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4章22話『虚無の反転』

 インスマスの街は夜なのに明るかった。街頭や建物から溢れる光、貴族の乗る車のライト等が夜の街を明るく照らした。

 にも関わらず、俺はあるものを探してもがいていた。


「…………クソッ!どこだ!」


 もう3日目だ。俺は3日間もの間、この街を足跡で塗りつぶす勢いで練り歩いている。疲れなんて感じている暇もなく、今にも折れそうな足を強引に地面に叩きつけて進んでいく。


 そうまでして探さなくてはならないものを、俺は無くしてしまった。


「どこにいやがる…………ゼロ……!」


 ゼロは何の前触れもなくいきなり消息を絶った。ティリタも別の場所でゼロを探しているし、アオイさんにも相談してギルドメンバーに通達を送ってもらった。『ゼロを見つけたら保護しろ』といった文面を。

 《アスタ・ラ・ビスタ》のメンバーは2000人を超えている。ゼロが見つかるのは時間の問題だろう、誰もがそう思っていた。


 が、まだ手がかりの1つも掴めていない。あの日、ゼロは飲み物を買いに行くと言って近くの自販機に向かった。インスマスはアーカムほどではないにしてもかなり人口がいる方だ。目撃証言の1つや2つあってもいいはずだが……。


 だから俺はがむしゃらに色々な場所を探してるという訳だ。

 この3日間で何人の人に聞き込みを行ったか、もう数えたくもない。どれだけのアスファルトを踏みしめたか、考えたくもない。

 ゼロを見つけないと、という俺の意思は俺自身の予想を遥かに上回るほど強いものだった。


「あっ、グレン!」


 T字路で聞き込みを行っていたら、遠くからティリタが手を振っているのが見えた。俺は急いで彼に近寄る。


「どうだ?見つかったか?」


 ティリタは俯いて首を横に振る。俺はぐっと奥歯を噛み締めた。


「このままじゃラチが明かない。探し方を変えてみる必要がありそうだね」


「変えるっつったって…………どうやるんだ?」


「ゼロが行方不明になったタイミングとリメイク達が本格的に動き出したタイミングがほぼ一緒だ。

 ゼロはグレンと同行してたし、もしゼロが誘拐、拉致されたと考えれば、犯人はヴィクティマで間違いない」


「あぁ、そうだな」


 その事に関しては早い段階で話が出ていた。が、まだ誘拐と決まった訳でもないから今はまだ聞き込みをメインにしよう、という話になっていた。


「つまり、ここからはゼロを探す事からリメイク達を探す事へシフトした方が良さそうだ」


「なるほどな、確かに印象に残りやすいリメイクの目撃証言を探した方が情報が手に入りそうだ」


 なんて相談をしていた時、


「キャァアーーーー!!!!」


 女性の悲鳴が聞こえた。

 俺達は顔を見合せ、悲鳴の聞こえた方へ走った。

 そこにいたのは黒いフードを深く被った2人の人間と腰を抜かして動くに動けない女性だった。女性の少し前には細い白煙と穴がある。おそらく銃撃の跡だ。


 まずい、助けなければ。俺は全力で走ってその勢いで女性の前に立ち、『セラエノ断章』で炎の盾を作った。フードは銃を撃ってきたが炎で上手く仲裁することに成功した。

 攻撃が止まったと判断した俺は炎をフッと消し、フードの奥を覗こうとする。


 が、その必要はなかった。


 フードの人間は銃の引き金の部分を指に引っ掛け、クルクルッと回す。そしてそのまま、長いローブの下に伸びる白い脚に着いたレッグホルダーにしまった。


「お、おい…………冗談だろ?」


 気づいてしまった。そのフードの正体に。

 フードの人間はフードに手をかけ、後ろに引いて素顔を現す。綺麗な黒髪、白い肌、左だけ長い左右非対称のヘアスタイル。

 空いた口が塞がらなかった。


「ゼロ………………」


 理解できなかった。脳が理解するのを拒んでいた。心臓がかつてないほど動き、手汗が尋常じゃないほど滲む。自然と1歩、2歩と後ずさりしていた。

 ティリタは膝から崩れ落ちて泣き出した。彼のすすり泣く声が俺の心をも揺さぶろうとする。


「おい…………どういうことだよ。なんでお前がここにいるんだよ……」


 ゼロは不気味なほど白い顔を全く動かさない。俺の呼び掛けに応えるだなんてもってのほかだった。


「どうしちまったんだよ…………なんで、お前が……!」


 ゼロは凍ったように動かない。そこに感情なんてものは存在していなかった。


「テメェ!何とか言いやがれ――――」


「アハハ!もう無理だよ」


 ゼロの後ろの、もう1人の黒フードが言った。声からして女なのは間違いないだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「無理ってどういうことだ…………」


「知ってるでしょ?これは私のリメイク。従順な私の操り人形…………」


 女は黄色の革で包まれた本を取り出した。


「これは『ナコト写本』。旧支配者であるチャグナル・ファウグンとの契約で生み出された魔導書…………。

 これを使えば、死体や生物をリメイクにする事が出来る」


『稲妻の検印』からは微小な電気が流れる。その電気が体内の電気信号を上書きして消してしまい、体を乗っ取る。死者の場合はそもそもの電気信号がないから更に簡単に出来る。

 最も、死後かなりの時間が経った死体を利用するのは不可能らしいが。


「この魔導書さえあれば、私は全ての人類を支配できる。死者も生者も関係なく、全て私に操られる。…………そんなこと、興味無いけどね」


 なるほど、今の話を聞いてわかった。コイツが俺達が倒すべき敵の正体だ。


「テメェが……ヴィクティマだな」


 ヴィクティマはフフフと笑う。


「そんな名前で呼んで欲しくないなぁ…………そうでしょ?()()()


「なっ………………!」


 なぜヴィクティマが……それを…………。


「どう?思い出せそう?」


「…………ちっとも思い出せねぇな」


「ふぅん。ま、今思い出す必要は無いよ。どうせ後々無理やりにでも思い出してもらうからね」


 ……そうだ、悔しいがコイツの言う通りだ。今はこんなこと考えてる場合じゃねぇ。

 ゼロを何とかしないと……!


「ティリタ、どうすればゼロを助けられる?」


 俺はティリタの方を見るが、ティリタは未だにうずくまって泣いていた。


「おい、ティリタ!聞いてんのか?どうすればゼロを助けられるんだ――――――」


「アオイさんが言っていた。

 生者がリメイクになった場合、『稲妻の検印』の破壊と同時に元からあった体内の電気信号が全てストップする…………。そしてそれは死にはならないらしい……。()()()()()()()()()()()…………」


「………………お、おい。冗談よせよ」


「僕だって冗談だと思いたいよ!でも……これが現実なんだ!もうゼロは助からない!死ぬこと(転生)すら出来ない彼女はもう命が肉体から剥がれてしまっている!

 ()()()()()()()()()()!」


 ティリタは咆哮のように泣き叫んだ。喉がちぎれるほどの大声を出して、目がふやけるほどの涙を流して、彼女の死を惜しんだ。


 対して俺は、泣くことすらできなかった。


「…………………………嘘、だろ」


 体がもろもろくり抜かれたような喪失感。もう汗なんてかかない。俺もリメイクと同じように、全ての体の活動が止まってしまうのではないか。そう思った。


 ヴィクティマはニヤニヤと笑いながらその様子を見ていた。ゼロは依然動かない。まるで死体のように、ピクリとも動かなかった。


「ゼロ…………」


 お前、死なないんじゃなかったのかよ……。俺はお前の相棒じゃなかったのかよ……。

 なんでそんな簡単に俺の手の中からいなくなるんだよ…………!


「……どうやら私達と戦う気はないみたいだね。さ、行こうか」


 ゼロはやっと体を動かし、ヴィクティマに着いて行った。

 その後ろ姿を見て、ハッとした。


「…………待てよ」


 ヴィクティマは首を傾げながら俺を見る。


「ゼロ…………お前は死刑執行人なんだろ?お前は罪なき人を断罪するような女じゃない。そうだろ?」


 ゼロは答えない。


「だが今のお前は……罪のない人を傷つけようとしている。たとえ誰かの操り人形になっていたとしても、それは許されることじゃない」


 俺は立ち上がり、手袋をぐっとはめ込んだ。


「今のお前は俺の殺害対象(ターゲット)だ。自分を保てないお前の代わりに、俺が、相棒として、お前をゲームオーバーまで導い(処刑し)てやるよ」


 俺の右手に炎が宿った。

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