4章33話『封印の中』
「おかえりなさい、皆さん」
ギルドマスター室に入ると、アオイさんは優しい笑顔で俺達を迎えてくれた。そして俺達の顔を一通り見渡すと、小さく頷いた。
「結果は……聞くまでもありませんね。あなた達の表情から分かります」
彼女からそう言われた時、スッと何かが変わった気がした。肩の荷が降りたというか、暗い雲が振り払われたというか、改めて全て終わったんだと確信した。
が、今度は別の問題が発生している。
「今日はその一件の報告もですが…………預かり物を渡しに来ました」
俺はそう言って内ポケットから手紙を取り出した。ヴィクティマから預かった、閻魔大王の手紙。彼女はそれを受け取り、目を見開いた。
「これは…………」
「見ての通り、閻魔大王からの手紙です」
「本人から直接受け取ったのですか?」
「いえ、ヴィクティマから受け取りました。ヴィクティマは本来閻魔大王の遣いとしてニグラスに送られたらしく、手紙を俺達に渡した直後に消えました」
アオイさんは「なるほど」とだけ言うと、静かに封を剥がして中を見た。
「……………………」
そう長くない時間手紙を見つめていたアオイさんは唐突に手紙を封筒にしまい、俺達に礼をした。
「ありがとうございます。少し個人的な内容になりますので、申し訳ありませんが今日のところはお引き取り下さい」
なるほど、俺達に見られたらマズいことが書いてあったというわけか。閻魔大王の手紙ともなれば当然か。
俺達は速やかにギルドマスター室から退室し、寮に戻った。
――――――――――――――――――――――――
アオイはグレン達が部屋を出てから数分、椅子の上で物思いにふけていた。手紙に書かれていた内容は非常にシンプルだった。しかし、彼女を深く悩ませるには十分な内容だった。
手紙の内容はこうだ。
『120322』
見ての通り、ただの6桁の数列。そこに意味は生じない。語呂合わせでも、複雑な暗号でもない、ただの数列。アオイ以外が見たら傾げた首が戻らないだろう。
だがその手紙の宛先がアオイである以上、その数列は意味を成す。
椅子に座りながらハーブティーを飲むアオイ。その視線の先には真っ黒い金庫があった。
金庫。6桁必要なナンバーロック。そして同じく6桁の数字。
ここまで言えば誰でもわかる。
アオイは意を決して金庫のダイヤルを回し、数字を手紙に記されていたものと合わせた。
最後の『2』に矢印を合わせた時、金庫はガチャンと無機質な音を立てた。そして重い金属の扉がその口を開き、その奥の真実をアオイに手渡した。
そこにあったのは1冊の本。転生直後にアオイが記した、分厚い歴史書。
表紙には『アオイの過去』と書かれていた。
「これが…………私の記憶」
アオイはパラパラと本を捲り、内容をよく読んだ。間違いない、それはアオイがここに来た直後に記して金庫に封印した前世の記憶だった。
膨大な量の記憶なので一部を要約する。
まず、本名は『霧島葵』。誕生日は3月22日である。幼い頃から正義感の強い女の子で、常に人の上に立ち人を導いてきた。
とある事情で、彼女は25歳という若さで《アスタ・ラ・ビスタ》の何倍も大きな組織の長となる。社会の秩序を裏で維持し、社会の癌を徹底的に排除する、それが彼女の毎日だった。
結果、その行動が原因でニグラス送りになってしまった、と言ったところだ。
アオイが本を読み進めていると、ページの間からもう一通手紙が落ちた。これも同じく閻魔大王からの手紙だ。
ここに書かれていた内容、それはアオイだけじゃなく《アスタ・ラ・ビスタ》全体に大きな影響を与えるものとなった。
「ついに、この日が来てしまったのですね」
アオイは少し寂しそうに手紙を懐にしまった。
――――――――――――――――――――――
ドタドタドタ!早朝俺の目を覚ましたのはそんな雑音だった。
ガチャッ!とノックも無しに開いた扉の先にはティリタとゼロがいた。
「なんだよ、朝っぱらから」
「大変なんだグレン!これを見てくれ!」
眠い目を擦ってティリタが見せてきた手帳を見る。そこに書かれていた内容は俺の眠気を全て吹き飛ばすには十分すぎた。
『《アスタ・ラ・ビスタ》メンバーの皆様へ
この度、私は《アスタ・ラ・ビスタ》のギルドマスターを辞任する事となりました。つきましては次期ギルドマスターの選考を行います。
選考方法は私との戦闘です。キングスポート闘技場で私と戦闘を行い、見事勝利を収めた先着1名に次期ギルドマスターの座を譲ります。
もちろん、参加は任意です。参加資格等もありません。自信のある方なら自由に参加可能です。
皆様の挑戦を心よりお待ちしております。
《アスタ・ラ・ビスタ》ギルドマスター・アオイ』
開いた口が塞がらなかった。
アオイさんがギルドマスターを辞める?次のギルドマスターをアオイさんとの戦闘で?
理解できない情報が一気に流れ込んできてオーバーヒートを起こしそうだった。
結果、無力な一言がこぼれ落ちた。
「おい……なんだよこれ」
するとゼロが冷静にこう言う。
「そもそも、《アスタ・ラ・ビスタ》ってギルドの中でも大きい方でしょ?こんな力比べみたいな形で次期ギルドマスターを決めてもいいの?」
確かに、そこは引っかかる点だった。小さいギルドならともかく、これだけ大きなギルドの長を決めるのにこんな方法でいいのか?
ティリタはゼロにこう答えた。
「いや、むしろこういう力比べの方がいいんだ」
「どういうことだ?」
「まず前提として、アオイさんは権力の分散を目標に掲げている、とエスクードさんから聞いた。どうやら今アオイさんが請け負っている業務を細分化して、人材系の仕事をエスクードさんに、経理の仕事をラピセロさんに引き継ぐらしい」
なるほど。確かにあの2人なら務まりそうな内容だ。
「だからギルドマスターと言っても、独裁的な権力を持つわけじゃない。むしろ権力があるのは今挙げた2人の方だろう」
次にティリタは指を2本、ピースの形で伸ばした。
「その時ギルドマスターに求められる物、それは名声と思考力なんだ」
名声と思考力…………か。
「とはいえ、なんでアオイさんはこんな方法を?」
「アオイさんは序列でもぶっちぎりの1位。彼女がその座に腰を下ろしてから、その場は誰にも奪われていない。
そんな彼女を打ち倒したとなれば、名声なんて腐るほど手に入る」
アオイさんの強さはニグラス中に知れ渡っている。彼女に打ち勝つ事は冒険者全員の夢だ。
その夢を叶えた者が現れたとなれば、そっちの名前も知れ渡るだろうな。
「それに、アオイさんが一筋縄ではいかないのは僕達もよく知っているだろう?それは彼女自身も自覚していることなんだ。
そんな彼女をどうやって倒すか、そこには常識を大きく覆す程の思考力が生まれるんだ」
彼女に正攻法で勝利を収めるのは不可能だ。
だから思考力を活かしてアオイさんを戦略で圧倒する必要が出てくるわけだ。
「理由なんてどうだっていいわ。問題は挑戦するかどうか、でしょ?」
ゼロは髪をクルクルいじりながら言った。
全く……分かりきったことを聞くものだ。
「決まってんだろ、挑戦するしかねぇよ」
俺は立ち上がり、そう宣言した。




