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4章18話『前兆』

「お主も《最終項》の発動に成功したか」


 ディエスミルは少し笑みを浮かべながら手帳を耳に当てて独り言を呟く。


「えぇ。おかげさまで」


 アオイも同じように手帳を持った手を耳に近づけたまま誰もいないギルドマスター室で喋っている。


「ま、お主ならそう時間はかからぬと思っていたわ」


 ディエスミルはワインを揺らしながら目を薄めてそう言う。ワイングラスの中の赤紫色が防波堤に当たった波のように丸く跳ね返った。


「で、話したいことはそれだけか?」


「いえ、まだあります」


 アオイは『純白の天使』の事やヴィクティマと名乗る男のこと、ゾンビ達がリメイクと呼ばれていること、それと『稲妻の検印』についても話した。

 これらは後のギルドマスター間の会議で話題に上げる予定である。


「なるほど…………お主もヴィクティマと遭遇したが、そのヴィクティマは男、眼鏡をかけていて高圧的な喋り方だった……と」


「えぇ。ディエスミルさんから伺ったヴィクティマの特徴とは似ても似つきませんでした」


 ディエスミルは頭を抱えた。

 たまたま同じ名前だったなんてそんな簡単な話では無いはずだ。それに、2人の名前は寄りにもよって『ヴィクティマ』。グレン一行が以前戦ったリメイクから何度も聞いた名前だ。

 そんな重要な名前がたまたま被るだろうか?


 何か裏があるはずだ。ディエスミルとアオイはそう考えた。


 すると、ディエスミルが突然言った。


「そう言えば魔導書を持っていたと言ったな?どんな魔導書だったか覚えているか?」


「えぇと確か…………黄色い革で囲われていて、雷魔法を主に使う魔導書でしたね。年季も入っていました」


「…………しばし待ってくれぬか」


 ディエスミルは1度電話を置き、本棚を漁り始めた。アオイは何となくその先の未来が見えていた。彼女もディエスミルと全く同じ予想をしていたが、参考文献が少ない為調べるに調べられなかったのだ。

 アオイが欲したその参考文献はディエスミルが極秘事項として管理している。


 ディエスミルは本棚の奥にある金庫から鍵を取り出し、玉座の下のカーペットを捲る。その床板に軽くかかと落としを食らわせると、床板は回転し、その下の隠し金庫に光を浴びせた。

 そこから更にナンバーロック、南京錠、指紋認証等をくぐり抜けた先に、数冊のファイルがある。


 ディエスミルはそのうちの1冊を取り出し、もう一度電話を取った。


「待たせたのう、もう少し待ってくれ」


 このファイルは《アスタ・ラ・ビスタ》、《ブエノスディアス》、《ビエンベニードス》、《グラシアス》、そしてマスターズギルドが共に協力して作った物。

『セラエノ断章』や『イステの歌』などの各属性に1冊ずつある伝説の魔導書についての情報が記されている。


 そのファイルの中から雷属性の魔導書についての情報を引っ張り出した。


「…………やはり特徴だけ見れば完全に一致する。2人のヴィクティマが持っていた本は『ナコト写本』で間違いなさそうじゃ」


 予想通り、と言った所だ。アオイはふぅと一息吐き、椅子に深く座る。


「『ナコト写本』…………完成は確認されていましたが所在不明の魔導書でしたね」


「うむ。本自体の特徴もさる事ながら、最後に記録されている所持者が大昔の死霊術師らしい。『ナコト写本』の固有魔法は死者を生き返らせて使役する魔法じゃから、死霊術師はそれを使って死霊術を行っていたのじゃな」


 ディエスミルはそう言ってファイルを見返す。特にそれ以上新しい情報はなかった。

 これで謎は解決したかに思えたが、まだひとつ残っている。


「しかしあの魔導書が『ナコト写本』だとして、なぜ2人のヴィクティマが同じ本を……?」


「単純に複数人で共有して使い回しているのではないか?」


「同じヴィクティマを名乗る者達が、ですか?」


 確かにそう考えると、何かまだ気づいていない真実があるんじゃないか、そう思ってしまう。

 アオイは頭を抱えながらも、ひとつの結論を見出した。もしこの仮説が本当なら、なぜ1冊しか存在しない魔導書を2人のヴィクティマか両方とも持っていたかがハッキリする。

 アオイは僅かな希望を抱き、ディエスミルにそう提案する。


「もしかして……ヴィクティマは変装していたのではありませんか?」


「変装、とな?」


「私達はあくまで2人のヴィクティマが別人物として話を進めていましたが…………もしそうじゃないとしたら?1人が変装することで私達の前に現れていたのだとしたら?」


 2人が『ナコト写本』を持っていたのも、それを使いこなしてリメイクを生み出していたのも、2人の名前が同じヴィクティマなのも。


「全て辻褄が合うのぅ」


「そうなると、誰かが変装してグレンさんに近付いていてもグレンさんはそれに気づくことが出来ません。今まで以上に注意する必要がありそうですね」


「当面の間グレンの外出は禁止するか、外出するにしても見張り役を1人か2人つけた方が良さそうじゃな」


「そうですね、彼にはそう伝えておきます」




 ――――――――――――――――――――――――――




「という訳で、しばらく外出は控えてください」


 突然アオイさんに呼び出されたかと思えば、そんな話をされた。どうやら前にゾンビが言ってたヴィクティマ…………俺の命を付け狙う奴が、変装能力に長けているようで、どこから襲われるか分からない状態らしい。

 物騒にも程がある。


「リメイクの方は最近報告が増えてきています。マスターズギルドも正式にモンスターとして認定したとの事なので、これから《アスタ・ラ・ビスタ》にはリメイク討伐のクエストも舞い込んでくると思われます」


 こういう時に独自のクエストカウンターを持っている《アスタ・ラ・ビスタ》は強い。

 街の人達が気軽にクエストを貼れるから新モンスターの情報が集まってきやすいのだ。アオイさんの顔と信頼の広さもそれを手助けしている。


 そう言えばあのゾンビ集団は『リメイク』と言うらしい。少し前に聞いた『稲妻の検印』だとか『ナコト写本』だとか、新しいワードが次々出てきてついていけない。


「もちろん、寮での生活は不自由なく送れるよう手配させていただきます。生活保護費としていくらか毎週支給しますので、贅沢さえしなければ苦にはならないでしょう」


 清々しいほどのホワイト企業。


「お2人に関しては、自由にクエストに出ていただいて構いません」


 と、横にいるゼロとティリタにも言う。


「ですが、グレンさんが狙われている以上あなた達の隙をついてグレンさんを襲いに来るかも知れません。我々も尽力しますが、グレンさんを守るならきっとあなた達2人が適任です。どうぞ、よろしくお願いします」


 アオイさんの深い礼に合わせて、2人は頭を下げた。















 本部からの帰り道、話はさっきの話のことで持ち切りだった。こうして帰っている間にも、俺はどこかから狙われていると考えると不安で仕方ない。

 それでも何とか無事に寮まではたどり着いた。ゼロは飲み物を買ってくるとすぐ近くの自販機へ、ティリタは自室で今後のクエストの予定を立てるらしい。


 そして当の俺は、情けない話だが部屋に戻ってベットに寝転がるなり睡魔に襲われてしまった………………………………。


 …………………………………………………………。


 …………………………………………。


 ………………。


「おわっ!!」


 何かおぞましい物の断片を感じて飛び起きた。

 が、寝て起きたらそこは見知らぬ場所、なんてこともなく毎日見てきた俺の部屋が薄暗く俺を抱いていた。


 時計を見ると、もう夕方の6時を指していた。どうやら5時間近く眠ってしまっていたらしい。

 そろそろ夕食の時間か、と思っていると扉がノックされた。


 俺がドアを開けると、そこにいたのはティリタだった。

 あぁ、夕食に予備に来たのか。と思ったが、次の一言で俺は背筋が凍る思いをした。


「あれ?ゼロ来てない?」

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