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4章16話『猫窮鼠を食らう』

 アオイは何度も魔導書を撫でたが、何度やろうが幻素は手に留まらない。サイレントの効果は間違いなくかかっているようだった。

 その効果があとどれくらい続くか、とアオイが考えている時、緑色の手が地面から次々に伸びた。


「リメイクはそう簡単には尽きねぇ。少なくとも、お前の心が折れるまではな」


 アオイはふむ、と顎に手を当て全身に土がついたゴブリンを見た。これらの個体は若干腐敗が進んでいるようで、皮膚がドロドロに溶け始めていた。そんな中でも『稲妻の検印』は淡く黄色に光り輝いている。


 そんな個体がさっきよりも多く、アオイを取り囲むように立っていた。


「やれ」


 ヴィクティマがそう指示をすると、ゴブリンの内の1匹が手斧を握って走り出した。ネチャネチャと足音を立てて近付いてくる様は、大体の人間の《SAN》を削ることだろう。


 それに今のアオイは魔法攻撃を行えない。ゴブリンの襲撃に対する答えを持っていない。

 故にアオイは防戦一方になってしまう。


 そう思われた。


「ギシャアアア…………!」


 アオイに斧を振るうゴブリン。アオイは暗闇の中でもその攻撃をきちんと見分け、最小限の動きで回避した。

 が、ゴブリンもそこでは終わらない。次なる一撃を繰り出そうとアオイを睨む。


 アオイは後ろに回っていた腕をピッと振った。手首のスナップを効かせて、これまた最小限の動きで。

 バチンッ!何かがぶつかり合う音と共に斧を握るゴブリンの腕は『稲妻の検印』ごと消し飛んだ。


「な……何が起きた」


 ヴィクティマは困惑している。ゴブリンの腕が、まるで最初からなかったかのように消失したからだ。普通に考えればこれはアオイの魔法攻撃だと判断できるが、今彼女にはサイレントがかけられている。

 攻撃する術は無いはずだ。


「…………まだだ!行け!」


 ヴィクティマはさらに3匹のゴブリンをアオイに仕向けた。3方向から襲ってくるゴブリンには、さすがのアオイも一瞬の焦りを見せた。


「額、胸、左足」


 アオイがボソッとそう呟くと、次の瞬間にはそれら全てがゴブリンから消え去っていた。

 あるゴブリンは頭の上半分を消され、あるゴブリンは肩から胸にかけて胸ごと真っ二つにされ、あるゴブリンは左足を切断されていた。


 そしてそれらの部位は全て『稲妻の検印』が押されていた場所である。

 リメイクだろうがゾンビだろうが関係ない。アオイの前に立った以上、死は必ず訪れる。


 そしてヴィクティマはついに見つけた。リメイク達がなぜ魔法を封じられたアオイにこうも簡単に倒されるのか。

『稲妻の検印』の淡い光に照らされて一瞬だけはっきりと姿を現したそれを見逃してはいなかった。


「あれは…………棒?」


 アオイの手に握られているのは黒い棒だ。夜闇に紛れて見えなかったが、確かにアオイはそれを握っている。そしてそこに緑色の血が付いていることにもすぐ気がついた。


 護身用警棒。現実世界でも販売されているものだ。無論、《ビエンベニードス》製のため性能はピカイチだ。

 あくまで護身用のため殺傷能力があるものではない。だが、アオイが持つ限りそれは護身用では収まらない。


「まさかとは思いますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 最強の魔法使い。アオイについた肩書きはそれだ。実際、アオイはその肩書きに相応しい実力を兼ね備えている。

 だが、この『最強の魔法使い』という肩書きは誤解されやすい。ニュアンスが少し違うのだ。


 大抵の人は、アオイは魔法使いとして最強、というニュアンスで受け取る。つまり、魔法使い以外の観点から見ればアオイは最強とは呼べないということになる。

 だが、それは間違いだ。


 最強の魔法使い、それは冒険者の中で最強の魔法使いという意味。冒険者最強格のアオイがたまたま魔法使い系の職業だったというだけだ。

 つまり何が言いたいかと言うと


()()()()()()()()()()()()使()()()()


 ここで言う不自由なく、とは『天災級のモンスターを魔法攻撃なしでも圧倒できる』レベル。

 護身用警棒さえあればリメイクなんて朝飯前だ。

 そもそもアオイは最強の魔法使いとして名が知れている。ヴィクティマのようにサイレントを撃つことでアオイを攻略しようという輩はごまんといる。

 そして最強であるアオイがそれに対する解答を持っていないわけが無い。


「…………貴様ァァアアア!」


 ヴィクティマは感情の殻を破り、暴走し始めた。狂ったように雷魔法を連打し、リメイクの力を借りずともアオイを倒そうとしている。

 バリバリバリッ!と痛々しく現実からかけ離れた音が何重にも重なってアオイに放たれる。

 しかし、


「なかなか質のいい雷幻素ですね」


 アオイはそれを右手1本で受け止め、そのまま握り潰した。スンッ……と消えた雷は既に虚数空間へと回帰した。


「クソッ…………!なぜこの魔法が効かない……!」


「どれだけ上質な魚を使っても、劣化した包丁で捌けばそれは美味しい料理とは言えません。そうですよね?」


 ヴィクティマの怒りのボルテージはどんどん上がっていく。血管を押し退けるほどの血が頭を駆け巡る。


「果たして貴方は鋭く光る銀の包丁か、それとも鈍く錆びた赤色の包丁か…………どちらでしょうね」


 アオイはそう言って警棒でヴィクティマを指した。


「ぐっ…………ぐぉぉぉおおおお!!」


 ヴィクティマは右手に雷幻素を溜め込んだ。バチバチバチバチと火花が飛び散る。『稲妻の検印』とは比べ物にならないほどの黄色い光が、まるで焚き火のように両者の顔を照らした。


 ヴィクティマはその手を保ったままアオイに殴り掛かる。残像が残るほど速く振られた手は的確にアオイの腹に刺さろうとしていた。


「…………!」


 アオイはそれを軽快に回避したが、それでも驚きを隠せなかった。

 幻素を保持したまま対象に殴り掛かる、もちろん攻撃手段としては強力だ。凝縮された幻素が一気に対象に流し込まれるのだから。


 しかし、一瞬でも気を弛めてしまえば幻素は本人の体に逆流する。体を幻素で侵されるということがいかに危険か、ニグラスにいる人なら誰でもわかる。

 幻素が血液を伝って全身に広まり、その幻素がじわじわと体を内側から刺激し続ける。時間が経てば経つほど危険性は増す。肉体は内側から腐り、気づいた頃には内蔵がほろほろと崩れ落ちる。

『幻素中毒』と呼ばれる状態だ。

 虚数空間の物である幻素が体内に入った結果、体内のストレスやら拒絶反応やらが合わさって起きる現象だ。それを防ぐために魔法使い達は魔道具を使って幻素を体に入れないようにする。


 長々と説明したが結論を言うと、ヴィクティマは追い詰められた末にあまりにも命知らずな行動に出たということ。


『窮鼠猫を噛む』という言葉がある。追い詰められた鼠は予想外の行動を起こす。追い詰められた人間は何をしでかすか分からない。ということだ。


「…………面白いですね」


 アオイはニヤリと笑った。

 丁度その頃、アオイの背後から溢れんばかりの光が差し込んだ。太陽は人々に朝を伝える為にゆっくりと登ってきた。


「そちらがその気なら…………私も応えましょう」


 アオイはそう言って魔導書を開いた。

 アオイという猫がヴィクティマという暴れ鼠を前にして踏み込んだ行動、それは――――――


「これが《最終項》…………ですか」


 噛まれる前に鼠を喰い殺す事である。

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