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4章13話『女帝の命』

『ネクロノミコン』から溢れる黒いオーラはディエスミルを黒紫色に染め上げていく。白い紙の上にインクをこぼすように、彼女の体は少しずつ闇に呑まれていった。

 ディエスミルはドロドロと液状化している闇幻素を手で掴み、空中に投げ飛ばした。投げ飛ばされた闇幻素の塊は空中で停止し、不規則な自転を開始する。

『ネクロノミコン』は今度はそちらにも幻素を飛ばし、黒い球を育てていく。グンッグンッと鼓動を打つように面積が増えていく球体を見て、ディエスミルはビルから飛び降りた。


 超高速で落下していくディエスミルは地上8mの辺りで背中に一対の翼を生やした。そのままスタッと優雅に着地すると、同時に上空の球がディエスミルのすぐそばに落ちてきた。


 彼女はその球体に手を付き、周りを回る。球体はグニャグニャとゴムボールのように形をうねらせ、縮小を始めた。

 いや、縮小という言い方では語弊がある。どちらかと言えばそれは圧縮。単純にエネルギーの規模が小さくなっているのではなく、エネルギーの密度を上げているのだ。


 だんだんと形がハッキリしてきたそれを見て、ヴィクティマは首を傾げた。

 その形が、どこをどう見ても椅子にしか見えないからだ。


 実際圧縮が終わってそこに残ったものは1つの玉座だった。ワインレッドの背もたれに黒い縁がついている。足の部分は美しくも禍々しく、肘掛は精巧な芸術作品のように見た人に感動を植え付けた。


「お主がなぜわらわを襲うのか、なぜ罪のない人間を使役するのか、わらわには分からぬ。………………じゃが」


 ディエスミルは玉座に座り、頬杖をついた。


「お主は女帝に歯向かった。その罪はきちんと支払ってもらうぞ」


 温厚に振舞っていたヴィクティマがあからさまに表情を歪めた。ヴィクティマはディエスミルを指さし、後ろを振り返る。


「彼女を殺してください」


 今度は声を出してゾンビ達に指示を出した。彼女の明確な殺意がディエスミルに向いている事を示すには十分すぎる一言だった。


 先頭に立っていた1人が包丁を持ってディエスミルに切りかかる。その先端はよく研がれていて、ディエスミルが己の心臓の引き裂かれる様子を想像するには容易かった。

 にも関わらずディエスミルは玉座から離れようとしない。それどころか、依然頬杖をついてふてぶてしく笑っている。『ネクロノミコン』ですら反対側の肘掛に置いたままだ。触ろうともしない。


 男が加速しながら包丁を振りかぶり、ディエスミルの胸を貫こうとした。ブォンッ!と空気を斬る音が皮肉にも爽快に感じた。

 が、それとは別の音が鳴った。


 ガキンッ!


 金属同士が勢いよくぶつかり合う音だ。

 だが、ディエスミルは未だに玉座から動いていない。この状況下でも呑気にあくびをしている。

 この音がありえないことだというのはわざわざ言及するまでもない。


「…………なに……あれ」


 ヴィクティマは目を疑った。

 地面から人間の上半身のようなものが姿を表していたからだ。

 その人間は巨大な黒い鎌を持ってゾンビの刃を防いでいた。そのままゾンビは力負けし、グ……ググ……と後ろに押されていく。

 そのまま押し切り、ゾンビはレンガの地面に強く叩きつけられた。


「わらわとて罪なき人間を手にかけることはしたくない。今引けば見逃してやろうぞ」

 

 ディエスミルはゾンビにそう問いかける。

 このゾンビにはある程度の理性が備わっている。ディエスミルの言葉を聞き取ることも、言葉の意味を理解することもできる。

 だが、ヴィクティマから命令を出されている以上は彼らはそれに従わなければならない。全ての理性を殺し、全ての恐怖を打ち消し、全ての意志をゼロにする。

 ゾンビとはそういうものだ。


 ゾンビは落ちた包丁をもう一度握り直し、ディエスミルに襲いかかる。


「……話が早くて助かる」


 ゾンビは人型に斬り掛かるが、黒い人型はその巨大な鎌でゾンビの首を刈り取り、落ちた頭を踏み潰す。それでもフラフラと立ち上がったゾンビを、人型は真っ二つにし、細切れにし、一つ一つ踏み潰していった。


「もし本当に善意の心を持つ一般人なら、ここで逃げ出していたはずじゃ。それをせずわらわを殺そうとしたということは、敵じゃ」


 ディエスミルは頬杖をついたまま、言った。


「後払いはなしじゃ。女帝わらわに歯向かった罪はきちんと精算してもらうぞ」


 ディエスミルのその言葉、ヴィクティマの耳には届いていなかった。彼女は目の前の人型に気を引かれっぱなしだ。


 その人間に顔や印象に残る体型等の特色はない。いや、これまた語弊のある言い方だ。その人型は全身黒く塗りつぶされている。特色がないどころか色そのものが黒しか存在しないのだ。


 しかも、その黒さを誇る体や同じく漆黒に染まっている鎌には光沢が一切ない。光を反射せず拒絶しているかのように。


 影を実体化した人形。その言葉が適切だろう。


「名付けるとしたら……『夕闇の傀儡かいらい』、じゃな」


 ディエスミルはそう言った直後、空間を撫でるように手を横に振った。その手のひらからは闇幻素が溢れ出し、ビタッと水濁音を鳴らして地面に落ちた。ドロドロとした黒色が彼女らの足元に広がっていく。


「わらわはまともに戦える戦闘力を持っておらぬ。なんせLv5より上に成長することが出来ないのじゃからな。

 じゃが、傀儡は別じゃ」


 広がった黒の中から傀儡が産まれる。その数は片手では収まらない。30〜40の黒い影と黒い鎌が、まるで地獄から這い上がってきた罪人のように足元の闇から誕生した。


 ディエスミルは手帳を取り出し、『夕闇の傀儡』のLvを確認する。その数値は、驚愕のLv150。もし冒険者だったら、最上級魔法をいともたやすく放てる位のものだ。

 対してゾンビ達は最高でもLv80。おおよそ半分程度だ。


 ここから先の結果は言うまでもない。


「ゆけ」


 ディエスミルは人差し指を突き出してヴィクティマの方に向けた。傀儡達は鎌を肩に担ぎ、ヴィクティマを襲撃する。Lv150の軍勢が1人の少女に襲いかかる、悪夢のような映像だった。


「…………ッ!」


 ヴィクティマも対抗するように指を指しゾンビ達を仕向ける。

 が、何度も言うように傀儡達はLv150。民間人がゾンビになった所で太刀打ちできる相手ではない。結果、傀儡の一方試合となってしまった。


「…………そ……そんなッ!」


 ゾンビを殺しきり、ヴィクティマに迫る『夕闇の傀儡』。その背後では女帝が玉座に座ったまま、あくびをしている。


 ヴィクティマは雷魔法を撃って傀儡達を撃退していく。雷最上級魔法の火力は凄まじく、傀儡達を1〜2発で液状に戻すことができる。

 だが数が数だ。40体近くいる傀儡達を全て倒しきることは諦めた方がいいだろう。


「……仕方ない」


 ヴィクティマは魔導書を天高く掲げ、魔力を込めた。次の瞬間、魔導書を中心に巨大な閃光が発生した。


「…………まさか、さらにゾンビを呼び寄せるのか?」


 ディエスミルは目を覆いながらそう独り言を呟く。が、どれだけゾンビを呼び出そうが無駄なのはヴィクティマの方も分かってるはずだ。


 だからこそ、この魔法を使った。


 ディエスミルが目を開けると、そこにヴィクティマの姿はなかった。


「逃げられたか…………」


 勝ち目がないと判断したヴィクティマは戦闘から離脱した。

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