4章5話『ゾンビの殺し方』
「テメェ……なんで立ってやがる!」
ゼロの弾丸は間違いなくコイツの頭を撃ち抜いた。それは紛れもない事実だ。だが、コイツが今俺達の目の前にいるというのもまた事実だ。
そしてその2つの事実は両立してはいけないものである。
「この体はヴィクティマ様のものだ。ヴィクティマ様が望まぬ限り、俺が死ぬことは無い」
「また……ヴィクティマか」
何度同じ名前を聞いただろうか。
どういう理屈かは知らないが、少なくともヴィクティマとか言うやつがコイツに能力を与えたらしい。頭を撃ち抜かれても死なないような、強力な力を。
もしくは…………あのモンスターの力だ。
「本当ならお前らもヴィクティマ様への忠誠を誓って永遠の時を手に入れるべきだが…………ヴィクティマ様は仰った」
グレンを殺せ、と。
「どちらにせよ、そんなヤツに俺を捧げるつもりはねぇ。俺は俺のもんだ」
俺は右手に幻素を蓄積し、勢いよく放った。
「アクア!」
アイツが不死身になっている可能性、未知の能力以外にも1つある。そしてもし俺の仮説通りなら、アイツにはアクア……もっと言うなら水が効くはずだ。
俺の手から放たれた水魔法はバシャッ!と音を立てて男に衝突する。幻素のこもった水を浴びればいくらなんでも堪えるはずだ。
それにもしアイツの不死身がモンスター…………カダベルによるものだったら、水が有効打になるはずだ。
……しかし。
「驚いたな。火魔法だけでなく水魔法まで、しかもこの威力で撃てるとは。いわゆる『プリズム』と言うやつか?」
全く効いていないようだった。
多少のダメージにはなっているはずだが、決定打にはなっていない。
「チッ!カダベルの線は消えたか…………」
俺が舌打ちすると、男は弾丸をリロードし始めた。男の攻撃がまもなく始まるという合図だった。
「他に考えられる要因…………何がある?」
ティリタがそう問うが、何も思いつかない。カダベル以外に人間を不死身にする方法なんて見たことも聞いたことも無い。
「……考えても仕方ないわ」
ゼロが銃をクルクルッと回した。
「要するに、二度と立ち上がれないくらい叩きのめせばいいんでしょ?」
ゼロは地面を蹴り、回転しながら男に銃撃を与えた。ダダダダダダダダダッ!ちょっとやそっと動いた程度じゃゼロの掃射攻撃は避けられない。
「くっ…………!」
今度はあからさまに苦しそうな表情を浮かべた。ヤツの顔に曇りが見えた。
肩、腹、脚は既に穴だらけになっている。その部分だけ削り取られたように真っ黒い空洞になっている。
……………………空洞?
「そうだ…………なんでアイツ、血が出てねぇんだ?」
俺がそう言うと、隣にいたティリタが目を見開いた。
こうしている間も、ゼロと男の銃撃戦は繰り広げられている。被弾数は男の方が圧倒的に多い。ゼロもかする程度には何発かもらっている。 が、ゼロは傷口から出血して紅く染まっているのに対し、男の体からは一滴たりとも血が滴っていない。
これは一体どういう訳だ?
「…………まさか、死体を再利用しているのか?」
ティリタが呟いた。
「どういうことだ?」
「ヤツの傷口からは血が出ていない…………それどころか汗もかいていないし、血色も悪い。代謝が止まっていることは明らかだ。代謝が止まっていて、なおかつ不死身……ゾンビのようなものじゃないか、と僕は思うんだ」
「死体をカダベル以外の何らかの方法で動かしている…………もしくは死体自身に動ける力と意志を与えたというわけか」
ヴィクティマ様とかいうやつを信仰しているように見える辺り、後者だろうな。
「へへへっ……よく見抜いたな」
「図星というわけか」
男は「あぁ」と頷く。
そして服をめくって自分の腹を見せた。男の腹には雷のようなギザギザした宝石が埋め込まれていた。
「この雷の印が我が忠誠心の現れ!この雷の印が我が生命の源!この雷の印こそがヴィクティマ様の力!この印の前には死すらも意味をなさない!」
男は両手を広げて高笑いしている。
死すらも意味を成さない…………か。果たして本当にそうかな?
アイツも馬鹿だ。自分から弱点を公開するなんてな。
「ゼロ、ティリタ。やるべき事は分かったか?」
俺は2人を見た。彼らの目は頼もしく、かつ覚悟に満ちていた。この時点で俺達の勝利は確定した。
俺は右手の人差し指を男に突き出し、少し首を右に傾けて言った。
「ゲームオーバーだ」
俺はそのまま右手を素早く開き、火球を放った。
男はフッと体を横にずらしてそれを回避し、反撃に2発発砲した。
俺は体を後方に逸らして銃撃を回避する。
さらに横から、攻撃を停止していたゼロが再起動した。飛び交う銃弾が俺の方にまで飛んできた。それだけ彼女は夢中になっているというわけだ。
しかし、死体とはいえ男の銃の腕前も目を見張るものがある。ゼロが連射、瞬間火力、的確さに特化しているとしたら、この男は攻撃までのスピード、反射神経、応戦技術が秀でていると言えるだろう。
どんな状況下でもその場の最適をすぐに見つけ、その最適を最速で行う。並大抵の分析力では行えない行為だ。
それが分かっているからこそ、俺達も全力で応戦している。
「アクア!」
俺はもう一度アクアを放った。しかしこれは攻撃が目的ではない。
今まで何度も使ってきたが、アクアは工夫すれば水を氷に変化させることも出来る。その氷は頑丈で、銃を撃った程度では砕けない。
そうして足止めすることが出来れば、あとは相棒が何とかしてくれるだろう。
水は男の足にまとわりつき、下からゆっくり凍り始めた。透明な水がだんだん白くなっていく様子には静かな絶望感がある。
「氷で足止めしようってか……」
今までゼロと交戦していた男は一瞬その銃口を足元に向けた。
ダンッ!ダンッ!
男は足元の氷に銃を撃つ。するとどうだろう。驚いたことに、頑丈なはずの氷がバキンッ!と音を立てて割れてしまった。
完全に凍る前に銃を撃ち込むことで足止めを回避したという訳だ。
「…………チッ!」
まさかこれが防がれるとは思ってなかった。相変わらずゼロと男の交戦は続き、銃声がいつまでも鳴り響いている。
「へへへっ……お前もなかなか良い銃さばきをしているな。ま、俺よりは劣るがな」
「笑わせないで。この世に私より銃が上手い人なんていないの」
ゼロはさらに加速して弾薬を消費し続ける。以前弾切れで敗北して以来弾数には気を配るようになったが、それでも長期戦は出来ない。
弾数以前にゼロの体力が持たないからだ。
…………多分行ける。いや、行くしかねぇ。
俺は『セラエノ断章』を開いてそのページを優しくなぞった。
アイツは本当に馬鹿だ。そして本当に運が悪い。
あんな風に弱点を晒していなければ、そしてあんな風に俺の攻撃を避けなければ、アイツは俺達に負けることはなかったはずなのに。
さっき撃った火魔法はフェイク。男の注意が完全にゼロだけに向けられた瞬間、俺は『セラエノ断章』で炎を操って男を討つ予定だった。
そして肝心の男の殺し方だが、よっぽどの鈍感じゃない限り気づいているだろう。
あの雷型の宝石を破壊することだ。
「ぐっ…………ぐぁあっ……!」
炎は男の脇腹を的確に焼き焦がし、埋め込まれた宝石をも溶かさんとする。
「ヴィ…………ヴィクティマ様……!ヴィクティマ様…………!!」
男は最後までそう叫びながら、元の死体に戻った。




