4章3話『原点回帰』
遺体を抱えたニュートが向かう方向、俺達には心当たりがあった。
「これ……俺達が来た道と反対に進んでるよな?」
「うん。間違いない。でも何のために…………」
ティリタが顎に手を当てて考える。が、間もなく彼は1つの仮説を立てた。
「そう言えば、この先には群れからはぐれたニュートがいるはずだよね?」
あっ、と思わず声を上げてしまった。すっかり忘れていたが最初に見つけたニュートがいた。そしてその位置はおそらく今の進行方向の先に一致する。
つまりこのニュートは群れからはぐれたその個体の為に餌を運んでいるということになる。
だがそれでは矛盾が生じる。
「あの個体、なぜこの先にニュートがいることを知っているのだろう?」
そう、餌を運んでいる以上その先にニュートがいることを知っているはず。だとしたらそのニュートを群れに引き戻せばいい。
なぜそれをせず、わざわざ離れた所へ餌を運ぶ?
「……確かに、不自然だな」
ティリタは頷く。
その事を考えながらニュートの後を追うと、道の先に光が見えてきた。あそこが、例の個体がいる場所だ。
そこまで来て気づいた。
「あのニュートは群れからはぐれたんじゃない、意図的に群れから離れていたんだ」
じゃあ、何のために?
少し前のティリタの発言からその結論は出ていた。
「あの個体、子供を産める雌の個体なんじゃないか?」
ゼロとティリタは少し時差を置いてから、納得したように何度も頷いた。
「そうか……!種の繁栄の為に雌は必須、繁殖期の今は特にだ。だから敢えて群れから離れた所にいることで最悪群れが壊滅しても雄が1匹残れば大丈夫なように…………!」
餌はこうやって群れのニュートが運べばいい。
そうすることで群れが生存しているか否かも分かるしな。
「あのニュートは初めに始末しておくべきだった…………。つまりは、そういう事よね」
「その通りだ。が、今そんなことを話してる場合じゃねぇ。問題はここからどうするかだ」
ニュートは既に例の個体に近づいて餌を差し出した。そのニュートはそそくさと来た道を戻り、例の個体は差し出された餌の匂いを嗅いでいる。
「問題ない。他の個体と同じようにあの餌にもアラーナ亜種の毒が仕込まれている。さっきみたいに毒殺されてくれるさ」
何気ない顔で物騒な事を言うティリタ。
が、実際俺も近いような事を考えていた。毒がどれだけ有効かは群れの惨状で理解している。例え繁殖期の雌個体だろうと、その毒が通らない訳が無い。
だが、事態は急変した。
ニュートは一通り餌を見回すと、一歩一歩後ろに下がっていった。そして辺りを注意深く見渡す。まるで何かを探しているかのように。
まさか…………毒に気づかれたか!?
俺は2人を見る。ニュートの動きに釘付けになっているゼロとティリタを見れば、俺と考えていることは同じだとすぐに分かった。
仕方ねぇ…………。こうなった以上、一気に決めるしかない。
「ゼロ」
俺が肩を叩くと、ゼロは素早く飛び出し、レッグホルダーから銃を引き抜いた。
そして高く飛び上がりながら体を捻って縦に回転し、無数の銃弾をニュートに浴びせた。
ニュートは気づいて横に逸れるが、それでも数発の弾丸を体に受けた。ブチッブチッと体に穴が空く様子が離れた場所からでも分かった。
ニュートは近くにあった小石を手に取った。
石を握ったニュートの腕はくっきりと残像が見える程の速さで振られる。そのスピードで放たれた石は一直線にゼロへ飛来した。
「…………!」
ガガガガガガッ!
ゼロは片手で『アクセル』を行い、その銃弾を全て小石に叩き込む。弾丸は小石の中心に的確に6発ねじ込まれ、石は砂になるほどまでに砕け散った。
「グレン、僕達も行こう!」
「あぁ……!」
俺とティリタも飛び出し、交戦準備に入った。ティリタは俺にマジックアップ、俺とゼロにスピードアップを付与し、後ろに下がった。
俺はゼロと肩を並べ、手袋を深くはめる。
「気をつけて、ちょっとでも気を抜くとあなたなら死ぬわよ」
「…………あぁ、分かってる」
あくまで自分が負けて死ぬことはない、と言い張りたいみたいだ。こいつらしいや。
俺はそう思いつつ、右手に火幻素を集中させる。
「バーニング!」
俺はニュートに向かってバーニングを放つ。ニュートは綺麗にそれを避け、バーニングは虚空へ消えた。
アイツ、なかなかに素早い。焦って何も考えずに火魔法を放ってしまったが、一歩間違えれば山火事になってたな。
そんなことを考えている内に、俺にも石が飛んできた。
まずい!俺は脊髄反射レベルの速さで横に回転回避し、カウンターにアクアを放った。多少のダメージは入っただろうが、それでもニュートは涼しい顔をしている。これは強敵だ。
「グレン!来るよ!」
ティリタが背後から叫んだ。しかしその時にはもう遅かった。
目の前のニュートは俺に飛びかかろうと20m以上の距離を跳躍してきた。ニュートの顔はすぐそこにまで迫っている。ニュートの開いた口が神経を逆撫でした。
「ストーム!」
俺はとっさの判断で後ろに飛びながらストームを放つ。見事にニュートの腹に命中したストームはそのままニュートを後ろに運んだ。
あの口の開き方、間違いなく俺を食おうとしていた。
繁殖期は栄養になるものを何でも食べる。ってティリタが言ってたが…………まさか俺達まで捕食対象になるとは……!
ニュートは巧みな体使いでほぼノーダメージで着地する。そしてすぐに小石を手に取った。
「……!」
ゼロは奥歯を噛み締めながらニュートの手を狙撃する。手に当たった弾丸はニュートの手の中の石を弾き飛ばすことは出来たが、攻撃が中断された訳では無い。
このままだと、またあの捕食攻撃が飛んでくる。
………………捕食攻撃が飛んでくる?
「そうだ……!」
一か八か、やってみるしかねぇ。
俺は右手にバーニングを溜め始めた。その時のニュートの視点は完全に俺に向いていた。
「グレン!またさっきの攻撃が――――」
「いいや、これでいい!これがいいんだ!」
案の定、ニュートは大口を開いたまま俺を食おうと飛びかかってきた。
予想通りだ。さぁ、ここからどうなる。ここから先は幸運不運が決める結果だ。
「そんなに飯が食いてぇなら…………」
俺は腕を思い切り後ろに下げ、ニュートの口の中目掛けて叩き込んだ。
「俺の炎を喰らえッッ!!!」
ゴッ…………ガァァアアアアッ!!!
突き落とされたニュートは口の中を炎に包まれ、もがき苦しんでいる。
俺は地面に落ちたニュートの斜め上に立ち、こう言った。
「ゼロ」
冷酷に撃ち込まれた4発の弾丸はニュートの苦しみに終止符を打った。
「よし……これでクエストクリアか」
俺は手をパンパンと払う。
「念の為、ニュートの毒に侵されていないか確認しておこう。解毒薬はまだ開発されていないけど、回復魔法や包帯である程度は緩和できるはずだからね」
回復魔法ってそんなことにも使えるのか。
俺が体を見回しながら感心していると、ゼロが言った。
「…………誰かいる」
反射的にゼロの視線の先を見る。
彼女の目は森の奥の奥、木々の間に向いていた。
ガサッ………………。
たった1つの音。
全ての始まりはその音だった。




