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4章34話『ぬるい気持ち』

 キングスポート闘技場。現世にあるコロッセオのように古来から伝わる形の闘技場だ。序列を決める大会等でも使われる。

 が、今日は《アスタ・ラ・ビスタ》の貸切だ。


 俺、ゼロ、ティリタの3人は彼女に挑むためその門をくぐった。案内係のエスクードさんに挨拶し、いざ戦場へ赴こうとしたその時だった。


 俺達は誰を倒そうとしているのか、改めて思い知らされることとなった。


「お待ちしておりました」


 アオイさんは俺達の姿を見るなり、笑顔で礼をした。その水色と白の洋服は一切汚れておらず、手に持った『イステの歌』もまるで新品のようだった。


 が、問題はアオイさん以外の全てだ。

 闘技場の土は穴だらけ隆起だらけ。水溜まりや焦げた跡なんかもあった。

 そして何より、力尽きた数々の冒険者の体がそこら中に転がっていた。


「あぁ、大丈夫ですよ。彼らは死んではいません。例え現地人でも、死んだ場所が闘技場なら教会で蘇るようになっています。連戦が続いたため闘技場内の教会は復活が追いついていませんが」


 要するに……アオイさんは教会側の処理が追いつかないほど相手を一瞬で倒し続けて来たということだ。

 服に汚れのひとつも付けずに。


 俺の額を冷たい汗が通過するのが分かった。


 だが、せっかくここまで来たんだ。瞬殺されてもいいから彼女に挑戦してみよう。


「悪いけど、今回はガチですよ。あなたに恩はあるが、容赦なく叩きのめさせてもらいます」


 虚勢を張るのと、自分自身を言い聞かせるのと、両方の意味を込めて大口を叩く。

 アオイさんはそれにフフッと笑って返し、優しい笑顔のまま言った。


「いいでしょう。そうでないと、張合いがありませんからね」


 俺は前へ出て、ゼロとティリタは後ろに下がった。

 雷管の音が開始の合図となり、俺は速攻でアオイさんに駆け寄った。この勝負、お互いのLvは100に固定されている。俺もアオイさんも何不自由なく戦えるLvだ。

 何不自由ないからこそ、どちらが強いかがより鮮明に出る。


「バーニング!」


 俺は前進しながら、滑るようにバーニングを撃つ。アオイさんはバーニングを避けるそぶりも見せず、平然とそこに立っていた。


 が、もちろん彼女がバーニングを避けないわけが無い。彼女にしか出来ない避け方をするつもりなのは分かっている。

 火球がアオイさんの体に触れる寸前、アオイさんの姿は俺の視界から失せた。


「!!!」


 と同時に、俺の背後にアオイさんが現れた。『イステの歌』の転移魔法だ。

 アオイさんはそのまま何食わぬ顔で俺の背中にホープス《光属性最上級魔法》をぶつけた。


「ぐぁぁあああっ!!」


 勢いよく前へ吹き飛ばされる俺と、そこに追撃を仕掛けに来るアオイさん。俺は地面に強く叩きつけられながらもすぐに立ち上がり、アオイさんを迎え撃つ。


「バーニング!」


 俺は全身がビリビリと痛む中、もう一度魔法を放った。反動すらまともに抑えられないほどのダメージ。アオイさんの実力は俺の想像を遥かに超えている。

 アオイさんは今放ったバーニングすら、前方に転移することで回避。その流れで腕を後ろに下げた。ホープスの構えだ。


 まずい、今2発目を食らったら死ぬ……!急いで右手に幻素を集中させた。


「ホープス」


 アオイさんが撃った光魔法は回転しながら俺に向かってきた。


「ストーム!」


 それを風魔法で相殺しようと試る俺。

 風魔法にはノックバック効果があるから、もしかしたら光魔法を跳ね返せるかもしれない。

 そう思ったが故の風魔法だ。


 ドゴォォオン!!!

 巨大な地響きと共に俺は後方へ吹っ飛ばされる。やはり上級魔法で最上級魔法を相殺するのは無理だったか。


 そうしてお互いの距離が離れた。その間、約30m。今仕掛けたら間違いなく隙をつかれて死ぬ。今は慎重に動く時だ。そしてその考えはアオイさんも同じようだった。

 俺もアオイさんも、相手の様子を伺いながら慎重に行動する。相手の動きをじっと見ながら、乱れた呼吸を整える。


 …………そうだ、ひとつ気になっていたことがあった。聞くなら今だろう。

 俺は動揺を誘うことも含め、アオイさんに問いかけた。


「一つだけ聞かせてください。アオイさん、あなたはなぜこんなにも急に、しかも大急ぎで次期ギルドマスターを決定しようとしているんですか?」


「それは……一体どういう意味での質問ですか?」


 アオイさんは表情すら変えずに聞き返す。


「あなたはいつも慎重に動いていた。行動力こそあれど、時期とタイミングを見誤る人ではなかった。

 だから、今回の一件が唐突に始まったのが引っかかってたんです。何かあなたを急かしている要因があるんじゃないか、と」


「…………バレてしまいましたか」


 やっぱりか。

 その時の俺はナイアーラトテップ級の敵が迫っているとか、また巨大な組織が暗躍しているとか、そんな予想をしていた。

 が、答えはそんなに大きなことではなかった。


「以前あなたから受け取った閻魔大王からの手紙…………その手紙には私の金庫の暗証番号が記されていました。そしてその中には私の前世の記憶を記した本と、またも1枚の手紙が挟まっていました」


 いきなり彼女の金庫の話が出てきた。

 確かにあそこに本が入っているという話は聞いていたが、まさかその真相をここで知ることになるとは。

 そして、ここまでの話の流れで誰もが思うであろう質問を投げかけた。


「その手紙にはなんと?」


 アオイさんは少し躊躇ったが、俺の目をまっすぐと見て言った。


「『刑期満了です。1週間後に迎えに行きます』。そう書かれていました」


「迎えにって…………閻魔大王が!?」


 アオイさんは頷いた。


「ニグラスでの贖罪は永遠ではない、何百年単位の懲役を抜ければ終わりを迎える。私はそれを知りました。

 あと数日で私はこの世界を去ります。その先は普通の人と同じように転生してまた1から人生を始めることになるようです。

 それがニグラスの仕組みだったのです」


 この世界を去り、次の人生を始める…………。それって、()()()()()()()()ってことだよな?

 開いた口が塞がらなかった。

 タルデ、美由紀に続いてアオイさんまでもが俺の手の中から消えていく…………。

 受け止めたくなかった。


「俺は……アオイさんにとても世話になりました。まだギルドに入りたての俺達をあなたは優しく歓迎してくれましたし、いつも俺達に的確な指示をくれましたし、俺達のピンチに駆けつけてくれた事もありましたよね」


 アオイさんには散々迷惑かけた。

 俺の私情や未熟な所を、彼女はカバーしてくれた。その恩は返し切れるようなものじゃない。


「だから、そんなアオイさんがいなくなるのは寂しいし、行って欲しくないというのが本音です」


 これは俺だけじゃなく、《アスタ・ラ・ビスタ》のメンバー全員の総意だ。これだけは間違いない。

 でも…………。


「でも、そんなぬるい気持ちで躊躇うのが1番ダメだって事は俺自身よく知っています。

 ここでアオイさんに打ち勝って、あなたを未練なく次の世界へ送り出す、それが俺のやるべき事です。

 だから……全力で行かせてもらいます」


 俺はそう言いながら、《最終項》を発動させた。

 全身に炎がまとわりつき、焼け焦げるような熱さが体の内側から湧き上がった。

 その姿を見たアオイさんは数回頷いた後、


「いいでしょう。私も全力でお応えします」


 そう言うと彼女は俺と同じように魔導書を撫でる。彼女の体は瞬く間に光に包まれた。

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