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4章6話『危険な調査』

 ラピセロさんが万年筆を素早く動かしている。テーブルの上に並べられた3枚の書類を同時進行で、スピーディーに、かつ丁寧な字で処理していく。立体的に動く万年筆が見ている俺達にも爽快感を与えた。

 そして突然ピタッと動きを止め、言った。


「よし、書類が全て書き終わった。これで君達は晴れて上級職に就職できた」


 ラピセロさんから言われたその一言に俺達は思わず顔を見合わせて笑みをこぼした。それを見たラピセロさんも優しく笑って頷いている。


「ありがとうございます」


 俺達はラピセロさんに礼をする。彼は微笑しながら書類をトントンと机で整えた。


「じゃあこの件はこれで一件落着ということで…………」


 ラピセロさんは書類をしまい、1冊のノートを取り出した。そして万年筆にインクを少しつけ、俺達の目を見た。


「話してもらおうか、先日のこと」


 彼の表情が一変した。

 そこにいたのはギルドの上層部に立つものとしての責任に溢れた男性だった。興味本位でその話を聞いている訳では無い。それはすぐに分かった。


「動く死体……それが君達の殺した敵の正体なんだよね?」


「えぇ」


 俺は頷いた。2日経った今でも鮮明に覚えている。あの不死身の男と、彼が連呼していたヴィクティマという名前…………そして、そのヴィクティマから男に下されたグレンを殺せ、という命令。

 あまりの情報量に理解が追いついていなかった。


「この間のニュート討伐クエストの目標達成後、ふらふらと現れた男に発砲された。そして彼の目的は君を殺すことだった……。そしてその男はゼロが銃弾を頭に撃ち込んでも死ななかった、と。ここまではエスクードから聞いている」


 あのクエストの後、すぐにその旨についてエスクードさんに報告した。そのおかげでラピセロさんまで迅速に情報が伝達されたというわけだ。


「カダベルの寄生も無いと聞いたが?」


「はい。以前カダベルと対峙した時、水がよく効いたんです。が、その男に水魔法を放っても特にこれといった効果はありませんでした」


「なるほど……」とラピセロさんはノートに万年筆を走らせる。


「それと、その男は君を殺すように命令されていたとの事だが、何か恨まれるような心当たりはあるか?」


 恨まれるような心当たり、か…………。

 《エンセスター》、『アンティゴ研究会』、『血塗られた舌』…………それらの生き残りだとか、今までクエストに関わってきた人や俺をよく思っていないであろう他の冒険者……。

 後は……ニグラスにはいないだろうが、前世で俺に殺された悪人達………………。


 上げだしたらキリがないな。


「確信を持てるものはありませんが、今まで恨まれるような事をしてきたという自覚はあります」


「そうか…………。だが、ただの嫉妬や逆恨みで君を殺そうとしてくるようなことはないだろう。重大な何かが隠れている、私はそう思う」


 そうだよな、と俺が納得しかけた所でティリタが手を挙げた。


「あの……これは僕の憶測だし、その人達の名誉にも関わる事なのであまり口外してほしくはないんですが、よろしいですか?」


「あぁ、構わない。何か心当たりが?」


「心当たりというか……もし本当にグレンがただの嫉妬や逆恨みで殺されそうになっているとしたら、とふと考えたんです。

 彼はここ最近で恐ろしい程の成長を遂げました。デメリット効果で一部の攻撃が制限されているにも関わらず、彼は出来ることを全力で行い、数多くの悪を駆逐してきました。

 このことをよく思っていない冒険者は多いはずです」


「そうだろうな。グレン君にはたまたま前世の知識と技術、そして天運があった。それが無い者からしたら気に入らないだろうな」


「でも、言ってしまえばちっぽけな嫉妬。それだけでグレンを殺そうとは思わないはずです。それを出来るということは、その人は死を軽んじている。つまり、死を経験したことがない人」


 ラピセロさんはティリタより早く答えを言った。


「現地人、もしくは1度も死んだことの無い転生者による犯行の可能性が高いというわけか」


 ティリタは頷いた。


「現地人からすれば何度も生き返れるという時点で転生者に劣等感を感じているかと思います。現地人であるあなたなら多少なり考えたことはあるはずです」


「確かにな。転生者はデメリット効果と引き換えに何度でも蘇るという特権を持っている。現地人が戦闘職に就いて食べていくにはその溝を埋めるための努力や才能が必要だ」


「それに、転生者は元罪人である事が多いです。それが正義の為とはいえ、その手で人の命を終わらせた経験のある人もそう少なくありません」


 ティリタの話を聞いて改めて考えた。確かにこの世界、現地人にとっては生きづらい世の中だろう。

 現地人が血の滲むような努力をしてやっと転生者に肩を並べることが出来る。例え命懸けで戦って勝利したとしても、転生者は同じことを容易く成し遂げる。

 トドメに、その転生者は人殺しと来た。

 現地人の憶える屈辱は相当なものだろう。


 もっとも、こうして現地人に寄り添って彼らの気持ちを考えてみたとしても、現地人からすれば僻みにしか聞こえないだろう。


「何も現地人に罪を擦り付けるわけではありませんが、以上のことから可能性は高いと思います」


 ラピセロさんは腕を組んで「うーむ」と唸っている。彼も現地人、何かと思う所があるのだろう。


「仮に今ティリタが言った事が全て当たっていて、犯人が現地人だったとしよう。…………そう考えても、1つ疑問が浮かぶんだ」


「と、言いますと?」


「グレン君が名指しで狙われている理由についてティリタは、『ここ最近で飛躍的に成長し、且つ転生者であるから』と言ったけど…………だったら、なぜアオイさんやアルマドゥラ氏を狙わない?」


「…………確かにそうですね。転生者が憎いなら、転生者最強格のその2人を狙えばいい。わざわざグレンをピンポイントで狙う必要なんてどこにありませんね」


 ゼロの言う通り。

 俺自身、なぜ俺が狙われているのかが分かっていない。ラピセロさんとゼロの話を聞いてその謎はさらに深まった。


「それに、君達が見たと言うゾンビのような男の情報も少なすぎる。もう少し調査を進めないと上層部には話を持っていけなそうだ」


 そうか…………そうだよな。

 目撃者は俺達3人だけ。ましてや前例もない。自分で言うのもなんだが信ぴょう性がある話ではないか。


 …………だとしたら


「だとしたら、俺が調査しに行きます」


「なっ…………!」


 ラピセロさんは口を中途半端に開けた。


「大丈夫なのか?そのゾンビは君を狙っているんだぞ?」


「だからこそですよ。連中が俺を名指ししている以上、他の人に危害を加えるとは思えません。だったら俺が自ら囮になって調査するしかありませんよ」


「…………ちょうど、こないだのニュートのクエストの場所と近い所でアラーナ亜種の討伐クエストが貼られている。それに行くといい」


 ラピセロさんは彼の手帳を見せてくれた。

 そこには彼の言う通り、アラーナ亜種の討伐クエストについて書かれていた。


「私は仕事があるから同行できない。ゾンビを発見し次第、写真か動画かを撮って私に送ってくれ」


 ラピセロさんの真っ直ぐな目が俺に突き刺さる。


「分かりました」


 必ず真相を明らかにしてみせる。

 俺はそう決意して拳を握った。

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