4章32話『別れ』
「その姿…………。そう、漣斗もその力を使えるのね」
『雷鳴の孔雀』と化したヴィクティマがそう呟く。
「お前と俺が使っているこの変身魔法、これは《最終項》と呼ばれる魔法。
そして俺の《最終項》の名は『紅蓮の太陽』だ」
ヴィクティマは「ふぅん……」と興味なさげによそ見をし、言った。
「それで?漣斗はその力で何をするつもりなの?」
何をするつもり、か。そんなこと、アイツは聞かなくても分かってるはずだ。
俺は自分に改めて再確認させるように、かつ仲間達に俺の覚悟を伝えるように、俺の目的を言った。
「お前を殺す。それだけだ」
俺の右手には既に荒ぶる炎が宿っている。全てを焼き払う決意と全てを終わらせる覚悟が燃えたぎる業火の素となっていた。
が、俺がいくら覚悟を決めようともヴィクティマが大人しく殺されるわけがない。それは『雷鳴の孔雀』となった彼女の姿が物語っていた。
背中に無数の羽を纏いつつ、その全てが鋭く尖っている。小さな羽で包まれた腕にも、稲妻がほとばしっている。黄色の光が優しく注いでいるようにも見えるが、絶対的な絶望が光として現れているとも見える。
それもそのはず。
俺の覚悟なんて簡単にかき消してしまうほどの、俺のものとはまた別の覚悟がそこにはあったのだ。
「私は漣斗を殺したりしない。大切なあなたを殺したりなんてできない。
でも……あなたが私に従わないというのなら、力ずくでも連れ帰る」
力ずくでも…………か。
一体誰の前でそんなセリフを吐いているのか、アイツは分かってないようだ。
「やってみろ」
この俺の一言。それがこの因縁の最終局の火蓋を切った。
ヴィクティマは手を払うように振る。するとバチバチバチッ!と電気の溜まる音がその空間に反響した。
同時に手にも雷のような青緑色の閃光がまとわりついている。この先の展開は容易に想像できた。
「ライトニング!」
ピュンッ…………。ギギギバチバチバチバチバチ!そんな言葉に表しにくい擬音が俺に向かって一直線に飛んできた。
俺からすればこの攻撃はおおかた予想通りだった。そのため炎の盾を展開することでヴィクティマの攻撃を何とか受けきることが出来た。
が、その威力は痛感した。
桁外れの火力が桁外れの速度で飛んでくる、一瞬の油断が命取りとなるだろう。
俺は表情を歪ませ、右手の炎をさらに昂らせた。
「ヘルファイア!」
右手を勢いよく突き出すと同時に巨大な炎が莫大の反動を伴って放たれた。吹き飛びそうになる右手を必死に抑えながら、炎の行く末を見守る。
「ぐっ…………!」
ヴィクティマは俺がそうしたのと同じように雷魔法で俺の攻撃を受ける。が、俺だって生半可な火力ではない。炎はヴィクティマを押しているようにも見えた。
「ああぁっっ!!!」
最終的に弾き飛ばすような形で被弾を回避したヴィクティマ。彼女は手に残った熱を感じながら俺に問いかけてきた。
「どうして……?あなたは能力振りを間違えて魔法使いなのにも関わらずPOWが最低値になっているはず。
なのにどうして、こんなに強い魔法を?」
今はティリタのバフも入っていない。にも関わらず、そもそも『紅蓮の太陽』が発動できるほどのPOWがあった事自体がイレギュラーだ。
だが、その理由はちゃんとある。このイレギュラーはただの偶然が生み出したイレギュラーではない。
俺の過去の全てが詰まったイレギュラーなのだ。
「POWは精神力を表す数値。使い手の精神力の強さに比例するようにPOWも上昇していく…………そうだろう?」
「えぇ、それは知ってる。
でも、ここまで威力の高い魔法を放てるなんて…………」
何か、それ以外の要因がある。
ヴィクティマはそう言いたいようだった。
だったら、教えてやるしかない。
「俺の両親は、お前に殺された。ここまで来たらもう、なんで殺した、なんてありきたりな質問はしない。ろくな答えが返ってこないのも目に見えたことだしな」
ヴィクティマはさぞ不思議だっただろう。
なぜ魔法の威力が高いのか、と問いているのにいきなり過去の話を始めたのだから。
「それにタルデも…………お前はタルデも利用した。俺を揺さぶってその隙に連れ去る作戦だったんだろう」
それに…………
「それに…………ゼロだって」
ヴィクティマの表情があからさまに揺らいだ。
「だから許せない、とでも言うの?その怒りがPOWに変わった、とでも言うの?」
ヴィクティマは首を傾げて若干顔を歪めながら聞いてくるが、俺はその質問に首を振った。
「確かにお前は憎い……俺の知ってる人も、知らない人も、目的のために利用してきた。その行為は、絶対に許されないことだ」
ヴィクティマは食い入るように俺をじっと見つめている。興味半分、隙をついて殺そうとしているのが半分、と言ったところか。
「だがな!」
ヴィクティマの目が見開いた。
「ただ憎いだけじゃねぇんだよ…………。俺だって、あの日まではお前を本気で愛してた。そしてそれが全てもみ消された訳じゃねぇ。
お前と過ごした記憶も、お前が見せた笑顔も、全部もみ消しちゃいけないものなんだよ……!」
「漣斗…………」
「でも俺はお前を殺さなくちゃいけねぇ!俺が前世から引きずってきた私情をニグラスにまで押し付ける訳にはいかねぇんだ」
本当なら、こいつを会心させて罪を償わせたい。そうすれば、誰も不幸にならないまま全てが解決する。
だが、コイツが犯した罪は償い切れるようなものじゃない。だったらせめて、コイツを殺して死者の無念を晴らす。
そう決意したんだ。
「思い出を全部吹っ切って抱いた殺意、それが俺のPOWを跳ね上がらせた要因だ。
だから…………」
俺は既に右手を前に突き出していた。
「とっとと、終わらせる」
俺達の目の前に、1輪の百日草が咲いた。紅く花開く巨大な百日草は、ゆっくりと時計回りを始めていた。
「ジニア・カルメシー」
ゴォォォオオオオオオ………………………………。
そう轟音を立てて回転を始めた百日草は毎秒加速を続ける。そしてそれと同時に、中心に紅い光が集中し出す。
「ゲームオーバーだ、ヴィクティマ」
キィィィイイイイイイイン!!!
耳障りな高音とレーザー光線が同時に発生し、『雷鳴の孔雀』を焼き焦がした。
が、ヴィクティマは断末魔の1つも上げずにその光の中でかすかに笑っていた。
その笑顔がどんな意味を示すのか、それはその後分かった。
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ヴィクティマは力なく壁にもたれかかりながら座っている。《最終項》を解除した俺と、ゼロとティリタはそのヴィクティマの目の前にいた。
俺は『妖蛆の秘密』を手に持ちながらヴィクティマにこう言った。
「これで何もかも終わりだ。俺の手で、終わらせる」
そう言うと、ヴィクティマはくすくすと笑いながらこう返した。
「その必要はないよ」
何だと?
俺は彼女の言ってる事の意味が分からなかった。
「なんで漣斗の両親を殺した私が、善と悪の狭間とも言えるニグラスにいると思う?」
言われてみれば確かにそうだ。ここは善人とも悪人とも取れない人間が来る場所。
2人も殺したヴィクティマが来ていい場所じゃない。
「…………私ね、《閻魔大王の遣いとしてここに来たんだ》」
「なっ…………!」
意外な人物が出てきた。
まさかの出来事に、俺は言葉を失った。
「地獄の贖罪も終わりに差し掛かってたし、ニグラスに遣いに出れば、記憶を消して生まれ変わらせてやってもいい、そう言われたんだけどさ…………。
漣斗が、まさかここにいるとは思わなくて。私、嬉しくなっちゃって。それで……歯止めが効かなくなって………………」
「そういうことだったのか…………」
「このままだと私はもう1回地獄に叩き込まれる…………。でもいいの。漣斗の記憶を消されて、漣斗のいない世界で生きるくらいなら、そっちの方がよっぽど地獄だから……」
そう言っている最中、ヴィクティマの体がだんだんと末端から粒子に変わっていた。
「あはは……。もう時間切れみたいだね。
ありがとう、漣斗。迷惑かけちゃってごめんね」
…………おかしい。
こいつは俺の両親を殺したのに、ゼロを、タルデを利用した憎い奴なのに………………。
さっきから心が握り潰されるように苦しい。
「ティリタ君……だっけ?漣斗を連れて行ってあげて。私が消えるのを見るのは辛いと思うし、私が消えていく姿を見せたくもないから…………」
彼女がそう言った時、既に彼女は俺の視界の中にはいなかった。
ティリタは俺の背中を擦りながら、俺の手を引いて出口に向かった。
それが、俺と美由紀との別れだった。
――――――――――――――――――――――――――
「悪いね、ゼロ。アンタにも、最後の最後まで迷惑かけることになっちゃった」
「…………で、何で私を残したの?」
私はヴィクティマを見下ろす形で腕を組んで言った。すると彼女はポケットから何かを取り出し、手渡してきた。
「手紙…………?」
その手紙に使われている封筒には見覚えがある。
転生者なら誰でも見た事のある、自分の足枷が記されている手紙。
閻魔大王からの手紙だ。
「デメリット効果が書いてある、って訳でもなさそうね」
ヴィクティマは頷く。
「その手紙を彼女に…………アオイに渡して」
「アオイさんに…………?」
ヴィクティマはまた頷く。既に彼女の体は半分以上消失していた。
私だって、グレンの愛した人の最期は見たくない。彼女に背を向けて立ち去ろうとしたその時。
「最後に、一つだけ聞かせて」
ヴィクティマがそれを引き止めた。
「あなたをリメイクにした時、私は最大級のコントロールを施した。でも、あなたはそれをいとも簡単に打ち破った。これも精神力に比例して上昇したPOWによるものだとしたら…………
何があなたをそこまで高ぶらせたの?」
最後なのに、分かりきったことを聞くものね。
「私も、あなたと一緒だからよ」
そう言って今度こそ立ち去ろうとした時、もうひとつヴィクティマが質問を投げかけてきた。
「やっぱりあなたも、グレンの事好きなんだね」
「……どうかしらね」
そう答えて後ろをちらりと振り返ったら、彼女の姿はもうどこにもなかった。




