4章9話『超越した加速』
「弱体化魔法か…………やってくれるじゃねぇか」
体が重い。足が思うように動かない。魔法を撃とうとしても幻素が手に集まらない。
「この弱体化魔法……一つ一つの効果はそこまで大きくはない。けど、全てのステータスが低下している。これは『オールダウン』。そしてそれを使えるのは《呪術師》の上級職、《妖術師》だ」
俺達と同じ上級職か…………。
一見互角にも見えるこの勝負だが、弱体化を食らっている分いくらか俺達が不利だ。
「……どうやら僕には『サイレント』がかけられているみたいだ。マジックアップ、スピードアップ等の魔法行動が一切封じられてしまっている。強化魔法で弱体化魔法を相殺することは出来なそうだ」
ティリタまで封じられたか…………。
あとこの状況を打開できそうな奴といえば……。
「ゼロ。お前なら、《舞踏戦士》特有の強化が入ってるから弱体化を相殺できるんじゃないのか?」
「出来ることには出来るけど…………もう止まっちゃったわ。また踊らないと強化はつかない。でもこんな状況じゃ踊れないわ」
微小とはいえDEXも低下している。ゼロの行動は全て速さが鍵になっている。それを封じられたら元も子もない。
打つ手なしか…………。
そうなると、基本的には待ちの姿勢になる。
《呪術師》系の職業は自分から攻撃することは苦手だ。MPは高いがSTR、POW共に低い為だ。戦闘職の仲間とチームになって行動する事が多い、というかそれが当たり前だ。
もしその戦闘職の仲間が遠距離攻撃を使うならゼロの銃で固定ダメージを与えて対処する。
近距離だったら俺が至近距離から脳に炎を叩き込む。
さぁ、どっちだ…………。
…………………………………………。
……………………。
「仕掛けて…………こない?」
おかしい。俺達の弱体化は完了している。効果が切れる前に俺達を倒すべきではないのか?
仕掛けてこないどころか姿も表さない。それどころか物音1つしない。
「もしかして…………この弱体化魔法の意味が違うんじゃ……?」
「弱体化魔法の意味が違う?」
「もしこの弱体化魔法が戦況を有利にする為のものではなかったとしたら…………。この弱体化魔法そのものが敵の攻撃の核だとしたら――――」
ティリタがそれを言い終わる直前、俺の視界が揺れた。突然の息苦しさと首元の痛さが俺を焦らせる。
「ぐあっ!」
「はぁ……はぁ……捕まえたぞ……魔法使いグレン…………」
「テメェ!離しやがれ!」
俺は首に絡まった腕を剥がそうと藻掻くが、弱体化魔法と相手側の力の強さが相まって思うようにいかなかった。これ以上力を込めると、俺の手は道具ではなく武器と認識され、デメリット効果の対象になる。
俺が男に掴まれて苦しさや腹立たしさに続いて感じたのは、冷たさだ。この男の体はあまりにも冷たかった。コイツもゾンビって訳か…………。
ゼロは男に銃口を向ける。その目も同じく冷たく、感情がこもっていなかった。
「どういうつもり?」
「気づいたんだよ…………わざわざ戦って倒さなくても、こうやって捕まえてじっくり殺せばいい…………弱体化をかければその程度簡単にできる」
ゼロは銃口を向けたまま、俺の方に近づいてくる。今、彼女が何を考えているか分からない。
「おっとぉ……!それ以上近づいたらコイツを殺すぜぇ……?」
男は俺の頭に銃口を突きつけてきた。カチリとなる無機質な音が俺に不快感を味わわせる。
下から見た男の顔は不気味な笑顔だった。目はどこか遠くを見ているような虚無の目だったが、口角だけが三日月のように弧を描いていた。
コイツ、本気だ。下手な真似をすれば本当に殺される。
そもそもコイツらの目的は俺を殺すこと。俺を生かしておく意味なんてどこにもない。
それは俺以外の2人も分かっているはずだ。
分かっているはずなのに――――
「……………………」
ゼロは向かってきた。
「おい!こっちに来るな!本気で殺すぞ!」
「…………………………………………」
ゼロは依然無表情のまま俺に近づいてくる。その銃口は冷酷で、信頼出来る仲間のはずなのに絶対的な恐怖が身体中を巡った。
ダメだ…………ゼロが何を考えているのか分からねぇ。もしかしてこいつ、俺ごと男を撃ち抜こうとしてんのか。そうありもしない想像をしてしまう程、ゼロの表情からは何も読み取れなかった。
「こっちに来るなと言っている!お前も殺すぞ!」
ゼロは男がそう言い終わるのと同時にピタッと足を止めた。やはり自分の命は惜しいらしい。
いつもは「私が死ぬわけないでしょ」と豪語しているが、こんな世界にいる以上死ぬ時は死ぬ。
ゼロもそれを理解できているはずだ。
「よし……そうだ…………そのまま動くな……まずは銃をしまえ…………」
ゼロは不満げな表情を浮かべながら、銃を人差し指でクルクルッと回しそのままレッグホルダーに納めた。
男はそれを見て頷いている。
「よし…………そうだ……そこから動くんじゃねぇぞ」
男は俺の頭に銃を突きつけたまま1歩ずつ後退していく。それを見ていたゼロは全く動く気配がなかった。
だが、彼女は言った。
「まさかとは思うけど…………私達のパーティが3人だと思ってる?」
「なんだって…………?」
男がそう言って眉間にシワを寄せるのも無理はない。実際に俺達は3人なのだから。ゼロは一体何を言っているんだ?
「もし自分の真後ろに伏兵がいたら……とか、考えたことある?」
「何ィッ!?」
男はバッと後ろを振り返った。確かこの後ろは森だ。草や木が大量に立ち並んでいる。そこに隠れている敵を探すのは無理があるだろう。
というか……伏兵なんて俺も聞いていないぞ?
そう思っていたその時。
ダダダダダダダッ!
「あなた、バカなの?」
ゼロの銃から放たれた7発の弾丸は男の肘辺りに縦1列に命中した。腐りかけの腕にはその7発で十分だったようで、俺を捕えていた障壁が俺の目の前でグチャッと墜落した。
「やっ…………やりやがったな……!」
男は黒く歪な形をした禍々しい杖を取り出した。後にティリタが言っていたが、あれは特殊なクエストをクリアすることで入手できる杖らしい。主に呪術師が用いる。
「まだ弱体化は切れてないはずだ…………お前がもう一度捕まるのも時間の問題だ……!」
男は息を切らしながら震えた手で杖を持っている。コイツ、まだ自分に勝機があると思ってるんだろうな。
「えぇ…………弱体化は切れてないわ。弱体化はね」
次の瞬間、ゼロは軽快に走り出した。彼女のその姿は弱体化なんてどこにも感じさせない、むしろ強化魔法を使われたんじゃないかと思うほどのものだった。
だが、俺はまだ体が重い。弱体化が切れていないのは確かだ。なら、なぜ彼女だけあんな軽々と動ける?
理解しきれていない俺に、ティリタが解説した。
「弱体化魔法は切れてないけど、僕のサイレントは切れている。僕がゼロにスピードアップを使って弱体化を相殺したんだ」
なるほど…………弱体化魔法にばかり気を配ってサイレントの事を考えてなかったのか。
本当に馬鹿なヤツだ。
そしてゼロがスピードを取り戻した、ゼロがいつも通り動けるようになった。これが何を意味しているのか、もはや語る必要は無い。
ダダダダダダダダダダダッ!
ゼロは怯んだ男の全身に『アクセル』を叩き込む。そして《舞踏戦士》の特徴で上昇したDEXとSTRを最大限利用し、男に接近して頭に回し蹴りを叩き込む。
男は杖で小突いて反撃しようとするが、既にそこにゼロはいなかった。
ゼロは背後からもう1回『アクセル』を行う。そして男が振り向くより早く迫り、目に見えない速さでキックのラッシュを行った。
もう男の体はボロボロになっている。
トドメにもう一度、『アクセル』を叩き込んだ。
そしてまた男に迫り、高く飛び上がった。
そのままゼロは右脚を大きく上に上げ、落下しながら男の頭目掛けてかかと落としを食らわせた。
グチャッ!
穴だらけになっていた男の体はゼロのかかと落とし一撃でいとも容易く砕け散った。
彼の体のどこに雷型の宝石が埋め込まれていたか、そんなこと今となってはどうでもいい。
そこにあるのは死体でもなんでもないただの肉片なのだから。
これがゼロの新しい切り札。
従来の『アクセル』と《舞踏戦士》特有の能力上昇を加え、さらにゼロ本人の身体能力がそれらを加速させた奥義。
後にこの技は『オーバーアクセル』と名付けられた。




