4章25話『コントロールアウト』
ゼロは服についた血や砂を手で払っている。
「もう、服汚れちゃったじゃない。血の汚れって落ちにくいのよ」
「クリーニング代出してやるから今は我慢しろ」
ゼロは気だるげに「はいはい」と言って、美由紀を通り越して俺の隣に立った。
ゼロの体は血色もよく腐臭もない。彼女はリメイクと言うしがらみを振り切り、完全に生き返ったのだ。
「あなた……どうして……」
「えっと……ヴィクティマさんだっけ?悪いけど、もうあなたの言いなりにはならないわ」
ゼロはそう言うと、首の後ろに手をやった。そして手のひらに雷型の結晶を乗せ、笑った。
「こんなもの、私には必要ないわね」
ガシャンッ!ゼロが結晶を握りつぶすと、彼女の拳の中から黄色のモヤが流れ出た。それらは全て彼女の中に入っていき、そこに残ったのはガラスのように無色透明な物体だけだった。
「なぜ……なぜ私のコントロールを抜けられたの?」
「なんでって……さっきグレンに教えてもらったでしょ?それに自分でも言ってたじゃない」
俺もだが、美由紀は特にピンと来ていなかったようだ。どんな原理でゼロがリメイクを脱したのか想像もつかない。
ゼロはおもむろに電子職業手帳を開き、操作した。そしてその画面の文字を読み上げ始める。
「『POWは精神力を表す数値。これが高ければ高いほど幻素の制御が容易になる』…………これでもう分かったでしょ?」
「……幻素の制御…………まさか!」
「そ。あなたのリメイクは雷幻素を利用した電気信号のジャックによって動いている。なら、その雷幻素を私がさらに上からジャックしてしまえばいい。私は前に幻素中毒になりかけたから幻素に対する免疫もついてるし、この程度の静電気なんて余裕で制御できるわ」
以前ベルダーと戦った時、ゼロは高濃度の光幻素を浴びてしまった。その時についた耐性が今になってゼロを助けたわけだ。
怪我の功名という言葉があるが、まさにそれが当てはまると思う。
「でも、これは『ナコト写本』の魔法!旧支配者の雷幻素を利用した魔法よ!それを制御なんて……常識外れにも程があるわ!」
確かに、美由紀からしたらそうだろうな。魔法職でもないゼロがそんな膨大な力に歯向かうなんてありえない。
が、俺からすればもう慣れた。ゼロを『常識』なんて物差しで測ることはできない。
常識から外れた事をさも当たり前のようにやってのける、それがゼロという女だ。
「先に言っておくが美由紀、ゼロは最初からお前にコントロールなんてされていねぇ」
「え…………」
「つうか大前提としてお前、ゼロを殺せるとでも思ってたのか?」
ゼロは俺がそう言ったのを聞くと、フフッと笑った。俺に目配せして、一度頷く。
そして言った。
俺とゼロとの戦闘中にゼロが呟いた一言と全く同じセリフを。
今まで幾度となく聞いてきた、ゼロの口癖を。
「私が死ぬわけないでしょ」
美由紀の表情が一変した。困惑や驚嘆といった表情から、怒りや憎悪といった表情にひっくり返った。
「あ!2人とも!どうして!?」
ちょうどティリタが帰ってきた。離れてろって言ったのにな。俺が心配になって帰ってきた…………いや、違うな。心配になったのは俺よりも…………。
ま、今考えるべきことではないか。
「見ての通り、ゼロ様のお帰りだ。景気づけに派手にやるぞ」
ゼロとティリタは頷いた。俺は手袋をはめ直し、ゼロは銃を手に取り、ティリタは杖を展開した。
「そうだ、1個だけ言わせて」
ゼロが俺の顔も見ずに言った。
「アイツを美由紀って呼ぶのも、アイツに漣斗って呼ばれるのも、気に入らないわ」
「…………そう、だな。
じゃあ……行くぜ、ヴィクティマ」
俺とゼロは完全に走り出した。ヴィクティマを両サイドから挟むように二手に分かれた俺達。
その後ろからティリタが付与魔法をかけた。
「マジックアップ!」
その魔法は俺に、
「スピードアップ!」
その魔法はゼロにかかった。
ゼロが先陣を切ってヴィクティマに突っ込む。雷魔法で応戦している姿が見えたが、ゼロはそれを避けようともせず銃撃を行った。
「ありがとね、この体すっごく便利」
そうか、ゼロはあくまで雷幻素を制御しているだけ。体自体は不死身のままだ。どうやら本当に死ぬわけない体になってしまったようだ。
ゼロは敵の攻撃をものともせず、攻撃を続ける。
かといってヴィクティマが防戦一方だという訳ではない。ゼロの銃撃を雷魔法で相殺して、隙あらば反撃している。
お互い、実力はほとんど互角と言ったところか。
「ゼロ!避けろよ!」
俺はヴィクティマの横に回り、バーニングを放った。ゼロはスッとバックステップして被弾を避けた。
ヴィクティマはライトニングを詠唱してバーニングを打ち消す。さらに立て続けにウィンドを2発放ったが、ヴィクティマは軽々とそれを回避した。
「まだ微妙に火力が足りない!でもマジックアップはもう限界だ!」
ティリタが後ろからそう伝える。確かにこれ以上POWを上げたら、上昇していく精神力に脳がついていけなくなってオーバーヒートを起こしてしまうだろう。
体への負荷も甚大だ。
「チッ……!ここに来てジリ貧かよ……!」
俺はヴィクティマと距離を取る。このまま小競り合いを繰り返すだけでは、俺達は勝てない。ゼロの《舞踏戦士》の特徴もあるが、確かあれは5秒攻撃をしない毎に上昇効果が下がっている。
ヴィクティマはきっとゼロの職業は把握しているだろうし、逃げ回られたら一巻の終わりだ。
一撃で全てをひっくり返す方法…………何かないのか……!?
そう、いつものように自問自答しようとした時、いつの間にか俺の隣に立っていたゼロが言った。
「アイツはグレンのバーニング《上級魔法》をライトニング《最上級魔法》で打ち消している………………。
なら、あなたが最上級魔法を使えばアイツはそれを打ち消せない。そういうことにならない?」
「…………確かに今のPOWがあれば最上級魔法を使えるかも知れねぇが……今、俺は左手が封じられている。最上級魔法の反動を抑えることが出来ねぇ」
バーニングでさえ片手で撃つには慣れがいる。最上級魔法となれば左手で右手を支える必要が出てくる。
どんなに強力な技でもコントロールできなければ意味が無い。
「大丈夫、私があなたの左手になるわ」
ゼロは俺に体を寄せ、そっと手首を握った。
「私がそばにいる以上、あなたに出来ないことなんてない。私を信じて」
「ゼロ…………」
やるしかねぇ。
俺は右手をヴィクティマに向け、強く力を込めた。舞い散る火の粉、燃える炎、煮えたぎるマグマ……そのどれよりも熱く、どれよりも光を放つその獄炎は俺の手の中から溢れ出した。
さすがの高威力だ。今にも腕がねじ曲がって暴発してしまいそうなくらいだ。
本当に俺1人じゃ出来なかった。ゼロが右手を抑えてくれなければ俺はこの魔法を撃てなかった。
「ゼロ、ありがとな。…………行くぜ」
「……うん」
俺達は声を合わせて叫んだ。
「「ヘルファイア!!!」」
ゴォォオオオオオオオッッッ!!!
渦を巻く炎はさながら地獄で見た爆炎のように熱を振りまいている。地の底に沈む太陽のように黒く、紅く、ヴィクティマを焼き尽くした。
「ギャァァアアアアアアアアアッ!!!」
聞くに耐えない耳障りな断末魔が俺達の鼓膜を揺らす。が、ヘルファイアはそれが1分続く前にヴィクティマを灰にした。
炎が完全に消えた時には、地面は黒く焦げ、煙は細く伸び、ヴィクティマの姿はどこにもなかった。
「アイツは転生者だ。こうやって殺しても何の意味もない」
「いや……意味はあったさ。グレンも、ゼロも、この戦いを経て確実に1歩成長したはずだ」
「えぇ、そうね」
ティリタの言葉に、ゼロは髪を弄りながら頷いた。
「それで」
ゼロが少し強めにそう放つ。俺とティリタの視線はゼロに集まった。が、ゼロは意に介さず髪を弄り続ける。
「あのヴィクティマって女、何者なの?グレンとどういう関係なの?」
…………そうだな、しっかり説明しておくべきだ。
「分かった、寮に帰ったら全て話す」




