
殺しのルールの1つ。
「相手に有利な状況を絶対に作るな」
手斧とはいえ、重量という欠点はある。
どうしても動きが鈍くなってしまう。
つまり、速さで圧倒すれば相手はそう簡単には動けないのだ。
2つ目のルール。
「丁寧に、一瞬で」
どう間違えても、殺し切れないという事態が起きない殺し方をしろ。
そして、3つ目のルール。
「先入観を捨てろ」
今回俺が捨て切れていなかった先入観、それは魔法は遠隔攻撃だという先入観だ。
威力が弱いなら、その中で最も威力が高い瞬間を、最も弱い部位に叩き込めばいい。
俺はゴブリンの頭を掴んだまま、言った。
「フレイム」
ゴブリンは内側から脳を焼かれる苦しみを感じることもなく、俺の手の中で事切れた。
「ふぅ…………なんとかノーダメか?」
俺は電子職業手帳を覗く。
『クエスト達成』の表記が画面に写り、残金が大幅に増えていることが分かった。
そしてもう1つ。
俺への推奨職業が決まったらしい。
俺は画面にでかでかと映る『魔法使い』の文字を見た。
「魔法使いか…………」
せっかく異世界転生したんだ。
ハードモードに生きるのも、まぁ悪くねぇな。
俺は『就職』のボタンをタップした。