4章24話『生ぬるい理由』
「あのリメイクが倒されるなんて…………」
全くもって予想していなかったようだ。ヴィクティマは砕かれたゼロの『稲妻の検印』を見て固まっている。
「どうだ?死ぬ覚悟は出来たか?」
俺は右手に炎を宿してズカズカとヴィクティマに近づく。ヴィクティマはその様子に若干身構えたが、両手を広げて首を横に振る。
「彼女を殺された復讐とでも言うつもり?」
「………………そんなんじゃねぇよ」
「とか言って、本当は私を殺すつもりでしょ?私を殺したってあの子は帰ってこないわよ――――」
ボスンッ…………。
俺はヴィクティマの腹に強烈な炎の拳を叩き込んだ。ヴィクティマの腹は大きく凹み、拳はミチミチと肉を裂いて、黒いコートに血が滲む。
「キャァァアアアア!!!」
「へぇ……お前自身はリメイクじゃないのか。意外だな」
俺が拳を引き抜くと、ヴィクティマはゲホッゲホッと咳き込んで血を吐く。涙と唾液と血液とが一気にヴィクティマから流れ出す。
が、そんなことをしてはデメリット効果が黙ってはいない。ヴィクティマを殴った左腕は今までにない電撃を浴びた。
それだけではない。それ以降、俺の左腕は俺のものじゃなくなったかのようにブランと垂れ下がった。どうやらペナルティだけでなく使用制限までかかってしまったようだ。
明確な殺意を抱いたのだから当然か。
「…………殺したから。そんな生ぬるい理由で人殺しをやってたのなら、俺はこんな天国と地獄の狭間になんていねぇよ」
「じゃあ、一体どうして…………」
そんなの、分かりきったことだろうが。
「お前がゼロを殺したからじゃねぇ。お前がゼロに手を出したからだ。ゼロの生死は関係ねぇ。ゼロをあんな目に合わせた時点でお前は俺の殺害対象だ」
「…………そんな」
理不尽に聞こえるだろうな。
彼女本人はゼロを殺していないし、実際に手を下したのは他でもないグレンじゃないか。
彼女はそう思っているだろう。
「俺は今も昔も、こんな理由で人殺しを続けてきた。もしもっと複雑な理由があったら、俺は『紅蓮』でも『グレン』でもなく、『漣斗』って呼ばれてたのかもな」
「…………!」
「そうだろ?美由紀」
「……………………漣斗、私の事覚えて――――!」
本当は忘れたかった。
何の偶然かこうしてまた巡り会えて、嬉しいはずなのに、様々な思い出が頭をよぎる。
それでも、これだけはハッキリ言える。
「あぁ、覚えてる」
ヴィクティマ改め美由紀は「はぁっ……!」と息を吸って喜びを表す。
「漣斗……やっと会えたね――――」
「だが!」
俺は美由紀の声を跳ね除けた。
「お前が美由紀だからといって、今までの行いが許されるわけじゃねぇ」
「そんな……!」
「お前は生きてる人も死んでる人も、冒険者も現地人も、果ては人間であろうとなかろうとリメイクに変えてしまった。
これは全ての生に対する冒涜だ」
出来れば、戦いたくはない。美由紀が苦しむところを見たくない。
だが、ここで見逃せばゼロが救われない。
いや、ゼロだけじゃない。今までコイツのせいで傷ついてきた数多の命の雲が晴れない。
もう俺の私情1つでコイツの生を許せるほど、事は軽くないんだ。
この感覚は久しぶりだ。昔、俺が『紅蓮』として名を馳せていた頃と同じ感覚だ。
俺の右手に、もう一度燃えたぎるような炎が宿った。
「美由紀……久しぶりに会えて嬉しかった。だが、こう言わせてもらおう」
俺は炎の揺れる右手で美由紀を指さし、言った。
「ゲームオーバーだ」
俺はその右手をパッと開き、力を込める。渦を巻くような炎が俺の手の中心を軸に生み出された。
「バーニング」
ゴッ……ドォォオオオンンン!!
飛び出した炎の球は美由紀を焼き焦がさんと燃え盛っていた。美由紀はそれを雷魔法で相殺してやり過ごしたが、彼女は何度も瞬きをしていた。
「……なぜ、バーニングが撃てるの?あなたのPOWじゃフレイムが関の山じゃ――――」
「ストーム」
ビュオオオオオオオオッ!
今度は逆に俺の手の中心を台風の目とした風の塊が内側から外に広がるように発生した。風は炎より早く美由紀を襲い、大きく後ろに仰け反らせた。
「うっ……うぁぁああああっ!」
美由紀の腹にはさっき俺が殴ってできた傷がある。そこに俺のストームが刺さったとなればいくらなんでも痛いだろう。
俺は立て続けにもう一撃、魔法を放った。
「オーシャン」
放たれたのは小さな海。海そのものが小さく凝縮されて美由紀に食らいついた。
なんてことない水のはずなのに、触れるとビリビリと痛みを感じる。それが水魔法というものだ。
「…………ぐっ!かはっ……」
美由紀は口から血を吐いて倒れている。これだけ連続で上級魔法を撃たれたら当然こうなる。むしろ死んでいないのが驚きだ。
「そうか、POWは精神力を表す数値。本人の精神力の上昇と比例して大きくなる…………」
「その通りだ」
素のPOWの低さがあるため上級魔法の中でも質は悪い方だが、それでも下級魔法と上級魔法との差は大きく開いている。
「精神力を強く保つことで魔法の威力を上げる…………か」
美由紀はフラフラになりながら、何度も崩れながら、彼女の両足で立った。
「それなら、私にだって出来る」
美由紀は魔導書を開き、前に突き出した。
その本の境目に黄色い球が1つ、その球は次第に大きさを増していき、次第に目視できるほどの放電を何度も繰り返し始めた。
これはまずい、俺はそう思いバーニングを放った。しかし、俺の渾身のバーニングは雷幻素を相殺するどころか、雷幻素はそれを跳ね返してきた。
「何ッ!?」
俺はギリギリで右に回転してそれを回避したが、そのせいで大きな隙を晒してしまった。
顔を上げたのとほぼ同タイミングで、美由紀は詠唱した。
「ライトニング!」
そう叫ぶと同時に、黄色の球もとい雷幻素の集合体はさながら本物の雷のように一瞬で空間を貫いた。
枝分かれしながら真っ直ぐに俺の方へ向かってくる電撃を、俺は腕でガードすることしか出来なかった。
「ぐぁぁああっ!!!」
身体中に針を刺されたような痛みが一気に俺に襲いかかった。デメリット効果の電撃なんて比じゃないくらいの爆発的なダメージだった。
そのまま俺は崩れ落ちるように地に伏せてしまった。
「漣斗のPOWがあの娘を想う気持ちだとしたら、私のPOWは漣斗を想う気持ち。
あなたは、やっと見つけた私の宝物なの。簡単に失くしたりしない。他の誰にも盗られたりもしない。
漣斗は永遠に私だけの漣斗なの」
納得できそうでできない理論を展開し続ける美由紀。だが、その想いが本物だということは今のライトニングで文字通り痛いほど分かった。
そして何より、俺の心が揺らぎ始めた。
このまま美由紀に負ければ、俺はあいつの傍を離れられない。が、それでもいい気すらしてきた。
あいつの横で『漣斗』と呼ばれながら生きていく、そんな夢を見るのも悪くないかも知れない。
過去に美由紀から受けた全ての仕打ちを忘れて彼女の手を握るのも、1つの選択かも知れない。
今の今まで恐ろしかった美由紀の足音が、今となっては心地よい。殺すならこのまま殺してくれ。連れ去るなら早めに連れ去ってくれ。
そう思い始めた。
が、
ダンッ!!
1発の銃声が俺を夢から醒ました。
「な、何!!?」
美由紀は慌てて音の方向を振り返る。そこに居たのは血塗れになり、全身を蜂の巣にされているのにも関わらず美由紀に銃口を向け不敵な笑みを浮かべている1人の女だった。
「なにボサっとしてんのよ。グレン」
スッと体に何かが通った感覚を憶えた。
迷いとか、誘惑とか、妥協とか、そういう類のものが一斉に体から抜け落ちた。
『グレン』…………やっぱり今はこの名前の方が落ち着く。
俺は頭をぐしゃぐしゃっと搔いて、小さくため息をついて言った。
「遅せぇよ、ゼロ」




