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4章29話『全然違う』

ティリタは展開した杖を右手で握りしめ、男を睨む。暗い通路の中、炎の明かりだけが光となる中、両者は冷たい緊張と熱い殺気を駆け巡らせていた。


「後悔するなよ、ボウズ」


男はふてぶてしく笑みを浮かべながら、拳を構える。両腕を胸の前に立て、右手を素早く出し引きするその動き、ティリタがイメージするボクサーの動きと全く同じだった。

だからこそ、ティリタは改めて確信した。コイツは、自分がまともに戦って勝てる相手ではない。


男は低い前傾姿勢になりながら素早い身のこなしでティリタと距離を詰めた。薄暗い空間から途切れ途切れ点滅するように姿を現す男の姿はティリタの恐怖心を煽る。


ものの数秒でティリタの顔の目の前に拳が置かれた。元ボクサーとだけあって男のパンチの動きには無駄がない。

最速で、最高火力の殴打を叩き込んでくる。


しかしそれですら、ティリタからすれば好都合だった。


「……アタックエボリューション!」


ティリタはそう叫んだ後、身を屈めて横に回避した。男の表情は一瞬だけ濁ったが、それはすぐに消え去った。


「うおっ!」


ドゴォォオオオオンッ!

男の拳は石の壁をまるで発泡スチロールを貫くように砕き、瓦礫と粉塵を撒き散らした。男の腕は関節の辺りまで石の中に埋もれている。


「なんだこの湧き出るような力は……」


男は放射状にヒビの入った壁を見て思わず笑みをこぼす。今まで経験したことの無い圧倒的なパワーが彼の体を包んでいる。


「どうやら、まんまと敵に塩を送っちまったようだなぁ」


男は腕を、いや、自分の力を見せつけるようにティリタに言う。が、当のティリタは目を薄くしてため息をついていた。


「……貴方、よく言えば純粋、悪く言えば愚鈍ですね」


そのセリフに男は苛立ちを覚え、顔をしかめた。そして今度こそティリタを殴り殺そうと腕を動かした時、そのことに気づいた。


「なっ……!抜けねぇ!」


石の中に埋まった腕はビクとも動く気配がない。石を破壊したのだからそれを抜くことくらい簡単に出来るだろうと高を括っていたのがいけなかったようだ。


「敵に塩を送ったのは事実ですし、その塩を貴方が受け取ったのも事実です。

……ですが、その中に毒が混ぜられていることに貴方が気づかなかったのもまた事実。そうでしょう?」


アタックエボリューション。

アタックアップと同じSTR強化系の魔法だが、その特性はアタックアップとは大きく異なる。


まず特筆すべきはその上昇量だ。

アップ系の魔法はせいぜい1.5〜2倍が関の山だが、エボリューション系の魔法は10〜20倍、使い手次第では25倍にも昇る。

それ故に《聖職者》以上でなければ使えない。


そしてもう1つ、持続時間にも焦点を当てる必要がある。

アップ系の魔法は無属性幻素の濃度次第では1〜2時間ほど持続する。

が、エボリューション系の魔法の持続時間はわずか5秒。一時的なものである。

タイミングがズレればMPを消費するだけになってしまうという、上級者向けの魔法だ。


ティリタはアタックエボリューションを男にかけることで壁を破壊させ、腕を内部にめり込ませる。その状態でアタックエボリューションの効果が切れれば、壁に腕が埋まったまま出れなくなる。

ティリタはそれを狙っていたわけだ。


「ッ……!テメェェエ!!!」


男は怒りを顕にしてティリタを強く睨みつける。しかしティリタは冷静に杖を前へ突き出し、次の魔法を唱えた。


「アトラクション!」


グォォオオオオッ!

男の体は杖に引っ張られるように反対方向へ動こうとする。しかし石の壁はその腕を離そうとしないため、腕には重い負荷がかかる。

ミチミチと肉が引っ張られる音と共に男は歯を食いしばる。


「グァァアアアッッツ!!!」


最終的に血まみれになった腕が石の壁から抜け、反対側の壁に叩きつけられた。


「傷だけで済みましたか。なかなか根性ありますね」


「テメェ……調子に乗るなッ!」


男は今度こそティリタに傷をつけようと、さっきより速く動く。

だが、ティリタがそれくらい予想できていないわけがない。全て彼のシナリオ通りだ。


「スピードエボリューション!」


ティリタがそう叫ぶと、男の速さが格段に上がった。


「うぉおおっ!」


男はそのままスピードを制御できず、壁に強く頭を叩きつけた。一瞬目眩がしたが、幸いにも致命傷にはならなかった。


「さて、調子に乗っているのはどちらでしょうか?」


「…………クソがっ!」


男は血管を浮かばせながら拳を床に叩きつける。


「僕も老人を苦しめるのは良心が痛みます。ここで引いてくれれば、僕はこれ以上危害を加えません」


「…………テメェ、バカにするのも大概にしやがれ!」


男は地面に転がっていた壁の破片をティリタに向かって投擲する。ティリタはそれを首を曲げるだけで回避し、ため息をついた。


「降参するフリをして奇襲することも出来たというのに……本当に愚鈍ですね。

僕の方が生きてきた期間は短いのに、なぜ貴方は僕より頭が悪いんですか?」


「いい加減にしろ、ガキが!」


男はまたティリタを殴ろうと立ち上がって距離を詰める。元ボクサー故にパンチについては極まっているが、逆にパンチ以外の攻撃方法を知らないのだ。


「アタックエボリューション!」


つまり、さっきと同じ状況が生まれるというわけだ。


「この野郎ッ!」


「プライドが高い人間ほど、自分の愚かさを知れば激昴する。その典型例ですね」


男の顔はどんどん赤くなっていく。悔しさと怒りが合わさってティリタへの殺意へ変換されていく。

と同時に、彼の記憶の中の忌々しき敵とティリタの顔が重なって見えた。


「その上から目線……アイツと一緒だ」


「アイツ?」


ここで昔話をするのか、と呆れ返りそうになったが、


「ここに来る前に、俺を殺したやつ…………あの『紅蓮』と同じだ!」


その単語はその昔話が聞くに値するものだと証明した。


「『紅蓮』に殺された……?」


「アイツもそうだ……まだ年端もいかねぇガキの癖に、ボクサーのワシを殴りで殺しやがった。…………思い出したら腹が立ってきた!」


なるほど、コイツは転生者で、しかも偶然にも『紅蓮』に殺された。自分の得意分野である殴りを使って。


「あの時もそうだ、あのガキも俺をさんざん馬鹿にしやがって!お前も俺をコケにする!お前とアイツは一緒だ!」


……つまり、あの時の『紅蓮』と今の自分は同じ作戦を使ったということか。そう考えると、ほんの少しだけ嬉しくなった。

だが、ティリタは断言した。


「……いいえ、違います」


そして動けなくなっている男に向かって杖を突きつけ、こう言った。


「マジックエボリューション」


マジックエボリューション。言わなくてもわかるとは思うがPOWを上昇させるエボリューション魔法だ。

この強化魔法、一見すれば味方を強くする優しい魔法。だが、それは使い方を工夫するだけで人を殺す凶器へと変貌する。


ティリタが今の今まで男を侮辱し続けていた理由、それは精神力の上昇に伴ってPOWを上昇させるためだ。その作戦は見事に刺さり、今男のPOWは通常の1.5倍になっている。


そこからさらにPOWを10倍にする。するとどうだろう。


急性幻素中毒。それが答えだ。


どんどんと顔色が悪くなっていく男を後目に、ティリタは道を進み続けた。

そして一言、聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた。


「僕とグレンは、全然違う」

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