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4章30話『災会』

 魔導書を探し始めてから3時間目に突入した。にも関わらず、俺達はまだヒントの1つも得られぬまま振り出しで足踏みをしていた。

 埃っぽい空間にも嫌気が差し、薄暗い部屋に苛立ちを覚える。

 精神的な疲れが本格化していた。


「やべぇな……マジで気狂うぞこれ」


 俺は適当な床に座り込み、深く息を吐く。

 ちょうど別行動していたゼロが近くを通りかかったから声をかけてみた。が、俺が地下への階段はあったか?と問うとゼロは無言で首を振った。

 珍しくゼロの顔にも疲れが見えている。


「広すぎるわねここ。活かしきれてないスペースばかりじゃない」


 と愚痴をこぼす。これもまた珍しい光景だ。

 だがゼロの言う通りだ。この砦は広すぎる。以前ここを訪れた時なぜ迷わずに進めたのか不思議でならない。


「幻素を感知できたりしないの?魔術師でしょ?」


 と、思いついたようにかすかに目を輝かせてゼロが聞くが、答えは彼女が期待しているものとはかけ離れている。


「できなくはねぇけど、ピンポイントに場所を特定するのは無理だ。あるかないか、その二択だ」


 そう答えた時のゼロの視線が痛かった。

 最上級職の人間とかなら話は変わってくるだろうが、上級職、しかも素のPOWが低い俺にそんな芸当はできない。

 地道に探すしかないのだ。


 と、諦めたように言った頃。俺の手帳が振動した。画面には『通話』の文字と別行動している仲間の名前があった。


「ティリタからだ」


 多分ティリタも、「見つかった?」とか聞こうと電話かけたんだろうな、と冷めたように電話を取った。

 が、今度は逆に大当たりだった。


「もしもし、グレン?魔導書がありそうな場所、見つかったよ!」


 ティリタの高揚した声はゼロまで届いたようだ。俺とゼロは顔を見合わせた。


「マジかっ!すぐ向かうっ!」


 やっとこの地獄から開放される!そう思うと俺もゼロも気分が高ぶった。

 俺達はティリタの道案内をもとに、疲れてるはずなのに全力疾走で砦を駆け回った。ジメジメした空間のはずなのに、とてつもない爽快を感じた。


 そしてたどり着いた場所。そこは俺達の想像とはかなり異なった形をしていた。


「ただの行き止まりじゃん」


 ゼロは髪をクルクルいじりながら首を傾げた。ゼロの言う通り、ここには何も無い。行き止まりと言って差し支えないだろう。

 だが、ティリタはここを道にする方法を俺に教えてくれた。


「ティリタの話だとこの下に……」


 俺は少し前の床に思いっきりかかと落としを食らわせる。すると、床はガコッ!と外れ薄暗い道が現れた。


「隠し通路だ……!」


 俺達は我先にとその通路に入っていく。小さな炎が灯っているだけの道の中は何も無くつまらない………………と言えたらどれだけ良かったことか。


「えなんか人死んでんだけど怖っ」


 俺の少し後ろを歩くゼロが単調なトーンでそう言った。俺もゼロも、皮肉なことに死体に慣れてしまっている。ここに来る前から死体があることは予想していたし、さほど驚かなかった。


 だが、その遺体の身元が俺には分かった。だから話は変わってきた。

 コイツ、前世で俺が殺した奴だ。昔は名の知れたボクサーだったコイツは自分が頂点に立ち続ける為にライバルとなりうるボクサーを片っ端から殺した。

 だがその殺し方が回りくどく、警察も検挙するにも決定的証拠がなく頭を抱えたという。


 つまり何が言いたいかというと、コイツはここにいていい人間じゃない。その犯行に弁解の余地はなく、ただただ罪なき人を骸に変えた悪人だ。

 そんな奴が、善とも悪とも取れない者の終着点ニグラスにいるわけがない。


 が、今考えても仕方がなかった。


「……行くぞ」


 俺はできるだけ別のことを考えながら揺れる灯火を頼りに道を歩いた。




 ――――――――――――――――――――――――――




「2人とも!待ってたよ」


 しばらく歩くと、ティリタの姿が目に止まった。俺達はティリタに駆け寄り、再会を喜ぶ。


「ここが魔導書の在り処か……」


 俺達の目の前には石の扉が1つ、圧倒的な存在感を放ちながら置いてある。


「この扉、強力な土幻素で守られている。突破するにはこちらも魔法で対抗するしかない、そう思ったんだ」


 なるほど。ティリタは攻撃魔法を覚えられない、この扉を開けるには俺の力が不可欠だったというわけか。

 そうと決まれば話は早い。俺は手袋をはめ、右手に力を込めた。


「バーニング!」


 ドンッ!岩にぶつかって弾ける炎。それと同時にグググ……と擦るように開く扉。そしてその先にある光る水晶が至る所に存在する部屋。

 神々しいとしか言いようがなかった。


 そして、中でも目を引いたもの。それは黄金の台座に置かれている、黄土色の本だった。

 俺は近づいてそれを手に取り、まじまじと眺める。只者ならぬ気迫がページから滲み出ていた。


「これが……土の魔導書」


「正式な名前は『妖蛆の秘密』。ナイアーラトテップの土幻素を扱える唯一の魔導書だ」


 ナイアーラトテップの土幻素…………。

 まさかあの時あれほど憎んだアイツと同じ力を使うことになるとはな。モヤモヤとした気持ちが残ったが、そんなものに惑わされてはいられない。

 俺は本を握りしめ、ふぅーっと一息ついた。


「よし、あとはヴィクティマを倒しに行くだけだ――――――」


「誰を倒しに行くって?」


 俺のセリフをかき消すように、女の声が響いた。

 俺達が振り返ると、そこには悠々とした態度で歩いてくるヴィクティマの姿があった。


「お前……!なんでここに」


 俺を連れ去りに来た、俺の中の答えはそれで決まっていた。それ故に彼女の返答は意外だった。


「私も『妖蛆の秘密』を探しに来たんだよ」


 彼女の目的は俺達の目的と同じだったのだ。

 ――――いや、完全に同じではない。捉え方次第ではむしろ真逆とも取れる。

 ヴィクティマは、俺達が彼女を殺すために『妖蛆の秘密』を奪いに来ると読んだ上で先を越そうとここにやってきたのだ。


「……俺らの行動は全て想定の範囲内ってわけか」


 ヴィクティマは憎たらしく笑いながらうなづいた。


「だが、一足遅かったな。『妖蛆の秘密』は既に俺の手の中にある」


 俺はひらひらと『妖蛆の秘密』を揺らして見せる。だが、ヴィクティマはそれを見ても依然俺達を小馬鹿にするように笑っていた。


「確かにそうだね、今その本は漣斗の所有物だね。…………今は」


 力ずくで奪い取る、ってわけか。だが、流石にそれは無謀な挑戦だ。


「いいのか?この本の魔法を使えばお前は擬似的に死ぬ。それに、3vs1で勝てるとでも思ってるのか?」


 ついこないだ戦った時、俺とヴィクティマの一騎打ちでありながら俺は彼女を押していた。そこに完全復活したゼロやティリタが加われば、俺達の勢いはさらに増す。


「確かに3vs1なら勝てない。でも、3vs2ならまだ可能性はある。そうでしょ?」


「…………お前が何の策もなくここに来るわけないか」


 ヴィクティマは両手を前に突き出しながら魔法を詠唱した。


 そこから先は悪夢だった。


「さぁ、おいで。

 かつて絶対的な存在に敗れその体を失った魂、

 かつて憧れに手を伸ばして散っていった命、

 かつて友に未来を託して光となった剣士…………」


 地面からひねり出されるように姿を現したその男、そのトゲトゲした緑の髪には見覚えがあった。

 いや、見覚えなんて生半可なものではない。


「タルデ…………!」


 二度と会うことのなかった仲間が、敵となって俺達の前に立ちはだかった瞬間であった。

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