1章14話『トラップ』
ある日の夕食後、ギルドメンバーの女子が俺に駆け寄ってきた。
「あ、グレンくーん!」
女子は何かを隠すように手を後ろに潜めていた。
これはもしやラブレター的なアレか?
俺のモテ期がついに来た的なアレか?
「これ、ゼロちゃんに渡しといて」
そう言って渡されたのは白いボトルに入った化粧水。
あぁ……ゼロから借りてたのか。
俺にラブレター渡しに来たわけじゃないのか……。
「いいけど……なんでわざわざ俺に?」
近寄りがたい理由でもあるのか?
ゼロはギルドメンバーともそれなりに仲良くしているイメージだけど。
「多分、部屋行ってみればわかるよ」
そう言って女子達は各々の部屋に戻った。
俺はその足でゼロの部屋に向かい、化粧水を渡しに行くことにした。
部屋に着いてみると、扉には『作業中』と書かれた壁掛け看板があった。
なるほど。確かにこれは入り難いのも頷ける。
しかし俺はお構いなしに扉をノックして中に入った。
「ういーす…………」
ゆっくり扉を開けた先、真っ先に目に飛び込んできたのは、机の上で何かしらの作業に勤しむゼロの姿。
机には金属製のボトル、先日採ったレッドハーブ、トウガラシ、それと…………アラーナの目玉。
「あれ、看板掛けといたはずだけど」
「面倒くさいから先に俺の用件を全て話す。俺は女子に頼まれてお前にこれを返しに来た」
俺はゼロに化粧水を渡す。
「あぁ、貸してたやつだね。わざわざありがと」
「なんでお前友達には『貸す』のに俺には金『借りる』んだよ」
ゼロは適当にはぐらかして、笑った。
「それと…………」
俺は改めて机の上を見て言った。
「この状況を説明してくれ」
ゼロは少し悩んでから、口を開いた。
「調合だよ調合」
「調合?なんの?」
「最近対人戦が増えてきたからさー。護身用にも作っておいて損はないかなって」
ゼロはおもむろにアラーナの目玉を掴むと、メスを持った。
……え、何?こいつには躊躇いっつーモンがないの?
仮にでも女の子だろ?今ドキの女の子はそんなスパスパと目玉にメス入れるの?
「ほら、これが毒袋。死ぬってほど強い毒ではないけど、触れた部位は炎症が起きるから注意が必要ね」
ゼロはゴム手袋を、いつもの俺の真似をするようにはめる。
そんなドヤ顔で見られても……。
ゼロは毒袋を人差し指でつまみ、ボトルの上に持っていった。
ゼロが少し力を加えると、毒袋はグシャッと潰れ、中の透明な毒液がボトルに入っていった。
そしてすぐ次の目玉を引っ張り、同じように毒袋を取り出す。
その光景に耐えられなかった俺はゼロに背を向けた。
「あれ、帰るの?せっかくだし見ていきなよ」
「とりあえずロクなものではないことはわかった。じゃあな!」
バタンッ!と扉を閉め、大急ぎで部屋に戻った。
さて今日も今日とてクエストだ。
今日の依頼主は街から少し離れた小さな村の村長。村の近くの山からアラーナが降りてくるから退治してくれとの事だ。
ティリタに聞いたがそんな村名前も聞いたことないそうだ。よくそんな村に人が残ってたな。
「今回はアラーナか。肝ガチャできるわね」
肝ガチャ言うな。
「目玉の方も調達できるんじゃないか?」
「そうね〜……一応完成はしたけど、消耗品だし」
「てか、何作ってたんだ?殺虫剤?」
「使うまでのお楽しみ〜。まぁ今回は使わなそうだけど」
今回は使わなそう?どういうことだろう。
「まぁいいや、昼頃には行くぞ」
昼食後、俺達は依頼主の住む村を目指して馬を進めていた。
本当は馬車を使いたかったんだが、村の名前を言っても目的地を理解してくれず、仕方なく自分たちで馬を動かすことにした。
複雑な免許はいらないからこれと言って問題はないが、結構疲れる。
それに最短ルートを通れてないから時間もかかる。おかげで4時間もかかった。
…………いや、単純に道に迷っただけではない。
「なぁ……さすがにおかしくないか?」
「あぁ……何か不自然だ」
「よかった、違和感してたの私だけじゃなかったのね」
俺は手帳の地図アプリを改めて見直す。
目的地のピンは俺達のすぐ近くにある。にも関わらず辺りをいくら見渡しても森しかない。
「グレン、一度休憩しよう。馬達も休ませないと」
ティリタの提案を受け、適当な場所に馬を停めて休憩することにした。
「おかしいな……全ッ然村が見つからない」
「ホント。もう暗くなって来たわよ?」
ゼロは喉を揺らしながらペットボトルのお茶を飲んでいる。
「……ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ」
ティリタの発言は俺達の注目を引くにはちょうど良かった。
「アラーナは宝石類を求めて人里に降りてくるモンスターだろ?」
「あぁ、そうだったな」
「名前も知られていないような小さな村に、アラーナが降りてくる程の宝石があるのか?」
俺は目を見開いた。
「そうだ……確かに変だ。このクエストも、山から村に降りてくるアラーナを退治してくれというもの。その割には大きな山も見えないし、ここの標高が高い様子もない」
辺りに生える広葉樹がそれを証明していた。
「そもそも、馬車ですら知らない村っていう時点でおかしい。それは外との交流を断っていたって証拠。そんな奴らがわざわざクエストを提出してくるとは思えないわ」
確かにそうだ。
このクエストは何かがおかしい。
…………いや、おかしいのはクエストではない。
「なぁ、ちょっと思ったんだが」
俺は挙手をしてから言った。
「この村、《存在しないんじゃないか?》」
場の空気が一瞬歪んだ。
「存在……しない?」
ゼロが不思議そうに言う。
「あぁ。この村は初めから存在しない村で、このクエスト自体も捏造されたクエストってこと」
「クエストを捏造?何のために?」
そう、問題はそこだ。
クエストを捏造する所までは何となく想像ができた。
しかし、その動機がわからない。
一体なぜ、クエストを捏造する必要がある?
「…………これは僕の憶測でしかないんだけど、聞いてくれ」
ティリタは慎重に話し出した。
「クエストを捏造……そんな悪事を働く連中は、僕には《エンセスター》しか思いつかない」
確かにあいつらは今まで数々の悪事を働いてきた。
偏見である可能性は否定できないが、推理の材料がない今はそう考えるしかない。
「じゃあなぜクエストの捏造なんて行っているのか……そこで《エンセスター》の目的を思い出して欲しい」
あいつらの目的…………根本的なものはわからないが、パッと思いつくのは『転生者の殲滅』。
『転生者の殲滅』…………?
「あっ……!!」
俺は大声を出した。
「まさかこのクエストの正体は……!」
ティリタは深く頷いた。
「クエストを装った、《エンセスター》の罠だ。クエストと言って転生者をおびき寄せ、殺すつもりだったんだ」
もし現地人がクエストを受けたとしても、適当に脅して《エンセスター》に加入させればいい。
「《エンセスター》はどこからか僕達を監視している。いつでも僕達を暗殺できるように――――」
ティリタがそこまで言った時、俺は舌打ちをして立ち上がる。
手袋をはめ直す時間もなく、可能な限り最速でフレイムを放った。
射程的に、はっきり言って一か八かだった。
結果的にうまくはいったが、一瞬の微細な音を聞き逃していたらと思うと恐ろしい。
俺の足元に、勢いを失った矢が1本落ちた。
「《エンセスター》……!」
ゼロが銃を、ティリタが杖を構える。
罠にかかったネズミは早急に駆除するってわけか。
まぁいいさ。
この程度の罠、取るに足らんからな。




