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4章26話『前世』

「どう?左手は」


 ティリタにそう聞かれて、俺は左手に力を入れてみるが、指の先端がピクッと動いただけでまだ全然機能しない。

 今までもデメリットを無視して行動にあったが、こうして左腕にロックをかけられたのは初めてだ。今後は無茶は控えるべきだな。


「まるで動かねぇ。調子乗りすぎたな」


「早いうちに回復するといいんだけどね……」


 まぁマスターズギルドも鬼じゃないだろうし、しばらくすれば左手は解禁されるだろう。

 今はそれよりも気が気でない出来事がある。


「安全に寮に戻れたし、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」


 ゼロは机の上に座りながら隣の棚に肘をついて頬ずえをついている。その目はジトーっと俺の方に向けられていた。


「……まさかこんな話を2人にするなんてな。考えてもなかった」


 俺は一呼吸置いて、頭の中を整理し始めた。まず何から言うべきか、慎重に吟味し、言い始めはどうするか、じっくりと推敲し、その文章を紡いだ。

 俺は気を落ち着かせ、口を開いた。


「まず、俺とヴィクティマの本名を話しておこうと思う。

 俺の本名は『小倉おぐら 漣斗れんと』、そしてヴィクティマの本名は『安藤あんどう 美由紀みゆき』。これが前世での俺達の名前だ」


「ふぅん……。でも下の名前で呼びあってたってことは、それなりに仲良かったんでしょ?」


「あぁ、俺とあいつは幼なじみだったんだ。本当にどこにでもいるようなガキ2人だったよ。

 大勢でつるむ事もあれば、2人だけで出かけることもあった。だが、別に特別な事をしていた訳じゃねぇ。本当にありふれた、ただの一般人だったよ。

 …………高2の夏まではな」


 2人の表情が変わったのが分かった。

 少し前のめりになったのも確認できた。

 実際、俺は今からそれに見合う話をするつもりだ。




 ――――――――――――――――――――――――――




 その日は、異様に蒸し暑かった。

 俺は部活から帰り、家の鍵を開けてクーラーのよく効いた家に入った。湧き出る汗が瞬時に冷やされる感覚は何とも言い難い。

 しかし、とある異変がそれをねじ曲げた。


「あ、漣斗。おかえり」


 リビングに入ったら、いつものように母親が出迎えてくれる。そのまま荷物を置いて風呂に入って勉強したり暇を持て余したりして、夜7時を超えると父親が帰ってくる。

 そのまま飯食って、また暇を持て余して、寝る。

 それを疑うことはなかったし、それを変えたいとも思わなかった。

 実際、その日々は平凡なものだったが確かな幸せがそこにはあった。


 だが、今日そこにいたのは母親ではなく美由紀だった。

 さも当たり前かのようにそこにいて、いつも母親がかけてくれる言葉と同じ言葉で俺を迎える。


「お前、なんでここにいるんだ?」


「さぁ?ゴミ捨て……ってとこかな?」


 なんだこいつ、嫌がらせにでも来たのか?

 と思ったが、家に美由紀がいるという違和感がもみ消していたもう1つの違和感に俺が気づく。


「なぁ、俺の母親はどうした?帰ってないのか?」


「あぁ、隣の部屋にいるよ」


 リビングの隣には両親の寝室がある。

 俺は特に疑うこともなくその襖に手をかけた。

 スッ……。そう少しだけ開いた時、鳥肌が立った。

 嗅いだことのないような異臭がゴッと流れてきた。生臭さと重苦しさを混ぜた臭いが俺の危険信号を上限まで叩き上げる。

 だがもう遅い。俺は襖をバッと開き、中を見てしまった。


 そこにいたのは父親と母親だった。

 もう思い出したくもない。ねっとりと畳にこびり付いた血や、ボロボロと崩れ落ちていた内臓、苦しみの表情のまま固まった2人。

 誰が見ても絶望的と言わざるを得ない状況だ。

 悲しみとか怒りとか以前に、目の前の状況が理解できなかった。


「………………は?…………おい、どういうことだよ」


 分からなかった。

 何がどうなっているのか、何故こんなことになったのか。分からなかった。

 ただ1つだけ分かるとしたら、これが誰の仕業かという事だけだ。


「美由紀…………お前がやったのか?」


「うん、そうだよ?」


 美由紀は凄く簡単に答えた。

 そこには罪悪感も後悔も存在しなかった。むしろ美由紀は褒めて欲しいと言わんばかりに胸を張っていた。


「なんで…………なんでこんなことを……」


「だってこうしたら漣斗は私を忘れなくなるでしょ?悪い意味だとしても、私の名前が漣斗の人生から消えることはなくなるよね?」


 …………お前が何言ってんのか分かんねぇよ。

 俺はこのやるせなさをどこに向ければいいのか分からなかった。いや、向けるべき場所は分かっているがそれができなかったというべきか。


「それに、これで漣斗は私無しじゃ生きていけなくなったでしょ?確か両親以外は遠い親戚しかいないって言ってたもんね?」


 そうだ。俺の祖父母も、叔父も、叔母も、寿命だの病気だの交通事故だのでみんな亡くなった。


「でも安心して!これからは私が漣斗のお嫁さんになって、漣斗の事を養ってあげるから!

 お父さんもお母さんもいらない、これからは私達だけで生活していくの――――――」


 言葉より先に手が出た。

 美由紀の頭を掴んで床に叩きつけ、そのまま覆い被さるように首に手をかけた。


「あはは!2人じゃ物足りない?」


「テメェ…………自分が何やったか分かってんのか!!?」


「なんでそんなに怒るの?私は漣斗の為に――――」


「なんで……なんでよりにもよってお前なんだよッ!!」


 手に上手く力が加わらなかった。

 こいつは俺の両親を殺した張本人。俺の日常を血で染めた張本人。そう頭では分かっている。

 でも、殺せなかった。


「お前じゃなければ、殺せるのに…………!」


「……うん、分かってる。漣斗は優しいから私を殺したりなんてしない。知ってるよ、漣斗が私の事好きだってこと……」


 ……そうだ。実際その日まで俺は美由紀に恋愛感情を抱いていた。当たり前だ、俺はただの高校生。恋の一つや二つして突然だ。


 だがその当たり前も終わりに差し掛かっていた。


「ふざけんなよ……お前のせいで俺は……」


 美由紀は俺の涙を指で拭ってくれた。何度も頷きながら、微笑んでいた。


「大切な人を3()()()()()()()()()()ッ……」


「えっ……?」


 ぐっ………………。

 俺は両手に強い力を込めた。美由紀の首を絞める、なんて生易しいものじゃない。コイツの首を押し潰すほどの勢いを込めた。


「待って……漣斗………………なんで…………」


 美由紀はそう言った数秒後に息を引き取った。手応えがスッと消え、首に赤い痕が残った。

 俺はゆっくり立ち上がり、天井を眺めた。まだ実感が湧かないというか、頭が勝手に現実逃避をしているというか、ぼんやりしたまま呼吸をしていた。


 これが俺初めての殺人だった。




 ――――――――――――――――――――――――――




「その日から俺は胸に残った後悔をもみ消す為に人殺しをやるようになった。暴力団だとか誘拐犯だとかに乗り込んで片っ端から殺してた。

 美由紀とやってることは変わらない。そうは分かっていたけど、誰かが苦しめられてるのを見るとどうしても両親と美由紀の顔がチラついて、喪失感も相まって耐えられなかったんだ」


 そこから、俺の噂がヤバイ組織に伝わって俺は殺し屋として金を稼ぐようにもなった。

 それからしばらくして、俺は『紅蓮』と呼ばれるようになった。


「その後、いつも通り人殺しをしていたらとんでもねぇヘマやらかして、そのまま殺害対象ターゲットに殺されたってわけだ」


 笑えるよな、最後の最後まで堕落した人生だった。


「つまり…………ヴィクティマはグレンを泣かせたってこと?」


 ゼロが足をブラブラさせながらそう問う。


「え……?あ、あぁ。そうだ」


 子供をあやす保育士のような質問をされて心底驚いたが、実際真実ではある。


「そう」


 ゼロは机から降り、扉の方へ向かった。


「行くわよ、2人とも」


 ゼロは唐突にそう言い出した。


「……は?どこにだよ」


「グレン、言ったよね。『ゼロに手を出した時点で俺の殺害対象ターゲットだ』って」


 あぁ、確かにヴィクティマとの戦闘で似たようなことを言った。


「私も同じ。あの女はグレンをこんだけ傷つけておいて、まだグレンにちょっかいかけようとしてる。だったら、解らせてやらないと。

『グレンに手を出した時点で私の処刑対象ターゲットだ』ってことをね」


「ゼロ…………」


「それに…………」


 ゼロは俺の方を見ず、髪を弄りながら言った。


「そもそも前提として、私あの女気に入らないわ」


 単純だが、ゼロなりに色々考えてくれているのだろう。それが本心か、俺に配慮した上での一言かは分からなかったが、安心感は確かだった。


「僕もゼロと同意見だ。今の話を聞いて、僕もヴィクティマが許せなくなった。

 仲間を酷い目に遭わせる奴は許しちゃいけない。僕の尊敬する人(アオイさん)もそう言っていた」


 ティリタは強い眼差しで俺とゼロを見る。


「頼もしくなったじゃん」


 ゼロがそう言うと、ティリタの表情が少し緩まった。


「ヴィクティマを殺しに行く…………今からでもいいでしょ?」


 笑わせるな、そんなこと聞くまでもないだろ。


「当たり前だ」


 俺達はゼロの後に続いて部屋を出た。

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