4章20話『同名』
エンガノを連れて階段を降りていくのはなかなか大変だった。私1人ならともかく、2人同時に身を隠す方法は限られている。脱出の途中で何度敵らしき輩に見つかりかけたことか。
それでも私達は敵の目をかいくぐり、地上1階まで降りてくることができた。ここまで来れば出口はすぐそこだった。
「エンガノ、大丈夫?」
「はい、私はなんとか」
とは言いつつも、彼女の表情には疲れが見える。これだけの階段を一気に降りてきたのだから当然といえば当然だ。
私は内ポケットから水を取り出して1本差し出す。エンガノは物凄い勢いで水を飲み始めた。
30m先のエントランスには盾と剣を持ち鎧を着た人間が5〜6人いた。この距離からじゃ私の銃ではまともなダメージを与えられないだろう。
私は物陰に隠れながらエンガノに聞く。
「何か自衛手段はある?」
「えっと、これならあります」
エンガノが取り出したのは短いダガー。銅製で形も歪で刃もなまくらになりかけている。が、ないよりかはマシだろう。
「1分、私はここを離れる。その間はあなたを守ることができないわ。それでも大丈夫?」
エンガノは一瞬「えっ……」と声を漏らした。目は泳ぐし、口も揺れている。不安を感じるのも無理はない。
が、彼女は唾を飲み込み、ハッキリと言った。
「大丈夫です」
驚いた。今の今までオドオドしていた彼女が、いきなり輝く金剛石のような眼に変わった。
「私、どうしても帰らなきゃいけないんです。たとえ傷だらけになったとしても、傷を癒してくれるあの人に会わなくちゃいけないんです!」
「へぇ……」
「きっとあの人は私の帰りを待っている…………。だから絶対に帰らなきゃいけないんです」
「そっか、分かった」
彼女のその言葉を聞いて、私も覚悟を決めた。両手に銃を握り、弾薬を詰める。それなりの重さになったハンドガンを、人差し指を起点にクルクルッと2回転させた。
そのまま私は物陰から飛び出し、鎧達に接近した。
帰りを待っている…………か。
あいつは私の帰りを待ってくれてるのかな。
「そこの者、止まれ!」
横から槍を持った男達が現れたが、私は脊髄反射でソイツらの頭を撃ち抜く。短い断末魔を吐いて倒れる男達。私はその死体を踏み超えて更に先へ進んだ。
さっきの声に反応した、鎧を着た人間達。警備兵か何かなのは間違いない。問題はその鎧がどれほどの耐久があるか、である。
私だって痛い思いはしたくない。が、出し惜しみしていたらその隙に殺される。
スピードとタイミング、それが重要だ。
警備兵達は私に剣先を向ける。が、私はそれを見ても止まらない。銃口を頭に向け、延々とトリガーに力を加え続けていた。
いつものガガガガガッ!という銃声とは別にカンカンカンカンカンッ!という金属音が鳴る。見れば鎧は銃弾を受けて少し凹んでいた。
その状態で私は『アクセル』を行う。これだけ一度に大量に発砲しているから、敵も迂闊に近付けないようだ。
「なるほどね」
私は銃を撃つ手を早め、更に接近した。同時に右手の銃をレッグホルダーに納め、懐から別の物を取り出した。スチール缶で出来たそのケースの上にある赤いボタンを押せば、たちまち毒霧が噴射される。
アラーナ亜種の目を使った強化版催涙スプレーだ。
「がっ……!目がっ!目が痛いっ!」
兜の隙間から催涙スプレーを入れることくらい容易い。私は警備兵達が目を押さえようともがいているのを見て勝ちを確信した。カランと音を立てて落ちる剣と盾は実に滑稽だった。
私の脚に溢れる力は留まることを知らない。
「はぁっ……!」
私は少し飛び、鎧の頭めがけて回し蹴りを繰り出した。警備兵の頭はベキィッ!と耳障りな雑音と共に鎧ごと吹き飛んだ。
『アクセル』による連続攻撃で加速し、催涙スプレーで動きを止めた上で『踊る』。
上手くいくかは分からなかったが、結果オーライだ。
「う、うわぁぁあああ!!」
その光景を見た警備兵の1人が悲鳴を上げた。おそらく今ので発狂してしまっただろう。幸運なことに他の警備兵達は未だ催涙スプレーに苦しんでいる。この1人だけ、かかり方が弱かったのだろう。
催涙スプレーは警備兵の動きを止めるだけじゃない。どうしてもグロテスクになってしまう彼らの仲間の死体から彼ら自身の目をそらす目的もある。
仲間の死体が鎧ごとねじ曲げられて吹っ飛ばされれば、発狂してしまうに違いないから。
だが、少し作戦が甘かった。警備兵の1人が死体を見てしまった。
「嫌だ…………嫌だァァァァ!!」
私が近付くだけでこのザマだ。重い甲冑をガシャガシャ鳴らしながら私に背を向けて逃げようとする。
これだから嫌だったんだ。発狂した奴はどんな行動に出るか分からない。つまり、スムーズに首を刈ることが難しくなる。
が、いつまでも過去を悔やんでも仕方ない。ロスが出たなら他で埋めればいい。
私は逃げる男を追って走り、勢いをつけたまま前に飛ぶ。そのまま男の首に足首を鎌のように引っ掛け、刈る。
よし、ミスは最小限に抑えられた。
私は更に加速し、もう一度別の警備兵の頭に回し蹴りを食らわせた。今までは頭が吹き飛び、生首が転がっていたが、ここまで加速すると頭の半分がグシャッと潰れてしまい、よりグロテスクな肉片が散った。
足を滑らせないように気をつけなくては。
最後の2人は密接していたが、ギリギリ回し蹴り1発で倒せる範囲じゃなかった。私は片方を蹴り上げるように斜めに蹴り、その勢いでもう片方との距離を詰める。
思ったより勢いよく動いた私の足は最後の1人の頭の上に的確に登った。
「終演ね」
私は最後の一人に思いっきりかかと落としを叩き込んだ。男の頭は既にどこにもなく、なんなら振り下ろした勢いで首から下が一直線に消滅した。
「すごい…………すごいです!」
私は物陰から出てきたエンガノを自分の方に引き寄せ、出口を睨む。
「大丈夫?どこも怪我してない?」
「それはこっちのセリフですよ…………。あの人数相手に無傷なんて……」
《舞踏戦士》はクセのある職業だけど、文字通り無限の可能性がある。安定性を求めて、型にはまった《格闘家》を選択したら出来なかった芸当だ。
「とにかく、道は開けたわ。早く行きましょう」
私はエンガノの手を引いてエントランスから脱出しようとする。が、そう簡単にはいかないようだ。
バチッ!私の足元に雷が落ちた。
「どこへ行くんですか?」
振り向いた先にいたのは茶髪の女。手には黄色い魔導書が握られている。おそらく雷属性の魔導書だ。
特徴はディエスミルさんが遭遇したヴィクティマと完全に一致している。
「ヴィクティマ……!さっき殺したはずじゃ……」
「殺した?バカ言うなよ」
そう言って影から現れた別の男。青縁メガネをかけ、灰色のローブを着ている。この特徴はアオイさんが遭遇したヴィクティマとそっくりだ。
「な……ヴィクティマが2人?」
おかしい。ヴィクティマは変装術を持っていて、変幻自在に姿を変える。そこまでは納得が行く。
だが、そのヴィクティマが別々の姿ではあるものの2人同時に現れた。これは一体……。
「2人じゃない、3人よぉ」
更に続いて出てきたのはさっき私が殺したはずのヴィクティマ。彼女もまた、魔導書が手の中にある。
まさか、ヴィクティマは――――――――
「我ら、ヴィクティマの名を冠する写本使い。偉大なる我らが主の為、お前には協力してもらう」
なるほど、私達は様々な姿で現れるヴィクティマを変装術と見ていたが、違った。
本当にヴィクティマの名を持つ者が複数人いたんだ。
「エンガノ、下がってて」
言うまでもないが、私はコイツらに手を貸すつもりはない。全員殺してグレン達の下へ帰る。
私は銃を取った。




