1章13話『コンテニュー』
「マティスだ!」
ティリタはカマキリを指差して叫んだ。
「マティス?」
「大きなカマキリのモンスターさ。街に降りてきて人を襲うなんてことはしないけど…………縄張り意識がとても強い」
この洞窟はマティスの縄張りだったってわけか。
「でもおかしいな……マティスは基本乾燥した場所や高温の場所を巣とするんだけど……」
「また、《エンセスター》に操られてるのか?」
ここでホワイトハーブが採れると分かっているのなら、それを守るためにマティスを配置してもおかしくはない。
「いや……その可能性は低い。マティスは知能が高い方だ。それを操るには相当な技術が必要だろう。それならマティスを倒してホワイトハーブを確実に入手したほうがいい」
なるほど。一理あるな。
「マティスの肝臓は珍味として富豪たちに人気だ。どこかで養殖する予定だったマティスが輸送中に逃げ出したんだろう」
縄張り意識が強いなら最初から養殖していた奴が逃げ出すとも考えにくいしな。
ゼロが冷や汗を垂らしながら言った。
「ちなみに……鎌を擦り合わせてるのはどういう状況?」
「威嚇の意味もあるけど……マティスの鎌は限りなく金属に近い。火花を発生させてそれを火種に炎を身に纏うんだ」
「マティスの縄張り意識は強いって言うけど…………どのくらい?」
「人里に降りてこないのに毎年ゴブリンの被害者を超える被害者を出している」
「要約すると?」
「ヤバい」
ティリタのその「ヤバい」は冗談抜きのトーンだった。
「ここで逃げたら追ってくるよな?」
「間違いなく」
「…………よし」
俺は手袋をはめた。
「やるか……!」
それを見たゼロは太ももから銃を抜き、弾丸を込める。
ティリタも杖を持ち、戦闘準備を整えていた。
薄暗い洞窟の中、マティスは俺達を待っているかのように鎌を擦り合わせ、炎を生み出した。
バチバチと燃える炎は松明代わりになりマティスの位置が把握できるようになった。
しかしそれと同時に、マティスの冷静かつ恐ろしい表情が常に見えるようになり、一瞬ドキッとした。
「グレン、大丈夫?」
ティリタが背後からそう言った。
「あ?何がだよ」
「隠さなくてもいい。今、君のSANが少し減った。発狂しないように気をつけて」
「そういうことか、了解。行くぜ2人とも」
2人が頷いたのを見て、俺がフレイムを放つ。
ギリギリ射程内の魔法攻撃はマティスの腕に着弾した。
「威力は落ちるが、いいダメ入ってるはずだ!」
広がった煙を見た俺はそう言って少し様子を見る。
しかし、そう簡単には行かなかった。
「ぐあぁっ!!!」
マティスの炎を纏った鎌が俺の胴を縦に斬った。幸い切り離されまでは行かなかったが、それなりに深い傷だった。
「グレン!」
ティリタが叫ぶ。
「私がアイツの気を引く!ティリタはグレンの回復を!」
ゼロは両手の銃をくるりと1回転させ、マティスに突っ込んで行った。
「大丈夫かいグレン!?」
「わりぃ、大丈夫とは言えねぇわ」
「待ってて……今包帯と回復魔法を!」
この世界で攻撃を受けると、ケガとダメージを受ける。
ダメージは回復魔法を撃ったりポーションを飲んだりすることでなんとかなるが、ケガはそうもいかない。
回復魔法さえ撃ってしまえば出血や痛みは消えるが、ケガ自体が治っているわけではないので、包帯や絆創膏が必要なのだ。
ティリタは俺に回復魔法を撃った後、丁寧に包帯を巻いてくれた。
「マティスは今までのモンスターより遥かに強い。僕のMPも無限じゃないから、注意して行動してくれ」
「わかった。悪いな」
俺はもう一度手袋をしっかりとはめ、ゼロに加勢した。
「ゼロ、どうだ?」
壁を蹴ったり隙間をくぐったりしてガン=カタを繰り広げているゼロは言った。
「こいつ、なかなか素早い。気を引くので精いっぱいだわ」
現にゼロの表情もだんだん曇ってきた。
ハーブ探しで体力を使っていたのもあり、かなり疲れている。
「グレン、悪いけどあなたの力貸してくれない?」
「いいぜ、俺が前線に出るから後ろから援護してくれ」
俺はマティスとの距離を詰める。
「お断りよ。私は思う存分暴れるから、グレンが私に合わせなさい!」
ったく。人遣いが荒い相棒だ。
俺は5秒間停止し、ゼロの行動を観察した。
そしてそこから大体の動きを予測して合間合間にフレイムを打ち込む。
マティスは正確に俺達2人の攻撃を鎌で切り裂くが、さすがに2vs1。
こちらが有利なのは間違いなかった。
「ゼロ、このまま押し切るぞ!」
「オッケー!ちゃんとついてきてね!」
俺とゼロが最後の力を振り絞ろうと足を踏ん張った頃、
「待って!」
ティリタが叫んだ。
「マティスの縄張り意識は生存本能から来るものだ!ピンチになったら何を仕掛けてくるかわからない!」
ティリタの忠告は、ほんの少し遅かったようだ。
マティスは俺達から距離を取り、鎌を前に突き出して大きく前方へ飛びかかった。
その先にいたのは、息を切らせて止まっているゼロだった!
「ゼロ!危ないッ!」
俺はがむしゃらに飛んでゼロを抱きしめ、そのままの勢いでゼロをマティスから引き剥がした。
「グアアアアッッ!!!」
背中に強い痛みを受け反射的に叫んだ。
「グレン………………」
マティスの鎌はギリギリゼロには届いていなかったが、俺の体は簡単に貫通していた。
「気にすんな……グフッ……どうせ教会で生き返れる。悪いな……力……貸してやれなく……て………………」
俺はこの瞬間初めて、この世界で死亡した。
「…………ティリタ、グレンをお願い」
教会で復活するまで、死体は死んだ場所に残る。
私のために死んだグレンを放っておくわけには行かなかった。
あのバカ…………。
私のために死なないでよ。
私は涙を堪え、洞窟から走って出た。
外は大雨で、冷たい粒が私を濡らした。
マティスも追ってきたが、雨に怯える様子はない。
しかし、決着をつけるならここの方がいい。
私はマティスに一礼した。
「これより、死刑を執行します」
両手の銃を改めて構え直す。
雨で手が滑って思うように構えられないが、それでも力強く銃を握った。
対するマティスは、必死に鎌を擦っている。
雨で火が消えたためもう一度着火しようと試みているのだろうが…………
すぐに切り替えてこちらを向いた。
「よくもグレンを殺してくれたわね」
私は目を薄めてマティスを睨んだ。
「借りはしっかり返すよ」
私は両手の銃をしっかりと握りしめてマティスに向かって行った。
マティスは鎌で私を迎え撃とうとするが、そんな簡単な対策で私を止められるわけがない。
直線的に伸びてきた鎌を、体を後ろに反らせてイナバウアーのように回避し、そのまま滑るように横に回りながら銃を撃った。
マティスの腹からは緑色のネバネバした血が垂れ出す。
マティスは私の立ち上がったタイミングを見計らって横っ腹を引っ掻いて来たが、怯まずに銃撃を続ける。
鎌に当たった弾は弾かれるが、それ以外はボスボスとマティスの体に穴を開ける。
マティスが一瞬怯んだ隙にマティスの後ろに回り、銃を構え直した。
トドメだ。
父直伝の、他人に真似出来ない撃ち方をコイツに見せてやろう。
私は強い遠心力をかけて銃を回す。
トリガーの先端を基点に。
銃口がマティスの方向に向いた瞬間だけ第二関節を少し強く握る。
ここがギリギリ発砲できるライン。
それを弾丸が尽きるまで繰り返す。
それも両手で。
これが、父から受け継いだ銃撃法。
一瞬で大量の弾丸を放つ私の切り札。
これが、『アクセル』だ。
ダダダダダダダダダ!!!
聞き取れないほどの銃声が、マティスに一瞬の隙も与えず弾丸と共に通り抜けた。




