1章18話『隠しスキル』
俺が目を覚ますと、そこは見覚えのない場所だった。
「グレン!起きた?」
ティリタとゼロが俺の顔を覗き込む。
「あ……あぁ…………」
俺は掛けられていた布団をゆっくりと退かし、ベッドから降りた。
「ここ、どこだ?」
俺は周囲を見渡す。
辺りは白色が多く見られ、棚には様々な色のキャップがついたボトルが入っている。
「寮の保健室。倒れてたあなたをティリタがここまで運んでくれたのよ?」
ゼロが呆れたように言う。
「そうだったのか、悪いな」
「僕のことは気にしなくてもいいよ。それより、大丈夫なの?」
俺は右手を開いたり閉じたりしてみる。
「あぁ、特に不自由はないみたいだ」
「そうなんだ……とりあえず検査が必要みたいだから、もう少しこの部屋に残っていてくれ」
ティリタは扉を開けて保健室を出た。
「全く…………少しは自分のこと気にしてよね」
「わりぃ」
確かにあの時は無茶しすぎたな。
魔法を撃っている途中でヤバいとは思ったけど、引き下がるわけにもいかなかった。
「これからは気を付けるよ」
俺がそう言うと、ゼロは少し笑った。
ガラララッ。
その時ちょうど、ティリタが帰ってきた。
「おーグレン君、大丈夫?」
「エスクードさん」
ティリタと一緒に部屋に入ってきたエスクードさんは、黒いボードを持っていた。
「とりあえず検査だけしちゃうね。今からいくつか質問するから、正直に答えてねー」
エスクードさんは俺のベッドの隣に座った。
「まず、今の状態は?」
「特になんともないです」
そう答えると、彼女はボードに重ねた紙に何かを書いている。
「倒れた時の記憶はある?」
「えぇ。しっかりと」
「なるほどねぇ……なんで倒れたかとかはわかる?」
「多分……体に負荷を掛けすぎたんだと思います」
「体に負荷?特別なにかしたの?」
「説明すると長くなるんですけど…………」
俺はエスクードさんに港での出来事、キリの事、剣の事、そして黒いオーラの事を話した。
「その黒いオーラを吸収しちゃって、体が耐えられなくなったってことね」
「いや、そうじゃないです」
エスクードさんは不思議そうな顔をした。
「黒いオーラを吸ったあと、そのオーラがそのまま右手から放出されたんです」
「放出…………?どんな風に?」
「えっと…………うまく説明できません」
エスクードさんが困り顔をする。
でも、本当に説明のしようがない。ただただ黒い何かが俺の右手から出て、いつの間にかキリが消滅していたんだからな。
「何か周囲の様子とか、オーラの放出と同時に起きたこととかは?」
オーラの放出と同時に起きたこと…………そうだ。
「ディスペアー…………」
俺はあの時ふと呟いた単語をもう一度繰り返した。
それだけなのに、エスクードさんはボードを落として呆然としている。
「今……何て?」
「ディスペアーです。オーラが放出される時、無意識に呟いたんですよ」
エスクードさんは俺の両肩を掴んだ。
「本当に、ディスペアーと言ったの!?」
彼女が言っていることが理解できなかった。
「えぇ、言いましたけど…………」
エスクードさんはボードを拾い上げ、今までの倍の速さで何かを書き込む。
「『ディスペアー』は……闇属性の最上級魔法だよ」
「えっ…………!」
驚いた。
俺はLvも技術もないから火属性魔法、それも下級魔法のフレイムしか習得していない。
それなのに、闇属性?それも最上級魔法?
闇属性の下級魔法ならまだギリギリわかるが、上級を飛ばして最上級となると、意味がわからない。
「Lv15、しかもただの魔法使いのグレン君がディスペアーを撃てるわけがない。異例中の異例だ」
そんなこと、俺が一番わかってる。
俺はこのレベルなのにPOWが4しかないんだ。そんな強い魔法を撃てるなんておかしい。
そこで、ティリタが言った。
「あの……もしかして、黒いオーラの正体は闇幻素だったのでは?」
エスクードさんの動きがピタッと止まった。
「なるほど……確かに、それならなんとか辻褄が合う」
闇幻素……?聞きなれない単語だ。
その言葉の意味を先に聞いたのはゼロだった。
「あの、幻素って何ですか?」
「そっか、2人ともこっち来たばっかだもんね」
エスクードさんはボードを近くの別の椅子に置き、俺達に説明してくれた
「例えばグレン君、君はフレイムなら不自由なく撃てるんだよな?」
「えぇ、まぁ。POWの低さから来る威力と射程の低さはありますけど」
「じゃあ、それがどういう仕組みで撃ててるかは知ってる?」
「えっと…………」
言われてみればわからない。
ただなんとなく「フレイム」と叫んで撃ってるっていう認識しかなかった。
「わかりません」
「じゃあいい機会だし、この世界の『魔法の仕組み』について教えてあげるよ」
エスクードさんはメガネをクイッと上げる仕草をした。メガネかけてないのに。
「まず魔法は本来、今いるこの空間には存在しない。この世界の裏側に広がる『虚数空間』に存在してるんだ」
どうやら魔法具にはその虚数空間と接続する力があるらしい。
「正確には、虚数空間にある『幻素』っていう物質を取り出して、それを魔法として放ってるんだ」
なるほど。
フレイムは手から炎を生み出して放つ魔法だが、手から直接炎が生まれるわけではないのか。
「この幻素には色々種類があってね、例えば火幻素は空気に触れると高熱を発する。だから炎が生まれるんだ」
他にも、
水幻素は空気中の水素と酸素を化合させて水を生み出す。
土幻素は空気中の砂や土を集結させる。
風幻素は幻素自体が大きく揺らいで風を生み出す。
雷幻素は空気中の原子から電子を抜き取って雷を生み出す。
光幻素は幻素自体が光を放つ。
闇幻素は逆に光を吸収する。
「今回グレンの体に吸収されたのは闇幻素なんだけど…………その手袋を貸してくれるかな?」
俺はエスクードさんに手袋を貸した。
「やっぱり、この魔法具は火幻素しか放出できない。つまり、本当なら幻素は君の体の中に残ってしまうはずなんだ」
それが、残らずに体の外に出た。
確かにおかしな話だ。
「もしかしたら……君は『プリズム』なのかも知れない」
「『プリズム』?」
ティリタが補足説明した。
「魔法具の種類に関係なく全ての幻素を体内に残さず放出できる特異体質の事だよ」
「つまり…………?」
ティリタは頷いた。
「君は能力の振り間違いのせいで苦手な魔法を使うことを余儀なくされている…………と、グレン本人も思っていた」
けど、とティリタが続ける。
「今は最弱の魔法使いだけど、いつか最強の魔法使いになる可能性を秘めている」
最強の魔法使いか……。
エスクードさんが割り込むように言った。
「もし君が望むなら、君の魔法使いとしての力を伸ばす特訓をしてやれるかも知れない。それが出来たら、君は最強の魔法使いとやらに一歩近づく」
特訓か…………。
話を聞くと、数日間寮を離れて《アスタ・ラ・ビスタ》が経営する訓練場にこもるらしい。
「ただ、特訓といっても大半は実技。君の体が持つとは限らない。クエストを進めてLvやPOWを上げてからでも構わない」
なるほど……それも1つの手か。
「それに、特訓に行くとなるとしばらくクエストには出られなくなる。それはグレン君だけじゃなく、同じパーティーのゼロちゃんとティリタもだ」
そうか……クエストに出れないと稼ぎが出ない。
2人にも迷惑かけちまうってわけか。
「どうするかは、3人に任せるよ」
俺はティリタの方をチラリと見た。
「僕は、特訓に行ってもいいと思う。少しでも強くなれれば、グレンも嬉しいと思うし」
ティリタがそう言ってくれて、少し気が楽になった。
次に、ゼロの方を見る。
ゼロは興味なさげに、そっぽ向いて髪の毛をいじっていた。
「…………強くなって帰ってきな」
ゼロはちょっと言動にトゲがあるがようするに、
『私はここで待ってるから、安心して行ってきな』
ってことだ。
「…………ありがとな、2人とも」
俺はエスクードさんに頷いた。




