4章8話『鋭利な事実』
「派手にやったなお前……」
ゼロが殺したアラーナ亜種の死体。それに欠けているものを羅列していこう。
まず頭。ゼロの全力のかかと落としで跡形なく消し飛んだ。恐ろしい。
それと脚が2本なかった。ハイキックで吹き飛ばしたとの事。確かにゼロの言う方向に脚があった。
あとは腹の肉や鎌の一部もいくらか消し飛ばされていた。
いくらアラーナとはいえこの有様だ。ゼロはとんでもねぇ役職を手に入れちまったみたいだ。
ゼロは返り血を拭くことすらせず、アラーナ亜種を切開している。まぁ肝を採取しているんだろうな。
「それにしても巨大な個体だ。どうやってここまで大きく育ったんだろう?」
「確かに。この辺には天敵のニュートもいるんだろ?よくこんなになるまで生き延びたな…………」
相手がゼロじゃなかったら、甚大な被害が出ていただろうな。
「あ、そうだグレン。帰ったらお金貸してくれない?」
はい出た。
「何に使うんだよ」
と俺がいつも通り問うと、ゼロは「周りを見てみろ」と言わんばかりに手を広げた。
グロテスクなアラーナの死体があるだけで特に何も違和感を憶えなかったが、よく目を凝らしてみると彼女の意図が見えてきた。
「あ〜……こっちも派手にやってるってわけか」
ゼロは頷いた。
辺りに転がっていたのは無数の弾丸。アラーナ亜種の装甲に弾かれたものや単純に外した物もありそうだ。それが結構な数ある。
何も知らない人がここを通ったら木の実かなにかと間違えそうだ。
「500発以上は撃ったわ。あと残ってるのは50発くらいかしら」
「なるほどなぁ……」
あの戦い方、決まればかなり強い。ゼロ本人のダメージも少ないし、今回はゼロが単騎で乗り込んだが、あそこに俺やティリタが加われば相当な火力になるはずだ。
だが、財布へのダメージが尋常じゃない。
弾丸や砥石など、戦闘に使用する消耗品は《アスタ・ラ・ビスタ》がある程度支給してくれる。とはいえ、支給される弾は拳銃なら月5箱。1箱に10発だから大体50発くらいだ。
普通はサブ武器として拳銃を使う程度だからそれで1ヶ月は割と余裕だが、銃をメインに使う冒険者、特にガン=カタによって弾薬を大量に消化するゼロは大体1日で使い切る。
弾薬は、マスターズギルド公認店なら1箱200G。弾薬1発あたり20Gだ。《ビエンベニードス》製とかの良質なものだともう少しする。
つまりゼロは今の戦闘で10000G以上消費したことになる。
俺達のクエスト報酬は大体1回8000G。2000G負けてる。
弾代はマジで馬鹿にならない。
ティリタはアラーナ亜種の死体を撮影し、体を調べ始めた。
それを見つけるまで、さほど時間はかからなかった。
「待って……これは!」
「どうした?なんか見つかったか?」
「みんな離れて!!」
ティリタがそう叫んで後ろに走る。俺達もそれに合わせて後方に引いた。
そんな中、アラーナ亜種の死体はゆらゆらと揺れ始める。もちろん、戦車ほどある巨体が風程度で揺らぐわけが無い。
次の瞬間、アラーナ亜種は立ち上がった。
「なっ…………!」
俺は慌てて手袋をはめ直す。ティリタはもう一度叫んだ。
「向かって右、前から3番目の足だ!その足を吹き飛ばしてくれ!」
その情報が耳に入った頃には既に俺の手から火球が放たれた後だった。俺は『セラエノ断章』で炎を操り、アラーナ亜種の足を消し飛ばした。
頭がないから断末魔を上げることもなく、そのままアラーナ亜種は倒れた。今度こそ、正真正銘の死体と化した。
「おい……今のって!」
ティリタは消し飛ばした足を回収し、写真を撮る。そしてその足を俺達にも見せつけた。
「間違いない……頭を潰されても立ち上がる生物なんて前世にも現世にもいないよ。あのアラーナ亜種は生物じゃなかったという訳だね」
その足には雷型の宝石が埋め込まれていた。
足はまだ生きているかのようにカクカクと動いている。
「宝石が埋め込まれてさえいれば、足1本でもゾンビ化するようだな。というかそれ以前に人間以外もゾンビ化できるのか」
「僕もその点に驚いた。ただあのアラーナはあくまで生前の行動を行っているだけで、グレンを狙っているような様子はなかった。人間以外を直接的に操ることはできないのかも知れないね」
なるほどな。ゾンビ化させるだけさせといてあとは個々の本能に任せてるわけか。それなら人間を操った方が良さそうに思えるのだが…………。
「とりあえず、これは重要なサンプルだ。バッグに入れておけば腐敗しないだろうし、このまま持ち帰ってラピセロさんに提出しよう」
「そうだな」
と、俺がその足を受け取った。特に何一つ警戒することもなくその足をバッグに収納しようとした…………が、ある事に気づいた。
「なぁティリタ。この足に何かしたか?」
「何かって…………何を?」
ティリタは首を傾げている。嘘をついている様子はなかった。
となると、これは…………。
「ティリタ、これ妙に温かくないか?」
「…………確かに。グレンが火魔法を使ったからという訳でもなさそうだし、元から温かかったと見るべきだね」
「私の弾丸であったまったとか、そんなんじゃなくて?」
「うん。この部位、弾丸がどうとか以前にかすり傷一つないんだ。弾丸のせいとは考えにくい」
そうだよな……。
でもあと他に死体を温める方法なんてあるか?
……………………。
…………。
……。
「待てよ………………」
俺はバッと振り向き、アラーナ亜種の死体を見た。死体の頭部からは緑色の血液が飛び散っており、脳みそもぶちまけられている。
「…………そういう事か」
俺は何か踏み入れてはいけない闇に片足を突っ込んだ気がする。だが、この事実は2人に伝えなければいけない。
俺は意を決して、口に出した。
「もしゼロがアラーナ亜種を殺した時点まで、アラーナ亜種が生きていたとしたら?」
「どういうことだい?」
「俺達はアラーナ亜種が死体を利用されたゾンビだとばかり思っていたが…………もしゼロが殺したタイミングでゾンビ化したとしたら、死体が温かい説明もつく」
さっきまで温かい血が流れていたんだからな。
「それに、あれを見ろ。アラーナ亜種の頭部から血が出ている。以前ゾンビの男と戦った時、奴は出血しなかったよな?」
2人は思い出したように目を見開いた。
「つまり……何者かが生きているアラーナ亜種に宝石を埋め込み、野に放つ。そしてそのアラーナ亜種が死んだ時に宝石の力でゾンビ化する…………という工程なわけだ」
「今回はモンスターだったから分からないけど、もし同じ工程を人間に行っていたらどうなってしまうのだろうね」
「もしその状態でも操ることが出来たら…………って考えると何を信じていいか分からなくなるわね」
「今はまだ情報が少ない。他のゾンビを探して情報収集しねぇと」
2人は俺の意見に頷いてくれた。
俺達は改めて森の中を進み始めた。
時折気になってアラーナ亜種の足を取り出してみると、まだ元気にピチピチと動いていた。宝石を破壊しない限り永遠に続きそうだ。
そう考えながら進んでいた時。
突然体がグンッと重くなった。
「これは……弱体化魔法だ……!」
近くに敵がいる。




