4章2話『貪食の罠』
ニュートは辺りの草むらをガサガサと鳴らし、地面に頭を向けて舌を出す。落ちた木の実だとか地を這う虫だとかを食べているのだろう。
ゼロはここぞとばかりに銃口を向ける
「待て、ゼロ」
俺は手を横に出してそれを止める。
「ニュートは群れで生活するモンスターなんだよな…………?だが、ここにはニュートは1匹しかいない」
「他の個体が近くにいるかも、ってこと?」
俺は頷く。
「ここで下手に音を出せば他の個体が寄ってきてしまうかも知れない。今はまだ様子を見るべきだ」
「グレンの言う通りだ。ここはもう少し慎重に行こう」
ゼロは残念そうにため息をつくと、銃をレッグホルダーにしまった。そして髪をクルクルいじり始める。
「慎重に、とは言うけど具体的にどうするつもりなの?」
「まずは他の個体の位置を把握するのが先だろ。どこに何匹いるか分からない限り作戦の立てようがない」
そう話している最中、それは唐突に訪れた。
ニュートが出しているものとはまた別の音が俺達の背後から迫り来る。草をかき分けている音に違いはないが、それにしても大きい。
俺達は反射的にその方向を向き、武器を構えた。
「クルキャァァアアア!!!」
アラーナ…………!
クモ型モンスターの鎌は既に俺達の首めがけて伸びていた。残酷な鋭い刃が皮肉にも美しく輝く。風を切る音が耳を通り抜けた。
ダンッ!ダンッ!ダンッ!
ゼロは脊髄反射レベルの早さでアラーナの頭を撃ち抜く。3発の弾丸はアラーナの装甲を突き破って直接脳を貫いた。
力なく倒れるアラーナの前に立ち、ゼロは銃をクルクルッと回した。
「これでいい?」
「最高だ」
ゼロは誇らしげに髪を揺らす。
そんな中、アラーナの死体を観察していたティリタが言った。
「これ、アラーナはアラーナでもアラーナ亜種の方だ。アトランティス大陸にしか生息しないモンスターだよ」
アラーナ亜種は上級に分類されるモンスター。さほど驚異とはならないが眼球の毒は原種よりも強力になっているとの事だ。
ゼロはナイフを使って頭を切開し、目玉を回収する。それをバッグにしまった後、今度は肝を引き裂いて石を回収した。
「おっ、これは当たりじゃない?」
「アトランティスの鉱物は質がいいからね。それを食べているアラーナ亜種の石も綺麗になりやすい傾向にあるよ」
思いがけない臨時報酬に喜ぶ俺達だったが、ハッと気づいて全員ニュートの方を見る。ニュートは草の真ん中で体を丸めて眠っている。食べたら眠くなる、人間と同じだ。
「あの様子じゃしばらく起きねぇな」
「さっきの銃声で出てこなかった以上、この辺りにニュートはいない。単純に群れからはぐれてしまっただけかな」
「なら、群れを探さねぇとな。今回の目標はニュートの討伐なわけだし」
ティリタは手帳を開き、操作する。
「僕の予想だけど、ニュートの群れは餌の多い場所にいると思う。この辺りの木々がただれているのを見ると、この辺りの道を通った事は間違いなさそうだね」
「餌の多い場所か…………。となると、木が多い場所とかか?」
「そうだね、木の実や虫が多い場所にいる可能性が――――――」
ティリタがそこまで言った時、
「待って」
アラーナの素材を採取していたゼロがそれを止めた。
「どうした?なんかあったのか――――」
ゼロは何も言わずに、切り離したアラーナの脚を見せつけてきた。
その脚は整った縞模様をしていた…………が、1部分のみその模様が乱れている箇所があった。
まるで溶かされたかのように。
「ニュートは……虫を食べるのよね?」
そうか。
このアラーナ亜種は餌を求めて巣を襲ってきたニュートの群れからやっとの思いで逃げ出してきた個体。その時に脚がニュートに触れて溶解してしまったというわけか!
確かにアラーナ亜種とニュートは体格差があるが、アラーナはあまり大きな群れを作らない。ニュートが集団で襲いかかれば簡単に倒せてしまうだろう。
「このアラーナ亜種はあっちから来た。周囲の木々のただれを見つつその方向に進めば、アラーナ亜種の巣……つまり、ニュートの群れの居場所に辿り着く!」
ティリタが手をポンッと叩く。俺も納得して首を縦に振った。ゼロはまたも誇らしげに左の髪を揺らす。
足元に生い茂る短い草をかき分けながら暗く重い自然の中を慎重に歩いていく。植物の出す声しかしない道の中、先頭を進んでいたティリタが腕を横に伸ばして行く手を阻んだ。
「静かに……。何か聞こえる」
俺はよく耳を澄ませてみる。
確かにどこか遠くからキュー、キューといった鳴き声が聞こえてきた。この鳴き声はおそらくアラーナ亜種のものだ。
「こっちからだ」
ティリタの指さした方向へ進む。
1分も歩かないうちにそれは目の前に現れた。
「これは…………」
2本の木が倒されていた。重なったその間の空間は真っ暗闇になっている。どうやらそこにアラーナ亜種達が巣を作っているようだ。
が、そんなことは大して気にならなかった。問題はその穴の手前、そこにあった光景だ。
ニュートが1……2……3…………数えるのが気が遠くなるほどいる。それらはさほど大きくはないが、何匹も集まったグループに別れて巨大な黄色を貪っている。それがアラーナ亜種の死体であることはすぐに分かった。
そのうちの数匹は穴の中に突っ込み、1匹のアラーナ亜種を巣穴から引きずり出してきた。
そしてそのまま頭の方からアラーナ亜種を噛みちぎり、頭、胴体、四肢といった順番で喰らい始めた。
それだけではない。
辺りには倒れたニュートが数匹転がっていた。何かしらの原因で死んでしまったのだろう。
ニュートはおもむろにその個体に近づくと、同じ仲間であるニュートの死体を喰らい始めた。
「コイツら……どこまで貪食なんだ…………」
「ちょうど繁殖期なのかも知れない。その時期になると栄養になるものだったら何でも食べようとするんだ」
栄養になるものだったら何でも…………か。
ニュートの残酷にも悲しい事実を知った俺が言葉を失っていると、またもゼロが気づいた。
「ねぇ、この辺一帯に転がってるのってアラーナ亜種の目よね?」
言われてみれば確かに地面に濁った紅色の目玉が散らばっている。
「アラーナ亜種の目玉の毒、ニュートは体内で処理できないみたいだね。…………あっ!」
ティリタが解説と同時に声を上げた。
するとティリタはゼロにこう頼む。
「ゼロ、申し訳ないけどさっき採ったアラーナ亜種の脚と目玉、くれないかい?」
「…………なるほど、頭いいわね」
ゼロはバッグからそれらを取り出し、ティリタに手渡す。そのくだりを見ている内に、俺もティリタが何をしたいのかを察することが出来た。
ティリタはアラーナ亜種の脚を地面に置き、自分もしゃがみこむ。ゴム手袋をつけた上で右手に持った目玉をグシャッと潰し、中から溢れた液体を脚に塗りたくる。
そしてそれを気づかれないようにそっとアラーナ亜種の死体の近くに投げた。
そう、毒餌作戦だ。
最初にニュートが毒餌を食べる。そのニュートは体に処理できない毒が回って死ぬ。
そのニュートの死体を他のニュートが食べる。また体に毒が回って死ぬ。
そしてさらにその死体を……。
そんな連鎖を繰り返してニュートの群れを破滅させる作戦だ。
その作戦は驚くほど綺麗に決まった。
1匹、また1匹と倒れていくニュート。その絵面には罪悪感と爽快感が同時に存在した。
「これで全部倒しただろ」
俺がそう言って辺りを見渡す。
が、そう簡単には行かないようだ。
「待って、あそこにもう一体いる」
ティリタが指さした先にいたニュートは遺体を担いでせっせとどこかへ向かっていった。
俺達は不思議に思い、そのニュートを追うことにした。




