1章16話『出張クエスト』
「もしもしグレン君、ちょっといいか?」
ある日の昼過ぎ、ラピセロさんから電話がかかってきた。
「ギルドマスターから、君達に直々の依頼が来ている」
「俺達に?」
「あぁ。君達に、インスマスの北東にあるキングスポートという街に行ってもらいたい」
キングスポート。
確かインスマスより盛んな漁村だったっけ。
キングスポートのカニは美味いってギルドメンバーが言っていた。
「そこに港があってな。そこで他の大陸との交流があるんだが…………」
ラピセロさんは、一瞬溜めた。
「そこが、《エンセスター》に占領された」
ぞくり、と背筋が揺らいだ。
「そこを取り返して欲しいと」
「あぁ。現地には《ブエノスディアス》のメンバーも向かうらしいが、人数が微妙に足りないらしくてな。《アスタ・ラ・ビスタ》に応援要請が来たんだ」
「でもそれなら、もっと熟練の人を連れていった方が良くないですか?」
「《アスタ・ラ・ビスタ》のメンバーの中で《エンセスター》とやり合って勝利したのが君達しかいないんだ。対に関しては君達が一番の熟練者というわけだ」
なるほどなぁ…………。
確かに今まで《エンセスター》の連中は街の外で俺達を襲うことはあっても街に直接乗り込んでくることはしなかった。
《エンセスター》との戦闘に慣れていなくてもおかしくはないか。
実際、今まで《エンセスター》の相手をしていたのは基本だった。
「でも……おかしいですね。《エンセスター》の目的は転生者を狩ること。でも、港を占領なんてことをしたら、転生者だけでなく現地人も困るはずですよね?」
「その通り。それに、今までは全く街に出てこなかった《エンセスター》がいきなり港を乗っ取ったのも不自然だ。よっぽど港を重要視しているようだが…………あの港は何かと不便なんだ」
「不便?」
「ニグラス最大の大陸、ムー大陸に行くにしても、ムー大陸は港の真反対だから遠回りすぎる。それならアーカムの西の港を使えばいい」
アーカムの西の港の方が船代も安く済む。
確かにムー大陸に行くためにこの港を占領するとは思えないな。
「かと言って東のアトランティス大陸に行くにも、アトランティス大陸は未開の地が広がっているため、わざわざそこに行く人は少ない。つまり、占領するメリットが少ないんだ」
アトランティス大陸にも人が住む街はあるが、1つだけ、しかもアトランティス大陸の東端。つまり到着地点の反対側だ。
「じゃあなぜ《エンセスター》は港を…………」
「今回ばかりは本当に目的がわからない。しかし、逆に言えば相手が何をしてくるか予測できないというわけだ。十分注意して動いてくれ」
俺は「わかりました」と告げる。
ラピセロさんとの通話が切れたことを確認し、俺はゼロとティリタを部屋に集め、依頼についての話をした。
次の日朝10時に、俺達はキングスポートの郊外の、《ブエノスディアス》が管理する建物にいた。
総勢20名の大規模戦闘だった。
「敵は39人、それが北・中央・南に9・21・9。対してこちらは3・14・3で分けられている。そのうち、僕達3人が担当するのは北の部隊だ」
ティリタが配布された作戦書の地図を指差しながら説明した。
「敵の職業は?」
「魔法使いが4人と剣士が3人、それと呪術師が2人」
呪術師。
聖職者と対を成す職業。
主に回復や味方の強化を行う聖職者に対して、呪術師は敵の弱体化等を行う。
「最優先は呪術師だと思う。先に呪術師を倒して、その次に魔法使い、最後に剣士の順で処理するように意識しよう」
こちらが弱体化させられるのは厄介だからな。先に始末したほうが良い。
ティリタの作戦に頷く俺とゼロ。
「敵のLvは平均13。僕達は、グレンと僕が15、ゼロが17だから有利だとは思う」
するとゼロが、
「Lv13となると、呪術師はどんな技を使ってくるの?」
「使い手の技術にもよるが、攻撃力低下と防御力低下の2種類。とはいえ、攻撃力防御力といってもSTRとPOW、GRDとSID、これらのどれを下げてくるかわからない」
ゼロは銃を軽く指でトントンと叩き、言った。
「呪術師は私が叩く」
ゼロの職業は武闘家だが、メインウェポンはハンドガン。前にも言ったが、この世界の銃は固定ダメージだ。
どれだけ、どちらの攻撃力を下げられようと、ゼロは安定したダメージを叩き出せる。
「わかった。でも無茶だけはしないようにね」
ティリタの注意喚起に、ゼロは笑顔で頷く。
数十分後、俺達は待機場所に来ていた。
潮風が優しく吹き抜けるビルの影、敵は周囲を警戒しているのか、辺りを見回している。
ティリタは、耳に当てた手帳から聞こえた音声をそのまま口に出した。
「作戦開始」
俺はビルの影から飛び出し、フレイムを撃った。
もちろん、射程も威力も全ッ然足りない。
しかし、爆破音だけは十分だった。
「……転生者だ!」
周囲の敵は一斉に俺の方を向く。
相変わらず不気味な仮面が大量に並んでビビったが、今の所作戦通りに行っている。
剣士3人が俺の方へ向かってくる。
俺は3人からの剣撃をヒラリヒラリと華麗に、アクロバティックに回避した。
「なんだこいつ……攻撃が当たらない!」
「動きをよく見るんだ!」
と、剣士たちが会話をしている。
あぁ、俺の動きをよく見てくれ。
俺へ注意が向けば向くほど、裏から回っているゼロへの注意は薄れるからな。
ダダダダダダッ!
奥から銃声が聞こえた。
ゼロは銃口から登る煙にフッと息を吐く。
「ヌルいわね。もっと強いのいないわけ?」
そう言って今殺した呪術師の頭を蹴りつける。
「なっ……何!!?」
俺が注意を引いている間、ゼロは後方から港と海の境目にしがみつき、敵の真後ろまで移動した。
彼女の体がどこも濡れていない辺り、ゼロの身体能力は本物のようだ。
後方にいた魔法使い達はゼロに向かって雷魔法を撃つ。
しかし、様子を見れば仮面越しでもわかる。彼らは明らかに焦っている。
いきなり現れた転生者が、仲間を一瞬で殺したのだから。
「こっ……この人殺し!」
魔法使いはゼロを指差して叫ぶ。
「マスターズギルドはエンセスターを重要危険生物としているわ」
重要危険生物とは、マスターズギルドが設定する一部の生物で、主にゴブリンやアラーナ等のモンスター達や凶悪犯罪者集団、生態系を壊しかねない乱獲者等に設定されている。
「つまりね」
ゼロは左手で髪をファサッと揺らす。
「私が殺したのは人じゃない。害獣よ」
ゼロは太ももからもう一丁拳銃を取り出し、魔法使い達に突っ込んでいく。
魔法使い達はゼロに応戦しようとするが、Lvも技術も足りないせいで、魔法を唱えてから実際に魔法が出るまで0.6秒かかる。
それだけの猶予をゼロに与えた時点で、敗北は確定している。
ドドドドドッ!
清々しい銃声が辺りに響くと同時に、
ガッ!バタッ!バシャッ!
魔法使い達の骸が地面を埋め尽くした。
「さすがだな、相棒」
俺がそう呟いている頃、俺を囲んでいた剣士らは目の前の惨劇に呆気にとられていた。
「さぁ、次はお前らの番だ」
俺が指差すと、剣士の1人が
「………………ッ!!」
仮面を投げ捨てた。
青い目をした金髪の少年は手に持った剣の他にもう1本剣を抜く。
そしてそれを………………
「ぐぁあああ!!!!!」
「ぐぁあああ!!!!!」
隣の2人に突き刺した。
「な……何してんだよお前!」
さすがの俺も、これには心底驚いた。
「ちょうど良かったよ…………他の奴らを殺してくれてな」
「なんだと?」
男は笑いながら剣を死体から抜いた。
「この剣さえあれば…………俺は誰にも負けねぇ」
男は足元の仮面を踏みつけ、砕いた。




