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4章14話『死霊の真実へ』

 午前3時30分、インスマス。

 朝にさしかかろうとしている暗闇の中、アオイはかすかに光る街灯を頼りに街を歩いていた。夜風が彼女の手を凍えさせる。

 アオイは手に息を吐き、擦り合わせた。


 人の気配は全くない。まだ電気がついている家もあるが、そこからも声は聞こえてこない。この時間になれば、むしろ起きているアオイの方が珍しい。

 アオイは自動販売機でホットコーヒーを買い、両手を温めるように持った。


 なぜこんな深夜に外を出歩いているのか、話は8時間前…………午後7時30分に遡る。




 ――――――――――――――――――――――――




「ゾンビ…………ですか」


 ラピセロに渡された書類を片手に、彼の顔を見る。ラピセロの真剣かつ冷静な表情はこれがイタズラやドッキリなんて生易しい類ではないことを証明した。


「グレン、ゼロ、ティリタの3名がアトランティス大陸の森の中で遭遇したそうです。頭を撃ち抜いたにも関わらずなお彼らを倒そうと立ち上がったとか」


「……カダベルが寄生していた可能性は?」


 ラピセロは首を横に振る。


「グレン君が水魔法を撃っても平然とした顔で立っていたようです。水に弱いカダベルが水魔法を食らって平気でいられるわけがありません」


「そう、ですか……」


 アオイは数枚に分かれていた書類をペラペラと捲り、何度も読み返す。だが、そこに書かれていることは全て今までの記録にない事だった。


「実は先程、《ビエンベニードス》のディエスミルさんからも報告があったのですよ。ゾンビみたいな集団を引き連れた女と出会った、と」


 ラピセロは驚いたように目を見開き、紙の手帳と万年筆を取り出した。


「ディエスミル氏はなんと?」


「その女の名はヴィクティマ、グレンさんを探していると仰っていたようです」


「……グレン君を…………!」


 グレン本人から聞いた話と見事に合致した。ゾンビ達はグレンの命を狙っている。この事実は間違いなさそうだ。


「ただ……この資料とは食い違う点もあります」


「食い違う点?」


「例えばこの資料には、『ゾンビ達はまるで生きているように意志を持って喋っていた』とありますが…………ディエスミルさんの話では『ゾンビ達はヴィクティマに従うだけで他には何もしなかった』そうです」


「…………何か違いがあるのでしょうか」


「私には分かりません。……が、もうひとつ決定的な違いがあります。もしかしたらこれが関係あるのかも知れません」


「その違いとは?」


「この資料では、『ゾンビは死体に何かしらの魔法が加わって動いている』とあります」


 実際ラピセロを含む《アスタ・ラ・ビスタ》のデスクワーク班が調べた結果、ティリタが撮影した映像に映るゾンビと瓜二つな現地人が最近病気で亡くなっていた事が判明した。

 このことから、ゾンビは死体を再利用したものだと決定づけていた。


「しかし、ディエスミルさんは『街を歩いている民間人に魔法を撃ってゾンビにしていた』と仰っていました」


「街を歩いている民間人って……!」


 アオイは頷いた。


「街を歩く死体など、それこそゾンビの所業です。その民間人は間違いなく生きていたと言えるでしょう」


 早速大きな矛盾が生じた。

 ラピセロは、ゾンビ達は死体に命を吹き込む魔法だとかをかけられてゾンビになっているものだとばかり考えていた。

 しかし、死体でなくてもゾンビ化できるとなればその推理は一気に破綻する。

 命ある者にさらに命を吹き込むことなどできないのだから。


「私は、その魔法は『人間を不死身にした上で洗脳する魔法』かと思っていましたが…………そうでもないようですね」


 ラピセロとアオイの推理をまとめると、敵が使う魔法は死体を動かす魔法でも、人間を不死身にする魔法でもない。

 この2人が推理してもこの程度の情報しか得られない。結局可能性を否定するだけで真実に辿り着けてはいない。


「そうだ、こんなものを預かっています」


 ラピセロはバッグからアラーナ亜種の足を取り出した。以前グレン達が手に入れた、ゾンビ化したアラーナの足だ。

 それは未だに元気よく暴れている。


「実際にゾンビに変えられたアラーナの足です。どうやらゾンビ化の原因はこの結晶のようで」


 ラピセロは雷型の宝石を指さす。アオイはそれを注意深く観察していた。


「…………少々お待ちください」


 アオイは急いで部屋を出た。タッタッタッと廊下を走る足音がドア越しに聞こえてくる。

 そこから数分待った後にアオイは戻ってきた。手に大きな機械を抱えて。


「幻素測定器……?」


 幻素測定器とはその名の通り物質内に流れている幻素を測定する機械のこと。1粒2粒の幻素の粒子でさえ検知できる優れ物だ。

 アオイはその機械の空洞の中にアラーナ亜種の足を入れ、機械を起動させる。

 緑色のスクリーンは横長で、中心に1本白く細い線が伸びている。


 2人は息を呑んでその画面を見つめる。

『測定準備中』と書かれたウィンドゥが消えるまで、2人はピクリとも動かなかった。


 そしてそのウィンドゥが『測定可能』の文字に変わった瞬間、アオイは赤いボタンを押し込んだ。

 その瞬間、緑色の画面に黄色の線が右肩上がりのグラフを生み出した。


 2人は顔を見合せた。


「雷幻素…………」


 アオイがそう呟いた。


「この雷型の結晶から雷幻素が出ていて、それがこの死体を操作している、ということでしょうか」


「そうですね、どういう仕組みかは知りませんが」


 アオイは機械から足を取り出してそう言う。

 さらに立て続けにこう言った。


「とはいえ、まだもう少し情報が欲しいところですね」


 アオイが頭を抱えている時、彼女に1本の電話がかかって来た。


「はい、アオイです」


 ラピセロは内容を聞き取ることは出来なかったが、その声がエスクードのものであるということは分かった。


「…………分かりました。ありがとうございます」


 アオイはそう言って電話を切る。


「エスクードですよね?何と?」


「ギルドメンバーからクエストの依頼ですよ」


 ギルドメンバーが自分のギルドにクエストを依頼する…………なかなか珍しい出来事だ。


「最近インスマスで、夜になると虚ろな目をした人が徘徊していると噂になっているそうです。その調査をして欲しい、との事でした」


 アオイは、もう言わなくても分かるだろう。と言わんばかりの目配せをする。


「…………ゾンビ、ですか」


 アオイが頷いたのを見て、ラピセロはスイッチを入れた。


「すぐにメンバーを手配します。明日の夜にはクエストを開始しましょう――――」


「いえ、結構です」


 手を突き出して制止するアオイ。ラピセロは首を傾げると同時に嫌な予感を憶えた。


「今夜、私が行きます」


「…………そんな所だろうと思いましたよ」


 ラピセロは決まりが悪そうに後頭部を掻いた。




 ――――――――――――――――――――――――――




 そして今に至る。


 アオイは街中を歩き回ったが、特にこれといって目立った人影はないように思えた。


「タイミングが悪かったのでしょうか」


 と、ボソッと独り言を吐いた。が、そんなことは無かった。


「貴様が《アスタ・ラ・ビスタ》のギルドマスターか?」


 敵は最高のタイミングで現れた。

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