4章35話『未来へ』
俺を包む炎は俺の全身にまとわりつき、少しずつ固形と化していった。翼、鱗、鎧……と順番に体が形成され、最後には巨大な爆発と共にそれは完成した。
『紅蓮の太陽』。俺の最後にして最強の切り札だ。
「あの日ナイアーラトテップを屠った姿……相手にとって不足はありませんね」
そう言うアオイさんの姿を上空から見下ろすと、驚くことに彼女は光に包まれていた。光を盾のように使って身を守り、俺の攻撃を防ぐ作戦……?いや、そんなわけがない。何か、裏玉があるはずだ。
アオイさんを包む光は一気に凝縮した。
ぐぐぐ……と縮んで、彼女の体を守る卵のような形になり、キィィイイインと機械的な高音を出した。
どうやら俺の予想は当たったようだ。
次の瞬間、卵はパァンと弾け、中のアオイさんがその姿を現した。白い髪、白い肌、白いドレス、そして白い羽……その中で首元に下がっているネックレスの金色だけが目立って見えた。
「お見せするのは初めてでしたっけ?ならお教えしましょう。
これが『イステの歌』の《最終項》、『純白の天使』です」
《最終項》…………アオイさんも会得していたのか。
俺は改めて自分の腕を見る。俺の腕は赤く、黒く、炎のように揺らぎながらも尖っていた。『紅蓮の太陽』の攻撃性を表した姿だ。
それに比べてアオイさんは包み込むような柔らかい羽、人を傷つけないまっさらな腕、そこに棘はなく、その姿はただただ優しかった。『純白の天使』の包容力を表した姿なのだろう。
が、残念ながら天使は俺に牙をむくようだ。
アオイさんはスッと右腕を上げた。するとアオイさんの体から光が少量散り、そのまま空中に張り付くように止まった。
俺は一瞬彼女が何をしているのか分からなかったが、すぐにその答えは出た。
空中に留まる光は段々と細長く、鋭く変わっていく。ちょうど矢のような形に、だ。
それがかなりの量、天に輝く満点の星空のようになるほどの量生み出されている。
まずい、なんて言葉じゃ済まされない。絶対的な死の感覚を味わわされた。
アオイさんは何の前触れもなく上に向いていた腕を下ろし、俺の方に向けた。その動きに合わせて空中の矢も先端を俺に向ける。
そのままヒュヒュヒュヒュヒュンッ!と空気を切る音と共に俺に向かって飛んできた。
「うぉぉおおおっ!」
俺は情けない声を上げながら豪雨のように降り注ぐ矢を翼で飛び回って回避する。時折魔法を放って矢を焼いて一掃しているにも関わらず、それでも足りないと言わんばかりに矢は俺の体をザクザクと突き刺してくる。
当のアオイさんは平然とした顔で俺の方を見ていた。
最終的に俺は渾身のヘルファイアで残った矢を全て焼き尽くしたかわりに反動と蓄積したダメージによって地面に叩きつけられた。
闘技場の土を抉りとるように落ちた俺がその時見ていたのは憎いほどの青空と怖いほど美しいアオイさんの姿だった。
「満身創痍のようですが……どうします?もうやめますか?」
「やめませんよ……。言ったじゃないですか、あなたを未練なく次の世界へ送り出すって」
俺はもう一度翼を広げ、大空を舞った。アオイさんはその姿を見て拍手していた。とても余裕そうな表情で。
このままじゃ、一方的に負けるだけだ……。
何か……一発逆転の切り札は何かないのか……!
考えろ…………。
考えろ、グレン…………!
…………………………………………。
……………………。
……。
もう、これしか方法はねぇ……!
「うぉぉぉおおおおおっ!」
俺は気合いを入れ直すように雄叫びを上げ、そのまま右手を突き出した。
「ヘルファイア!」
ドッゴォォオン!いつにも増して強力なヘルファイアがアオイさんを襲おうとしていた。
が、彼女もただでは喰らわない。ホープスを使って対処しようとしていた。
だが、ここで彼女は目を見開くこととなった。
ヘルファイアをホープスで相殺しようとしたその瞬間、ヘルファイアの炎がバッ!と分散し、10個ほどの火の塊となった。
そのままそれらはホープスを回避し、アオイさんの背後に回る。そしてそれら一つ一つがアオイさんに体当たりを仕掛けた。
「…………!!」
アオイさんはそれらを避け切るのは不可能だと判断したのか、転移魔法を使って回避した。バラバラになった炎の粒は全て俺に衝突する。
「ぐっ……!」
自分の炎を自分で受けると、決まって2つの感情が湧き出る。1つは熱に対する苦痛、もう1つは自分の魔法の威力を身をもって知ることによる喜びと自信だ。
この魔法はとても熱い。体がドロドロに溶けてしまいそうなくらいに熱い。
だが、この熱さがいい。
この熱さなら、きっと上手くいく。
「まだだ!」
俺はさらに連続でヘルファイアを撃つ。腕が破裂しそうなくらいの反動と心臓が押しつぶされそうなくらいの体への負担。
それら全てが詰まった炎はアオイさんを襲った。
「こんなにも連続で最上級魔法を……!」
アオイさんはホープスで相殺したり、軌道を曲げたりしてそれらを回避しようとするが、『セラエノ断章』の力で俺に操られた炎を完全に防ぐことは出来ない。
最終的に転移魔法の連発でそれらを避けた。
そしてその炎全ては俺の体に命中する。
「ぐぁぁあああっ……………………!!」
俺は口を全開にして苦しみを吐き出す。今にも死んでしまいそうだ。
だが、これは苦しければ苦しいほどいい。
そうでもなければ、アオイさんには勝てない。
「アオイさん……これで終わらせる!」
俺は全身に力を込めた。血が沸騰するくらい、水という水が蒸発するくらい、俺の体内に熱がこもっていった。
同時に、さっき受けて体にまとわりついていた炎も勢いを取り戻し、一気に燃え上がった。
体内も、体外も、何もかも炎に包まれた……いや、炎と一体化したと言うべきか。
「これは…………」
アオイさんは目を輝かせながら俺を見る。
「さっきわざと炎を受けたのは、このためです。俺の体には限界がある。俺が一度に持てる炎の量は無限じゃない。だから、その障壁を取っ払って、俺すら経験したことの無い火力を出す……。
これが、俺があなたに勝つ唯一の手段です」
アオイさんはそこまで聞くと頷きながら拍手す
した。
「いいでしょう。あなたの覚悟、受け取りました。私も私の限界を超えてあなたを迎え撃ちましょう」
アオイさんは右手に光を蓄積させ始めた。その光は俺の炎に勝るとも劣らないほど強い。
どちらが強いか、ハッキリさせようじゃねぇか。
「これで……ゲームエンドだ!」
俺は翼を羽ばたかせ、アオイさんにタックルを仕掛けた。グォォオオオオと轟音を立て、全身の炎を加速させながら近づく。
アオイさんもそれに応えるように光魔法を放つ。ホープスよりずっと強い光魔法を。
その2つが衝突した時、一瞬世界に無が訪れた。0コンマ何秒の虚無の先に訪れたのは、超ド級の爆発と閃光。
まさに太陽が生誕した瞬間だった。
ドドドォォオオオオオオンンン!!!!
何もかもが白く赤く包まれた。
その光が晴れた先に、俺は立っていた。
服は焼け焦げ、腕は火傷している。煙を吸ったのか、咳も止まらない。
ボロボロ、なんてレベルじゃなかった。
しかし、それはアオイさんも同じだった。
傷だらけの服、力なくぶら下がる左腕、乱れに乱れた呼吸。
彼女も瀕死だった。
まだ……終わらないのか……?
そう思った時、アオイさんは言った。
「……初めてあなたを見た時、私は正直不安でした。最低値に近いPOWで魔法使いを選んだ、最弱の魔法使いとも呼べるあなたが、この過酷溢れる世界で生きていけるのか…………。
でも、杞憂だったようです」
ボォッ……!
アオイさんの腕に炎がついた。
「あなたはその勇気と強い心で、見事私を乗り越えた…………。それが、あなたの強さを物語っています。もうあなたは最弱の魔法使いなんかじゃありません」
「アオイさん…………」
アオイさんは最後に天を見上げ、言った。
「あなたは、最強の魔法使いです」
バタッ………………。
そのままアオイさんは力尽きた。
「勝った…………」
俺は彼女と同じように、雲ひとつない青空を見上げて言った。
――――――――――――――――――――――――――
俺達の目の前に、ブラックホールのような渦をまく穴がある。その先から出てきた女性、ニグラスに来る前地獄で会った閻魔大王の部下だ。
「もうこの世界に思い残すことはありませんか?」
アオイさんは頷いた。
「私のかわりになってくれる人が見つかりましたから。これから先は、きっと彼がニグラスの未来を導いてくれるでしょう」
そう言ってアオイさんはチラッと俺の方を見る。
俺はドキッとして背筋が伸びた。
「そうですか、ではこのまま出発致しましょう」
女性がそう言って先にブラックホールに入る。
アオイさんもそのブラックホールに入る…………前に俺達の方を向いて一礼した。
「またお会いできる時をお待ちしております。皆さん、お元気で」
そう言って彼女はブラックホールに、もとい新しい世界に旅立ってしまった。
胸に残ったのは喪失感と達成感。
彼女がいなくなってしまったのはとても寂しいが、彼女の満足いく形で送り出せて良かった。
俺は何となく、先程までブラックホールがあった場所を見つめている。
「なにボーッとしてんの。時間、ないのよ」
ゼロが俺の頭をコツンと叩く。
「寂しいのは分かるけど、僕達も前に進まなきゃ」
ティリタも精一杯俺を励ましてくれる。
2人に出会えて、このギルドに出会えて、この世界に出会えて良かった。
「今日は君の就任歓迎パーティーだ。主役が遅れてはいけないよ」
ティリタがそう言って俺の腕を引く。
俺は隣にいたゼロの顔も覗く。彼女は彼女特有の鋭い目のまま、口だけは楽しそうに微笑んでいた。
「さ、行くわよ。ギルドマスター」
ゼロは髪をクルクル弄りながら俺達の先を行く。
「あぁ、行くか」
帰ろう、彼女が遺した《アスタ・ラ・ビスタ》へ。
FIN




