4章11話『お手伝い』
「それじゃあ、俺はここで失礼します」
丁寧に礼をして退出するグレンに、ディエスミルは手を振った。
ふと視線を落とすと、そこにあったメモにはさっきグレンから聞いた《最終項》の情報が記されている。
「大量のMPとPOWが必要…………か」
ディエスミルのデメリット効果は『Lvが5から上がらない』というもの。実際ディエスミルはLv5に上がってから推し量れないほどの経験を積んできたが、それが数値に直結したことは一度たりともなかった。
『ネクロノミコン』に記されている闇魔法はなんとか使用できるが、これは持ち前の精神力で強引にPOWを上げているからだ。
桁外れのPOWを必要とする《最終項》は使えないだろう。
ディエスミルは改めて《最終項》を見返した。
何度見ても理解できないその文書が、今日は不思議と憎たらしく感じた。自分を使えないのならこのページを開くな、と『ネクロノミコン』が直接言ってきているように感じてしまった。
「それで、後継者を探していると?」
「うむ」
帰り道、ディエスミルは直近の部下とそのような話をした。
「先程も述べた通り、わらわでは『ネクロノミコン』の《最終項》を詠唱できないじゃろう。そうなれば、わらわより優秀な人材を探してその者に明け渡した方がよかろう」
「…………そもそも、なぜそこまで《最終項》にこだわるのですか?あなたが詠唱できる『ローザ・ネグラ』だって、冒険者達がこぞって羨む最強魔法の一種なのですよ?」
「また『あの日』のように外からの来客が来たとして、《最終項》が使えるか否かでは大きく話が変わってくるじゃろ。
グレンがもう一度『紅蓮の太陽』になれるとは限らぬ。今のうちに後継者を見つけておけば、いざ侵略者が現れたとしてもその頃には安定して《最終項》を使えるに違いなかろう」
「ですが…………」
部下が何か言いたげに顔を落とす。ディエスミルはそれに気づいて問いただそうとするが、
「う…………うわぁぁぁあああ!!!」
野太い男性の声が路上に響いた。
2人は顔を見合わせ、声の方向へ走った。
叫び声は近くにあった広場からだ。中央に美しい噴水が設置されている。そこから排出されるように人が次々と出ていった。
人々の悲鳴が輪唱のように広がっていく。
その広場は至って普通だった。凶器を持った人が暴れてる訳でも、人里離れた場所からモンスターが降りてきた訳でもなかった。パッと見ただけではなぜここまでの騒ぎになっているのかわからない。
だが、明らかに異様な点はあった。
女が1人、本を抱いて笑っている。この状況下で逃げ惑う様子もなく満面の笑みを浮かべながらただそこに立っている。
そしてよく見ると、周囲の人はその女から離れるように逃げていた。
文字通り、この騒動の中心というわけだ。
ディエスミルは王冠を外し、それに手を入れようとした。が、まだその女が主犯だと確定した訳ではない。まだ武器をとるには早いだろう。
ディエスミルは一度物陰に隠れ、女の様子を見てみることにした。
「うわぁぁっ!くっ、来るな!」
転んで足を挫いた男が腰を抜かして怯えている。女はその男に容赦なく近づき、恐ろしいほど綺麗な笑みを見せた。
「大丈夫だよ。アタシはあなたを傷つけるようなことはしないわ」
男が一瞬戸惑ったのを見て、女は手を差し伸べた。男はその手を取り、立ち上がる。
どうやら撃つべき相手ではないようだ。ディエスミルはそう胸をなで下ろした。
が、次の瞬間。
「ぐっ……ぐぁ……!」
男が右手を抑えながらもがき始めた。女は本を背中に回し、その様子を楽しそうに眺めている。
男の体の至る所から電気がバチバチと放電されている。まるで雷にでも打たれたかのように。
ディエスミルはその様子を凝視し、手帳にメモした。新手の攻撃魔法か、と勝手に頭の中で割り切ってしまっていた。
実際はそんなに単純なものでは無いようだ。
もがき苦しみ続ける男の手足をよく見ると、末端からじわじわと紫色に変わっていっていることが分かる。血が通っていないように、真っ青に。
男は苦痛の表情を浮かべながら全身をボリボリと掻きむしり始めた。
その状況でも女は笑顔だった。
紫色の侵食は留まることを知らず、手から腕、胸、首、ついに顔にまで至った。そして顔が全て真っ青になった瞬間、男の動きがパッと止まった。
女はその様子を見てうんうんと頷き、男の耳元に口を近づけた。何かささいているのは見て分かるが、その内容までは分からない。
女は2歩後ろに下がり、懐から取り出したナイフをレンガの地面に落とした。カランッと乾いた音が鳴る。男はそれを刮目し、右手で拾った。男はそのナイフの先をじっと見つめ、ディエスミルのいる場所と反対側の道に走った。
まずい、そっちは大通りと繋がっている。あの男は罪のない民間人を無差別に殺すつもりだ。
ディエスミルは王冠から銃を取り出し、弾丸を込める。
そこから1秒も経たずにスコープを覗き、男を狙撃した。
ダンッ!
弾丸は男の背中に命中した。
とはいえ、男はまだ人を殺めていない。それに、女に脅された、そうではなくても女が何かしら鍵を握っている可能性が高い。よって殺す対象にはならない。
ディエスミルが撃ち込んだのは麻酔弾だ。
女は咄嗟に音の方向に振り向いた。その先にディエスミルがいたことは言うまでもない。
ディエスミルはスコープを覗いたまま女に銃口を向けていた。対する女の方も慎重に本を開いた。
女の持つ本が魔導書であることは間違いない。
「その男に何をした?」
「別に、ちょっとお手伝いを頼んだだけですよ」
「それにしては少々手荒じゃないか?男の体から稲妻が走っておったぞ?」
「…………そこまで見られてましたか」
女は魔導書をサッと撫で、バタンッ!と勢いよく閉じた。同時に女の腹辺りから一筋の雷が伸び、ディエスミルを襲った。
「くっ!」
ディエスミルは脊髄反射レベルの速さでスナイパーライフルを盾にして身を守った。プラスチックの銃身の一部がギザギザに溶け、そこから煙が上がっていた。
ディエスミルに直接通れば間違いなく一撃で死ぬだろう。
「私の雷魔法を受け切るとは、なかなかの反射神経をお持ちのようですね?」
「魔法如き防げないようじゃこの世界で長くは生きられんからのぅ」
ディエスミルはそう余裕ぶっているが、実際かなり焦っている。
今のは雷属性最上級魔法・ライトニング。詠唱から発動まで4秒はかかる魔法だ。その代わり魔法そのものの速度は全魔法最速だ。
だが、今女が撃ったライトニングは発動までの時間も恐ろしく早かった。詠唱から発動まで1秒もかかっていない。本を閉じた次の瞬間には雷がディエスミルに食いかかっていた。
ディエスミルは改めてスコープを覗き、女の頭に照準を合わせた。銃口を向けられた女の方も魔導書を開き、臨戦態勢に入っていた。
お互い、和解することは難しいと判断したようだ。
双方共に遠距離武器。ある程度の距離を保ったまま睨み合っている。相手がいつ仕掛けてくるか、その攻撃の隙にどれだけこちらの攻撃を与えることが出来るか、それを何回繰り返せば殺せるか。
そんな計算を繰り返しながら、ゆっくり戦いの火蓋が切られた。




