4章28話『灯りの先』
恐る恐る入った砦跡。中は薄暗く、埃が積もっていた。カビ臭いにおいが時折鼻をつく。とても俺達を歓迎しているとは思えない。
が、予想していたよりかはずっとマシだった。
「中は腐った死体ばかりだと聞いていたけど……思ってたより綺麗だね」
ティリタがそう言うのに、俺は激しく共感を憶えた。この砦跡には『血塗られた舌』達の死体が大量に放置されている、そう聞いていた俺達は砦跡の中は屍臭や害虫で埋め尽くされているとばかり思っていた。
が、蓋を開けてみれば中はこんな様子だ。死体なんてほとんど転がっていない。ただの廃屋と何が違うのだろうか。
「まぁここも歴史的に重要な場所なんだろうし、マスターズギルドが掃除したんじゃないか?」
ティリタはこの中の死体はマスターズギルドですら処理できないと言っていたが、さすがにマズいと判断して極秘に砦跡の清掃を行っていたと考えればまだ納得はいく。
「いや、だとしたらもっと徹底的にやるはずだよ。こんな埃まみれの状態で放置しておくとは思えない。それに、もしマスターズギルドが清掃を行ったとしてもそれを隠す意味はないからね」
確かにそうか。ここを掃除したって何一つ問題にはならない。むしろ事はいい方向に傾くじゃないか。
「ま、そんなこと関係ないわ。今は魔導書の回収が最優先よ」
ゼロが懐中電灯で前方の床を照らしながら言った。確かにゼロの言う通りだ。そんなこと今考える必要は無い。後でアオイさんにでも聞けば教えてくれるだろう。
「そうだな、先を急ごう」
俺とティリタは各々自分で持っていた懐中電灯を取り出し、それを灯した。
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アオイさんに報告に行く少し前、ティリタが魔導書の具体的な位置についての考察を繰り広げていた。
床に置かれた白紙の紙の上でティリタのペンは踊る。と同時に大量の情報が殴り書きされていく。
「ファナティコと戦った時、彼は魔導書を持っていなかった。
だから、どこかに魔導書を設置して、亡霊王アルハザードのように恒常的に魔法を使っていたんだと思う」
亡霊王アルハザード。かつてネクロノミコンの『幻を生み出す魔法』で架空の街・《無名都市》を作り上げた。
その幻は闇幻素の集合体。それを夜になる度生み出すとなれば、それは恒常的に魔法を使わないと成り立たない。
「で、その場所に検討はつくか?」
ティリタは頷き、紙に『アルハザード』、『血塗られた舌』、『クトゥグア』の3つの単語を書いた。
「亡霊王アルハザードは地下に魔導書を置いていたし、『血塗られた舌』の支部やクトゥグアと契約した神殿も地下だった。
旧支配者と契約して生み出す魔導書は、どうやら地下と深い関係があるらしい」
なるほど、そう言えば《グラシアス》の本部も地下だったな。
「で、実際この砦跡にも地下室が存在する。特に整備もされていない洞穴らしいけどね」
この洞穴自体は『血塗られた舌』が拠点として占拠する前からある。砦跡がまだ現役だった頃に使われたものと考えられる。
「そこにあるってことか?」
ティリタはまたも頷いた。
「可能性は高いと思う」
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とは言ったものの、
「全ッ然ねぇな」
地下にある洞穴に魔導書があるとしたら、そこに行くための階段やハシゴがあるはずだ。
が、かれこれ1時間ほど捜索しているがそれらしきものは1つも見当たらない。
「この砦跡は広すぎる。地下への階段を探すだけでもかなりの時間を要するだろうね」
ちくしょう、完全に計算が狂った。
本当なら10分、20分で見つけてとっととヴィクティマを殺しに行く予定だったが、これじゃ見つける頃にはヘトヘトになっているだろう。
こんなジメジメした場所にいても気が滅入ってしまうしな。
こっからペースあげて、早めに見つけるか。
俺は頬を叩いて気合いを入れ直し、捜索を続けた。
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一方、ティリタは砦跡の見取り図を見て違和感を憶えていた。1箇所だけ、不自然に凹んだ空間があったのだ。
『血塗られた舌』はそこを物置として利用していたようだが、床の大理石がピッタリ嵌ってなくて不安定だから重い荷物は置くな、とファナティコから言われていたらしい。
ティリタはその床を触ってみる。確かに大理石はガタガタと揺れていた。
が、それを叩いてみるとどうだろう。
その下には空間が続いているようだった。
「これって…………」
ティリタは杖を展開し、その先端で思いっきり床を突いた。
すると、大理石がガタンッ!と外れ、その下から階段が現れた。
「やっぱり……!隠し階段になっていたのか」
恐らくこの先に魔導書がある。彼はそう考えた。
ティリタは懐中電灯を手に、慎重に慎重に階段を降りていった。壁にかかっていたランプにはまだ油が残っていたので、ティリタはバッグからマッチを取り出して点火する。
その炎が灯ったと同時に、聞こえた。
「何者だ、テメェ…………」
「!!!」
低く唸るような、男の声。その声の主はティリタの方に近付いてくる。
半目で髪は銀色になっている、50代くらいの男だ。かと言って弱々しい体という訳ではなく、むしろ屈強とも呼べるほど筋肉質だった。
ティリタは怯んだが、恐れずにこう聞いた。
「あなたは、ヴィクティマの仲間ですか?」
もはや聞くまでもないと思っていた質問。
だが、その答えは意外なものだった。
「ヴィクティマ……?なんだそれ」
男は首を傾げた。見たところ嘘をついている様子はない。本当にヴィクティマを知らないようだった。
「すみません……勘違いでした」
ティリタが丁寧にお辞儀をして謝罪しようとした所で、男はそれを遮断した。
「ワシの事はどうだっていい。テメェは何をしにここに来た?」
「僕は……ちょっと用事が――――」
男はまたもやそれを遮断した。
「『妖蛆の秘密』を盗みに来たのか?」
「妖蛆の…………秘密?」
今度はティリタが男の言葉を理解できなかった。
「あぁ、テメェにはこう言った方がいいか。土の魔導書、と」
「!!」
土の魔導書の名前、それは『妖蛆の秘密』だったようだ。
だが、それをなぜこの男が…………いや、こんな場所にいる時点でこの男は無関係ではない。
『血塗られた舌』の生き残りか、それともヴィクティマに関する記憶がないリメイクか。
男が本当はヴィクティマの手下で、それをティリタが見抜けなかった、という可能性もある。
「だが、あれはワシらに必要なもの。テメェのようなよそ者に渡すわけにゃいかねぇ」
「『妖蛆の秘密』で何をするつもりなんですか……」
「さぁな、テメェが知る必要はねぇ」
もし彼が歪んでいてでも正義を持っていてそれを遂行するために『妖蛆の秘密』が必要なら、ここで目的を隠すことはしないだろう。
つまり、この男の影には何かしらの悪が働いている。
ティリタはそう判断した。
「……そこをどいてください。でなければ僕は、あなたを傷つけなくてはいけなくなる」
男は肩で笑い、ティリタを指さす。
「見たところ、テメェは《司祭》。いくら上級職とはいえ、その職業は戦闘には向かない」
「本当にそう思いますか?」
「あぁ。ワシは今でこそ老いぼれだが、昔は腕の立つボクサーだったんだ。テメェなんて赤子の手をひねるように倒してやるさ」
男はティリタを前に数回ジャブをしてみせる。そのキレのいいパンチはティリタの中のボクサーのイメージと一致した。
だからこそ、ティリタはこう言った。
「…………試してみましょうか」




