1章17話『最上級魔法』
少年の足元には血だまりが広がる。
まだ完全に死んでいない骸達がピクピクと手を震わせる。
「俺はキリ…………しがない《エンセスター》だ」
キリは息を切らせながら、言った。
「ありがとよ、他の奴らを殺してくれて」
俺は何か言い返したかったが、できなかった。
それほどまでに、そこにある狂気は恐ろしかった。
「お前らが他の奴らを殺してくれたおかげで、この剣の目撃者がいなくなった」
「へぇ…………」
いなくなった、か。
「つまり、今ここにいる俺達3人は目撃者にならないってことか」
「あぁ、その通りだ。何せこれからお前たちは死ぬんだからな」
なるほど。
まさかとは思っていたが、こいつら知らないんだな。
そんな俺の心の声に気づくわけもなく、キリは剣を縦に構えて眺める。
「この剣はなぁ…………未完成だったんだ。俺がこの剣を売人から買った時、この剣は真っ白だったんだ」
その言葉を聞いて、改めて剣を見る。
しかし…………
「だが見てみろよこの剣。今じゃこんな色さ」
全体が濃いピンク色になっている剣を見た俺は、ある仮説を立てた。
反射的に下を見た。
キリの足元の血だまりは少しずつ薄く……いや、消えていっている。
それだけじゃない。
殺された剣士達の死体も、末端の方から少しずつ分解されていく。
どうやら俺の考えは正しかったようだ。
「その剣は、《人を殺せば殺すほど強くなる》。違うか?」
キリはニヤリと笑い、
「あぁ、その通りさ。今まで殺した数は、これから殺す数に繋がる。死の連鎖を呼ぶ剣、それがこいつだ」
俺はそれを聞いてもなお、微笑を貫く。
ビビってるのがバレたら一気に追い詰められるだけだ。少し余裕の表情を見せるだけでも、未来は大きく変わってくる。
「なら見せてみろよ。俺達に、その剣の強さとやらを!」
俺は右手の手袋を前に突き出す。
「フレイム!」
野球ボールほどの大きさの火球が、まっすぐに飛ばされる。
しかし、
「フンッ!」
キリは剣を振り、炎を消してみせた。
「この剣には闇属性のパワーが込められている。お前のヘナチョコな炎魔法くらい、簡単にかき消せる」
なるほど、魔法武器みたいな扱いか。
「確かに、この程度の威力の炎魔法ならかき消せるかもな…………」
そう言いながら、俺は後ろに目線を送る。
「だが、俺は1人じゃねぇんだ。魔法の威力を上げるなんて寝ながらでもできるんだよ」
後ろの影からティリタが現れた。
ティリタは杖を前に突き出し、白金色の魔法を俺にぶつけた。
「マジックアップ!」
ティリタは力強く、そう叫んだ。
マジックアップ。
その名の通り対象のPOWが上がる魔法だ。
火力不足を補う策のひとつという訳だ。
「さぁ、もう1発おみまいしてやるよ!」
俺はもう一度、フレイムを撃った。
が、予想外の出来事が起きた。
「うぉぉぉおおおお!!!」
俺は右手に力を込め、ここぞというタイミングでフレイムを撃つ!
…………ポスンッ。
「………………は?」
俺は手袋を二度見する。
「出力限界だ。お前の技術では威力の上がったフレイムの出力に耐えられない。体が本能的に魔法の発射を拒否したんだよ」
マジか…………。
ここに来て能力振りのミスが響くとは……。
「仕方ねぇ……ゼロ!」
俺の火力に期待できない以上、どうしてもゼロに頼るしかない。
申し訳ないが、こいつを殺すのを手伝ってもらおう。
ゼロは気だるげに拳銃を構え、走り出す。
「はぁっ!」
ゼロは飛び上がり、横に回転しながら両手の銃の引き金を引いた。
数え切れないほどの弾丸がキリに向かった。
「その程度止められなければ、この剣が完成した意味がねぇんだ!」
キリは身を守るように剣を構える。
周りから漂う黒いオーラが銃弾を包み込み、ポトリと地面に落とした。
キリはゼロの着地の隙をついて一気に距離を詰める。
ゼロも銃で応戦するが、闇属性の力がそれを防ぐため、後ずさることしかできなかった
「くそっ……!」
俺はフレイムを放とうとする。
しかし、どれだけ力を込めても俺の手から炎は生まれなかった。
そうしている間にも、ゼロはどんどんと追い詰められていく。後ろには海があるため、そろそろ限界も近い。
正に『背水の陣』だった。
キリはゼロの首に剣を突きつけ、言った。
「選べ。首を切られて一瞬で死ぬか、海に飛び込んで苦しみながら死ぬか」
ゼロの表情に焦りが見える。
いつも冷静かつ余裕の表情を貫いているゼロが珍しく焦りを見せた。
ゼロはキリの腹を強く蹴り、距離を取る。
そして流れるように銃を構えるが、
「どうした?撃ってこねぇのか?」
ゼロは銃を撃たなかった。
「なんで撃たねえんだよ、あいつ……!」
俺がもどかしさを口に出すと、ティリタが言った。
「グレン、ゼロはもう限界だ!」
わかっている。わかっているが、今の俺じゃフレイムもまともに撃てない。
ゼロを助ける術が無いんだ。
「ほらほら!どうした?かかってこいよ!」
キリは手招きしてゼロを挑発する。
「……………………一か八か、ね」
ゼロは数歩後ろに下がり、前方へ走り出した。
そしてもう一度高く飛び、両手に持った拳銃をキリに向かって連射した。
「無駄だ!俺にはこの剣がある!」
闇属性のオーラはゼロが放った全ての弾丸を無力化し、叩き落とす。
「…………ダメだったか」
ゼロは太ももに銃をしまった。
と同時に、彼女はキリに斬りつけられてしまった。
「なんで……武器をしまったんだ!」
俺は苦い表情を見せる。
「さっき何人も殺してたのが仇となったんだ…………」
今回のゼロの敗因。
それは弾切れだ。
「銃の固定ダメージに頼っていたゼロに素の攻撃力はない。勝ち目がないと判断して諦めたってことかよ……!」
俺は拳を握りしめる。
「いや、まだ希望はある」
ティリタはキリの剣を指差した。
「あの剣、最初より色が薄い」
「………………まさか!」
「ゼロの特攻は決して無駄じゃなかったんだ」
俺とティリタは頷く。
「ゲームオーバーだッ!」
俺はキリに向かって走る。
「馬鹿め!この剣がある限り俺は無敵だ!」
キリは剣で身を守る。
「そいつはどうかな……?」
俺は剣を片手で掴んだ。
刃が手のひらに食い込んで、手はあっという間に赤く染まった。
「お前の黒いオーラは闇属性のエネルギー。言い換えればMPを剣に流し込んでいるようなもの。つまりは有限だ。」
黒いオーラが俺の手の傷から体内に入ってくる。内側から強い熱が伝わってきた。
「くそっ……離せ!」
キリは体を右左に揺さぶるように動かして俺を剥がそうとする。
そう簡単に離してたまるか。
「ちょうどいいから教えてやるよ。お前らは知らねぇようだが、俺達転生者は不死身だ。何度死のうが、俺達は存在し続ける」
キリの目から光が消えた。
「だが、お前ら現地人の人生は一度きりだ。わかるよな?」
闇属性のエネルギーは全て俺の手の中に入った。今にも爆発しそうな力が俺の右腕に集まる。
「お前らが奪った転生者の命は計り知れない。死をもって償え」
もちろん、ゼロの分もな。
俺は右手から闇属性のエネルギーを解放した。
それと連鎖するように勝手にその声が出た。
「ディスペアー」
俺の右手を起点とした黒い爆発は、その空間に一瞬だけ夜を生み出した。
いや、夜なんて生易しいものではない。
言葉に表しにくい絶望、それがキリを跡形もなく消し飛ばした。
「やった!やったよグレン!」
ティリタの声がかすかに遠くから聞こえる。
「ゲホッ……ゲボッ……」
ダメだ……体に負荷をかけ過ぎたな。
俺はそのまま、港の端で仰向けに倒れた。




