1章19話『特訓』
「グレン君、忘れ物ないー?」
エスクードさんが馬車に荷物を積みながら言った。
俺が「大丈夫です」と答えると、
「おっけー!じゃあ出発するよ!」
俺はエスクードさんの後に続いて馬車に乗った。
ここから訓練場までは約1時間。インスマスの北、アーカムの少し手前あたりまで行くらしい。
訓練の監督はエスクードさん。
俺に馴染み深い人のほうが良いだろうとギルドマスターが手配してくれたようだ。
訓練の期間は4日。その間、寮には戻れない。
「どう?やっぱり寂しい?」
と、エスクードさんが問うが、
「そりゃ寂しいですけど……2人に頼ってばかりだった自分を変えられるなら、このくらいなんてことないです」
エスクードさんは「そっか」とだけ言ってくれた。
「お、見えてきた見えてきた」
彼女の指差す方向には灰色の大きな建物があった。
現実世界で言うところのジムのような外見だった。ガラスの向こう側に筋トレの機械だとか、見たことのない黒い機械だとか、色々なものが見えた。
「あれが《アスタ・ラ・ビスタ》の総合訓練所だよ」
森の中に佇む四角い箱は、悪意のこもった眼差しで俺を歓迎しているように見えた。
訓練所に着き、手帳を読み込ませ、エスクードさんと一緒に3階に向かった。
指定された部屋にバッグと持ってきた布団を置いて、廊下の一角に出た。
「それじゃあ特訓を始めようか」
俺は強い決意を持って頷いた。
「魔法の威力を上げる方法は2つある。1つは、POWを上げて魔法そのものの威力を上げる方法。もう1つは、幻素の濃度を上げる方法。魔法を撃つ際に幻素はある程度空気中に散っちゃうから、それを最小限に抑えるんだ」
なるほど。
単純火力を上げるか、精度を上げるかの2択ってわけか。
「で、今回はその両方に加えて、幻素に適合する特訓を行う。最終目標は『プリズム』の力の活性化だけど、フレイムの威力も上がった方がいいからね」
そこまで言うと、エスクードさんは俺を個室に案内した。
中にあったのは白色の椅子とテーブル。
壁や床も白く染められていた。
「POWは精神力を表す数値。つまり精神力を鍛えれば、POWも上がるってわけ」
そう言ってエスクードさんは小さな箱を持ってきた。
「ここに2500ピースのパズルがある。グレン君はしばらくこの部屋にこもって、2日以内にこれを完成させてくださーい!」
2500…………結構な量だな。
とはいえ、ここで引き下がるわけにもいかない。
お手本の絵を見てピースの大体の位置を特定できれば勝算はある。
俺はゆっくりと箱を開ける。
小さなパズルのピースが箱の中でごちゃまぜになっていた。
ただ、このパズルは重大なものが欠けている。
「あの……このパズル、絵がありませんけど」
「そうだよ?」
…………え?
「これは真っ白なパズルを完成させる特訓だもん」
…………え?いやいやいや。
何も描いてないパズルを?
2500ピースのパズルを?
2日以内に?
SAN値直葬するだろ。
「ちなみに2日以内に完成しなかったら?」
「1回崩してやり直し」
嘘だろ…………。
「食事とかはこの部屋に置いておくから安心してね。トイレは部屋出て左にまっすぐ行ったところにあるから」
そう言ってエスクードさんは部屋を出ていった。
「マジでしんどいぞコレ…………」
どこを見ても白しかない。
パズルだけじゃなくて、壁も床も机も椅子も。
白白白白白。
白恐怖症になりそうだ。
でもやるしかない。
やるしかないんだけども…………。
既に気が狂い始めている。
「とりあえずセオリー通りにやっていくか」
まずやるべきなのは、外枠を完成させること。
普通のパズルでもそうだが、これがあるかないかでだいぶ変わってくる。
というより、そうしないとクリアできないと思う。
俺は小さい箱の中から端になりそうなピースを片っ端から引っ張り出した。
この作業だけで1時間は経ったんじゃないか?
そして組み合わせる作業に1時間半くらい?
ここまでしてようやく外枠が完成した。
「これ、頑張れば今日中に終わるんじゃね?」
そう思うと、やる気が出てきた。
今日中に完成させられたら、エスクードさんもびっくりするだろうな。
まずは特徴的の形のピースを探す。
そしてそれと対を成すピースを探す。
とりあえずそれらを組み合わせる。
それを繰り返していくうちに、小さなピースの塊がいくつかできる。
それらが組み合わさらないか試してみる。
それを繰り返していくうちに、あっという間に7割ほど埋まった。
色々と合いそうなピースを探してみると、不思議とピッタリハマるものだ。
「なんだ、慣れれば簡単じゃないか」
俺はそう思いながらパチパチとピースをはめていく。
こうして、開始から4時間ほどでパズルは完成してしまった。
「終わった………………」
そうつぶやくと無性に腹が減ってきた。
睡魔も襲ってくる。
終盤加速できたとはいえ、かなりキツかった。
机にうなだれていると、エスクードさんが驚いた表情で部屋に入ってきた。
あれ、まだ時間は来てないはずだけど。
「グレン君…………まさか君」
「あ、どっかで見てたんですか?」
エスクードさんはビクビクしながら頷いた。
なるほど。完成したのを確認して迎えに来てくれたわけか。
「それにしても……すごい集中力だ」
それは俺自身もビックリしている。
絶対に無理だと思ったけど、やってみたら案外すんなりとできた。
「みんなこんな感じなんですか?」
「まさか。君は特殊すぎる」
おっ。
ここにきて才能開花?
「2日間一睡もせず、飲まず食わずでパズルに取り組むとは…………凄いよ、グレン君」
……は?
「え?2日?」
「うん。あ、そっかこの部屋時計ないもんね。時間わかんないか」
エスクードさんは手帳の時計を見せてくれた。
「ホントだ…………2日経ってる」
「もしかして自覚無かったの?」
「えぇ。4時間くらいしか経ってないかと思いました」
恐ろしい…………。
「とにかく、精神力特訓は完了。お疲れ様ー!」
エスクードさんは扉を開け、俺を外へ連れ出してくれた。
俺はベランダに出てみた。
久しぶりの新鮮な空気はとても心地よかった。
「さて……次の訓練に行くか」
俺はエスクードさんの下へ戻った。
「エスクードさん、次の訓練お願いします」
「え?いいけど……大丈夫なの?」
「はい、なんともありません」
「ならいいんだけど…………」
エスクードさんは小さなカメラのようなものを取り出した。
「うん……特訓前はPOWが4しかなかったけど、今は12もある。まだまだ平均以下なことに変わりはないけど、『プリズム』の力も少しずつ覚醒し始めている」
話を聞く限り、どうやら俺が『プリズム』なのは確定のようだ。
「それじゃー次の特訓、幻素の濃度を上げる訓練」
幻素の濃度を上げる…………一体どんな訓練を?
「これなんだけど……幻素の濃度を上げたいなら、ひたすら魔法の練習をするのが一番なんだよね」
つまり…………?
「だから、次は実践練習を行いまーす!」
どうやらこの訓練所の隣にモンスターの研究施設があるらしく、そこで作られた実験体のモンスターと戦うらしい。
「で、実験体っていうのは?」
エスクードさんは笑顔で言った。
「ゴブリン・キメラ」




