1章12話『採取クエスト』
僕は本を読んでいた。
多くの本に囲まれた机で、コーヒーをすすりながら、本を読んでいた。
本は人と違い静かだ。
静かに僕に主導権を握らせてくれる。
僕が先を読むことを望めば、この本は続きを僕に教えてくれる。
僕が先を読むことを拒めば、この本が僕に続きを告げることはない。
僕がこの本を引き裂けば、この本は抵抗することなく僕の手の中でバラバラに散る。
とても素晴らしいことだ。
本には未来を切り拓く力がない。
過去の伝承を今に繋げることしかできない。
でも僕は違う。
僕はこの世界に未来と正義をもたらすことができる。何よりも素晴らしい理想郷を生み出すことができる。
僕以外の全ては本だ。
その場しのぎの今を重ねるだけで精いっぱいの全ての生物は、僕に未来を委ねるべきだ。
この世界は僕に始まり僕に終わる。
僕こそが起源であり、僕こそが終焉。
それ以外は全て本だ。本であるべきなんだ。
もしそれを拒否するのだとしたら、それは止めなくてはならない。
僕に未来を委ねるように誘導しなければならない。命という名の本を読めるのは僕だけなのだから。
破れない本は破れるまで力を込める。
それが未来を作り出す方法だ。
…………それにしても、なんだか外が騒がしい。
僕の読書を邪魔するつもりなのか?
バタンッ!
勢い良く僕の部屋の扉が開いた。
「マ、マスター!」
「どうした?騒がしいぞ」
「そ、それが…………」
僕の部下が見せてきたのは、1枚の写真だった。
「これは?」
そこに写っていたのはゴブリン…………おそらくこれを飲んだ男が、逆にこれの力に飲み込まれた成れの果てだろう。
僕は小さな赤いカプセルを眺めた。
問題はその男の状態だった。
体中がボロボロに欠け、辺りは緑色の血に塗れている。ところどころ骨も見えていた。
それに、この男の足は焼き切られたかのように切断されていた。
「これが、ゴブリン達の家の前に転がっていたんです」
へぇ、興味深い。
飲み込まれたとはいえ、『EVOカプセル』を服用した人間に打ち勝つだなんて。
「マスター、どうしましょう…………!」
部下は涙目でそう訴えかける。
「気にするな、いつも通りの使命を続けろ」
「し……しかし!」
「僕は君の未来を作ることができる。だから君は僕に未来を委ねるんだ。最高の未来を作りたいだろう?」
「…………わかりました!使命を全うします!」
部下は目を輝かせながら部屋を去った。
それにしても……『EVOカプセル』が敗れるとはね。彼を打ち負かした輩は、一体何者なんだろう。
「どう?似合う?」
ゴブリン男を倒した(森の中に放置した)次の日、俺達は報酬のアクセサリーを貰いにアクセサリー店へ訪れていた。
そういえば、ゴブリン達が奪っていったアクセサリーはラピセロさんに頼んで回収、持ち主の下へ返却してもらった。
俺達がそれをやっても、嘘をついて他人のアクセサリーまで奪い取ろうとする人が現れるだろうしそれを見分ける材料もないので、頼んで正解だった。
ゼロがイヤリングをつけながら、俺とティリタにそれを見せてくる。
「あぁ、いいんじゃないか?」
「グレンそれしか言わないよね」
んなこと言われても、似合う似合わないなんて所詮人の価値観だしな。
「ティリタはどう思う?」
「うーん、ちょっと派手すぎじゃない?」
なんでちゃんと批評してんだこいつ。
「そうだねー確かにちょっと派手かも」
「もっとおとなしめなやつを……」
ティリタってこういうの向いてるんだな、意外だ。
俺はアクセサリーとか全然わかんねぇしな。
と、そっぽを向いた時、ふと目に入るイヤリングがあった。
雫の形をしたスカーレッドの宝石、静かに且つ冷酷に燃える炎のような印象を受けた。
「なぁ、これとかどうだ?」
それをゼロに手渡してみると、
「おぉ……!」
「おぉ……!」
2人はその姿を見て目をキラキラさせた。
短めの黒いミディアムヘアから覗く深紅の涙はゼロによく似合っていた。
「決めた、これにする」
ゼロはイヤリングをレジに持っていった。
クエスト報酬として受け取っているため、本人確認とかで少し時間を食ったが、ちゃんと無料でイヤリングを買えた。
帰り道、ゼロは顔には出さないものの、とても嬉しそうにしながら寮へ戻った。
「あ、グレン。明日クエスト行こう」
「え?いいけど、珍しいな?」
「ゼロ、もしかしてあのクエストかい?」
ゼロは頷く。
「あんなおいしいクエスト中々ないわ、受ける以外思いつかない」
ゼロはちょっと悪そうな顔でこちらを見る。
嫌な予感しかしない。
その日の夜、俺はティリタと一緒にゼロの部屋に向かった。
意外と綺麗に整えられ、オシャレな空間だと思ったが、壁に掛けられた銃の数々を見てそのイメージは壊れた。
ゼロが提示してきたのはいわゆる採取クエストだ。インスマスの南の丘に生える『ホワイトハーブ』というハーブを採ってきて欲しいとのこと。
ティリタによると、ホワイトハーブは高級なハーブティーの茶葉としてよく使われるもので、
普通のハーブには出せないまろやかさと滑らかさがあるらしい。
そして何より、このクエストは報酬金がえげつない。
いつもは1人4500Gくらいなのが、今回は12000Gになる。《アスタ・ラ・ビスタ》の回収分を考えても。
「このクエストは行くしかねぇな」
俺は即決でクエスト申請を行った。
「明日の朝行くから、今日は早めに寝とけよ」
俺はそう言ってティリタと一緒にゼロの部屋をあとにした。
次の日。
俺達は丘の上の大きな草原に来ていた。
クエストの申請者によると、この辺りにホワイトハーブがあるというが…………。
「無ェーーー!!!」
俺は草原にバタンと大の字になって倒れる。
かれこれ2時間半探してんのに1個もないってどういうことだよ。
「ねぇこの赤いハーブじゃだめなの?」
「赤いハーブ、『レッドハーブ』も悪くないが、ホワイトハーブはそれと比にならないくらいの旨さなんだ。レッドハーブは僕達で持ち帰ってハーブティーにしよう」
さっきからレッドハーブしか見てない。
ホワイトハーブなんて本当にあるのか?
それに、さっきからポツポツと雨が降ってきている。雲も厚くなってきた。
このままではクエストを続けられないと判断し、俺は辺りを見渡して手頃な洞窟を見つけた。
「2人とも、1回あそこに入ろうぜ」
俺達は一時的に洞窟で雨宿りすることにした。
俺達が薄暗い洞窟に入るとほぼ同時に、雨がザーッと降り出す。
「これじゃあハーブ探しどころじゃないね」
「そうね、残念だけどリタイアしましょうか」
ゼロとティリタがそう言う。
一方俺はあることに気づいていた。
レッドハーブを僅かな太陽光に透かして確認してみる。
「どうしたの?グレン」
「…………もしかしたらこの辺りに」
この時の俺は本当にツイていた。
「あった!」
俺は足元の葉っぱを1つちぎって2人に見せる。
白色の葉は爽やかな香りを放ち、雨粒を少し浴びて輝いていた。
「ホワイトハーブだ!間違いない!」
ティリタがそう言って指を指す。
「やるじゃんグレン!よく見つけたね」
「あぁ。レッドハーブを拾った時、そのうちいくつかのハーブの一部に薄い白色が混ざってることに気づいたんだ」
実際にそのレッドハーブを見せてみる。
「多分この赤さ、日焼けの一種だと思うんだ。つまり、ホワイトハーブとレッドハーブは別物ではなくて、ホワイトハーブが日光を浴びて日焼けしたものがレッドハーブだったんだ」
ティリタは「おぉー!」と拍手をする。
ゼロも「流石だね」と言いつつ、髪をファサッと揺らす。
もちろん、専門家からすれば当たり前のことなんだろうけど、俺達にとっては大発見だった。
仲間と共に他のホワイトハーブを探していると、
ティリタが突然青ざめて言った。
「ねぇ……何あれ」
俺とゼロは素早くそちらを見る。
暗闇の奥に光る小さな火花。それがゆっくりと近づいて、その姿を現した。
「でかい……カマキリ……?」
カマキリ型モンスター・マティスは鎌を擦り合わせて俺達を威嚇した。




