4章10話『太陽の秘密』
「これが君達の言っていたゾンビ…………」
ティリタが自分の手帳を渡し、撮影したゾンビの画像をラピセロさんに見せた。その画像は戦闘開始直前にティリタがこっそり撮影したもの。さすがにゼロが肉片に変えた後の画像ではない。
「確かに君達の言う通り、雷型の宝石が埋め込まれているな…………」
「それだけではありません」
ティリタはバッグからアラーナ亜種の脚を取り出した。中心部に宝石が埋め込まれたその脚は切り取られてから丸1日経ったにも関わらず新鮮にピチピチと動いている。
まるで生きているかのように。
「これは実際に僕達が倒したアラーナ亜種の脚です。これの持ち主は彼女が頭を吹き飛ばした後でも何事も無かったかのように立ち上がり僕達に襲い掛かりました」
「頭を吹き飛ばした後でも…………か」
ラピセロさんは紙にその話を書きなぐっていた。そうしながら何度も脚を観察している。
「断面から血が出ている様子もないし、脚自体も冷たい。それだけ踏まえれば疑う余地のない死体なのだが…………」
これだけ活発に動いているのを見るとそれら全てが覆ってしまう。まだ何か見落としている点があるのでは?と深読みし、この脚が生きている可能性を探ってしまう。
「これ、少し預かってもいいかな?マスターにも見てもらいたい」
「えぇ、もちろんです」
ラピセロさんは「ありがとう」と言いながら脚をバッグにしまった。
「あぁ、それともう1つ。《ビエンベニードス》のディエスミル氏がグレン君と話したいことがあると仰っていたけど、大丈夫だよね?」
俺と話したいこと……?心当たりがないな。
俺はラピセロさんに頷いた。
が、頭の中にモヤが残った。
「ありがとう。彼女にはそう伝えておくよ。具体的な日程は近日中に伝えられると思う」
ラピセロさんはそう言いながら書類を机でタンタンと整える。そのまま今日の会談は終わった。
《アスタ・ラ・ビスタ》本部から出た俺達は昼食をとるために行きつけのラーメン屋に向かった。俺達は各々自分のラーメンを注文し、テーブルに座ってそれを待っていた。
「ディエスミルさんが俺と話したいことってなんだ?」
「それ私も気になった。なんかしたとかじゃなくて?」
「大丈夫だとは思うけどな……」
意図せずとも何かまずいことをしてしまったのでは?そう思う自分もいる。ただ心当たりはない。心当たりがないからこそ、どこから飛んでくるか分からない怖さがある。
しかも相手はあの《ビエンベニードス》のギルドマスター。返答次第では俺の首が飛ぶかも知れない。
「慎重に対応しないとな…………」
心の底からそう思った。
「呼び出してすまぬのぅ。適当に座るがよい」
後日の所有する建物の一室に案内された俺。畳に座布団といういかにも和を感じさせる部屋は俺に安心感を与えた。
「では、早速本題に入るとしよう」
俺は反射的に肩を上げてしまった。
あぁ……何言われるんだろう。依頼とかくれるだけならそれでいいんだけど…………。
そう俺達が構えている中、ディエスミルさんは意外な一言を放った。
「今日、主らを呼びつけたのは他でもない。あの日のお主の姿…………『紅蓮の太陽』に関して話しておきたい事があるからじゃ」
「………………!」
予想していた内容とは違った。が、それはそれで怖い話だった。いつかはあの姿に向き合わなければいけないと思っていたが…………こんなに突拍子もなく始まるなんて。
「『セラエノ断章』はあるか?」
「え、えぇ」
俺は畳の上に『セラエノ断章』を置き、ディエスミルさんの方に向けた。
「この本には主が使うフレイム、バーニングやその上を往く最上級魔法だけでなく、火属性最強魔法やその他火幻素の正確な性質について事細かに書かれている。学術書としてもこの上なく優秀な程にのぅ」
…………事細かに書かれている?
「そう、なんですか?」
「うむ。旧支配者の言語を読み取れぬ主には分からぬと思うが、ここに書かれている文書はマスターズギルドですら把握できていない事項についても言及されておるのじゃ。さすがは神の本じゃ」
この本は見たことのない文字で書かれている。何度かゼロとティリタと協力して解読してみようとは試みたが、まるで分からなかった。
が、この口振りからするにディエスミルさんはこの文字が読めるらしい。
「まだ解読が完全ではない場所もある。わらわとてこの本の全てを読み解ける訳でもないし、それどころかわらわの持つ『ネクロノミコン』すらまだ半分も読み解けておらぬ」
ちなみにそれはアオイさんにも当てはまるらしい。あのアオイさんですら解読できないのだから俺達なんかに読み解ける訳が無い。
「中でも手こずっておるのがこの部分じゃ」
ディエスミルさんは『セラエノ断章』のページをバラバラバラと捲る。古めかしい魔導書の最後の項に入ったところで彼女の小さく白い手は止まった。
「これは…………」
「ここに書かれていること、どうやら旧支配者の言語をさらに暗号化した上で記されているようじゃ。もちろん、わらわとアオイと《グラシアス》のダゴンが協力しても1文字足りとも読み解けんかったわ」
俺も何度かこのページを開いた事がある。
が、ここは俺も手がかりの1つも掴めなかった。その前の項まではまだ文字に規則性が見えていたが、この項だけはバラバラに乱れている。
特徴的かつ不規則な文字の並びや理解不能な図形が並ぶそのページは開いただけで頭痛がする。
「わらわはこの項こそが『紅蓮の太陽』の詠唱方法なのではないか、と睨んでおるのじゃ」
「なる、ほど……」
確かにここまで徹底した暗号化だと、ここに記されているのは相当強力かつ常軌を逸した危険性を持つ魔法だと考えられる。
だとしたら、『紅蓮の太陽』しか有り得ない。
「そして、これを見よ」
ディエスミルさんは王冠を外してその中から本を取り出した。この黒紫色の革で覆われた本には見覚えがある。これこそが『ネクロノミコン』だ。
彼女は同じようにページを捲り、『セラエノ断章』と同じくらいの所で大きく開いた。
そこに書かれていたのは、『セラエノ断章』と同じ不規則な並びの文字と何度見ても意味を理解できない図形の数々だった。
「同様のページがアオイの持つ『イステの歌』にも見受けられた。言うまでもないが、この3冊は何か近しい物があると見て良いじゃろう」
まぁそうだよな。この魔導書達はそれぞれの対応する属性が一致していないとはいえ、各属性の最強魔法を使用できて、なおかつ同じ暗号で同じ書き方のページが存在するのだから。
「それで、わらわとアオイはこのページに記されている魔術を《最終項》と名付けることにした。『紅蓮の太陽』も《最終項》の一種という事になる」
「《最終項》……ですか」
「今のところ《最終項》を詠唱できたのは主だけじゃ。だから、この事を伝えたいと思うて今日ここに呼んだのじゃ」
そういう事だったのか。
「《最終項》について、何か知っていることはないか?」
「…………強いて言うとしたら、この魔法は旧支配者の幻素を魔道具を介さず直接流し込む魔法であるということ。そして、詠唱には莫大なMPと桁外れのPOWが必要だと言うこと。
俺が知っているのはここまでです」
「…………そうか。それだけでも有益な情報じゃ。感謝するぞよ」
ディエスミルさんはそう言って『セラエノ断章』を返してくれた。それと、情報料としてそれなりの金額をくれた。後で振り返ればまぁまぁな収益だったが、それが頭に残らなくなるくらい先の長い道のりを見た気がする。
俺は『セラエノ断章』を持つ手にグッと力を込めた。




