4章7話『一筋縄』
うっそうとしげる草木、陽の光がほとんど届かないほど育ちきった葉っぱ達。森は俺達を歓迎しているようには見えなかった。あくまで俺達を拒絶しているようだった。
それが敵対心によるものか、はたまた警告の一種か。俺達には分からない。
俺達がこの光景を見るのは2回目だ。
少し前にニュートの討伐クエストを受注した時にここに来た。その時出会ったゾンビのような男、その調査も兼ねてこの地へ帰ってきたのだ。
一応、本来の目的はアラーナ亜種の討伐となっている。
ティリタは手帳に内蔵されている地図を見ながら森を進んでいく。
「この先をもう少し進めば、以前僕達があの男と出会った場所にたどり着く」
ティリタは冒険の途中で何か重大な出来事かあったら地図にその位置をマークする癖がある。大抵は何の意味も成さずに忘れ去られていくが、こういう時は凄く強い。
「確かその近くにアラーナ亜種の巣があったよな、1回そこに向かって何も無かったら巣の方に向かおう」
「そうね。今優先すべきなのはゾンビの方だもの」
「同じ場所にいるとは限らないけど、あてもなく探すよりかは前に会った場所にいた方がいいだろうね」
そう話し合い、俺達は1度あの場所へ行くことになった。
暗い森の中にぽっかりと空いた光の穴。周りの木々の何本かは相変わらず表面が溶け、ただれている。そしてその光の穴の真ん中には――――
「…………!!」
あの男が寝そべっていた。
いや……寝そべっていた訳ではない。
「こいつ…………もう動かねぇのか」
男は俺が雷型の宝石を破壊した直後、そのまま死体へと逆戻りした。その死体がマスターズギルドに回収されず、そのまま残っていたようだ。
男の死体は既に腐敗が始まっており、動物についばまれたような跡もある。体の至る所から骨が見えていた。
「あれからいじられたような形跡もないわね。もうこの男から得られる情報はないんじゃないかしら?」
「そう、だな……。まだ動けたなら『ヴィクティマ』とやらについて聞こうと思ってたが……それも叶わぬ夢か」
そう思い、死体に手を合わせたその時。
「クルキャァアアア!!」
少し離れた場所から威嚇のような鳴き声が聞こえた。咄嗟にその方向を向くと、その先にいたのはアラーナ亜種。それだけならまだ何の問題もなかった。以前1匹倒しているからだ。
特筆すべきはそのサイズだ。
「おい…………こんなのアリかよ!?」
俺の額から冷や汗がひとしずく垂れる。ティリタも口を抑えて震えている。
「こんな…………こんな巨大な個体、過去の記録にはない!」
俺達の目の前にいるアラーナ亜種は首をカクカクと動かして手を擦っていた。8つある目が黒くギラギラと光っていて不気味だった。
だがそんなことはもはやどうでもいい。ティリタも言う通り、問題はその規格外の大きさだ。
通常、アラーナはどれだけ大きくてもせいぜい車くらいの大きさだ。そしてそれはアラーナ亜種にも同じ事が言える。
だが、目の前にいるアラーナ亜種はそうではない。例えるとしたら大型トラック…………いや、戦車よりも大きい。
もちろんアラーナのメインウェポンである手の鎌も、体のサイズに比例して巨大化している。もはや鎌と呼んでいいのかすら分からない。
「これは…………一筋縄じゃ行かねぇな」
そう思っていた時だった。
「いいタイミングね。ちょうど踊りたい気分だったの」
ゼロが俺とすれ違い、銃を抜いた。
「……何言ってんだ?お前」
「忘れてないでしょ?私は《舞踏戦士》よ」
舞踏戦士は武闘家の上位職。
と言っても、武闘家には上位職が2種類ある。申請時に選択出来る2パターンの職業。
その2つとは《格闘家》と《舞踏戦士》だ。平均的なステータスは《格闘家》の方が高くなる傾向が強い。というか、《舞踏戦士》の方を選ぶ冒険者はかなり少ない。
それでもゼロが《舞踏戦士》を選んだ理由…………それは彼女の戦闘スタイルに大きく関わっている。
ゼロはアラーナ亜種に一礼をし、宣言した。
「ただいまより死刑を執行します」
彼女の両手にぶら下がる2丁の拳銃。それをグッと握りしめたゼロはまず2発アラーナ亜種に撃ち込んだ。その後ろへの反動を利用して体を一回転させ、さらに攻撃を繰り返す。
「クルキャァアアアアア!!」
アラーナ亜種はゼロの首を刈ろうと鎌を振りかざす。ゼロは横から飛んできた鎌を一瞬見て、高く飛び上がった。
ゼロの体は空中で一回転し、そのまま鎌を乗り越えた。さらにゼロの攻撃は続く。
先程より速くなったゼロの銃撃はアラーナ亜種の頭に的確に刺さる。スピードと正確さを兼ね備えたガン=カタは戦車なんかよりよっぽど強力だ。
「ハァッ!」
ゼロは残像が見えるほど速い足の回転でアラーナ亜種の側面に回った。そのまま柔らかい脇腹を狙い、的確に銃撃を与えていく。
1秒間に20発。アサルトライフルなんかの比にならない発射数だ。
ゼロがアサルトライフルをあまり使わない理由として、結局の所『アクセル』を行えばアサルトライフルより速く撃ち込める点が上げられる。
「クルキャァァァアアアアア!!!」
アラーナ亜種は尻から糸を発射した。ゼロの動きを止めて確実に狩るつもりだ。
「ゼロ!」
とっさに体が動いた。気づいた頃には既に右手に炎を充填し始めていた。
だが、彼女は言った。
「演目中に部外者がステージに上がるなんて言語道断よ」
ゼロにそう釘を刺されたその瞬間、今の現状がスッと理解できた。
そうか、これはゼロが主役の舞。この巨大なアラーナ亜種でさえ、ゼロからすればただの脇役でしかない。
アラーナ亜種が放った糸はゼロにまっすぐに飛んで行った。が、ほとんど無意味な行動だった。
ゼロはその糸を避けようともせず、左手に握る銃をしまった。そうしている間にゼロの体に糸が巻き付き、彼女の右腕と胴体は木に貼り付けられた。
ほんの2秒だけ。
スパッ。
ゼロが糸に手刀を落とすと、糸は見事なまでに真っ二つに割れた。後に聞いた話だが、アラーナ亜種の糸は獲物を捉えたら即座に固まってしまう。それこそ弾丸すら傷1つ付けられずに弾かれるほどに。
それをゼロは手刀で叩き落とした。
これは一体………………。
「そうだ……《舞踏戦士》と言えば!」
ティリタが思い出したかのように手を叩いた。
「なんだ?ティリタ。なんかあるのか?」
「《舞踏戦士》は《武闘家》の下位互換。巷ではそういう位置付けになっている。…………でも、ある条件を満たせば、その常識は覆る」
「ある条件…………?それは何だ?」
ティリタは至って真面目な表情で答えた。
「踊ることだ」
「踊る……?」
「《舞踏戦士》は、攻撃し続けるとステータスが上昇していく。その特徴とゼロの戦闘スタイルが見事に合致したんだ」
そうか…………。
途中からゼロが加速したように見えたのは、動き続けたことでゼロのDEXが上昇して単純に足が早くなったから。意図的に加速していた訳じゃないのか。
「でも……確かにその利点があって最初は《舞踏戦士》を選ぶ人も多い。でも、大体はすぐに《武闘家》に転職してしまう。ステータスの上昇に自身がついていけない……要するに制御できないからだ」
なるほど。
速すぎる車はカーブを曲がれない。
握力が高すぎる人は意図せず物を破壊してしまう。
強さとは、いかに力を制御できるか。
それが出来ない奴は力があっても強くない。
「しかし今のゼロは、力を完全に制御している…………まるで当たり前かのように」
俺達の視界にいるゼロはその素早さでアラーナ亜種を翻弄している。ゼロにしては珍しく、距離を詰めてハイキックを仕掛ける様子も見受けられた。ハーフパンツからすらっと伸びた白く長い足、そこから繰り出される速く重いかかと落とし。
人間が食らったら痛みを感じる前に死んでいるところだろう。
「ゼロはなぜ、ああも容易く《舞踏戦士》に適応できているのだろう…………」
「なんでってそりゃあ……」
論理的に考えるティリタには分からないだろうが、答えはシンプルだ。
「ゼロだからだろ」
「………………え?」
案の定、ティリタは困惑している。
「あいつは力を制御してるんじゃねえ。制御する必要がねぇんだ。力を上から抑えつけてコントロールするんじゃなくて、自分が力を全て飲み込む。力が自分を追い抜いていくなら、自分が力に追いつく。それが出来るのがゼロという女だ。
俺は最初、一筋縄ではいかないと言ったが…………違った。あいつはそんな苦難を強引にぶち壊す、最強の一筋縄なのさ」
「…………最強の一筋縄、か」
俺達は改めてゼロを見る。既にアラーナ亜種の腕は1、2本吹き飛んでいて、体も穴だらけだった。フラフラになって地面に倒れ込んでいるアラーナ亜種の頭の上には、ゼロのかかとがあった。
ゴグチャアアアッ!
アラーナ亜種の頭は文字通り消し飛んだ。緑色の血液が一面に飛び散り、地面に粘りついた。
「ふぅ、強敵だったわね」
よく言うぜ。
お前は傷1つ付いてねぇくせによ。
俺はフッと笑い、ゼロの方に駆け寄った。




