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3章40話『眩しいくらいの雫』

 ナイアーラトテップは煽るように拍手していた。


「人間とは愚かだな…………。たった今目の前で仲間が死んだのだろう?だったら、我に挑むことなどせずに逃げるべきじゃないか。

 なぜ立ち向かおうとする?いくら貴様が転生者とはいえ命の無駄遣いは良くないぞ?」


 冒険者達の、ナイアーラトテップに対する怒りはみるみるうちに溜まっていく。各々武器を握る手が強くなり、ゼロに至っては銃を握るとメキメキッと鳴った。

 だが、彼は違った。


「……………………」


 グレンは無音だった。喋ることもせず、動くこともせず、彼だけが空間から切り離されていた。

 誰もがそう思った次の瞬間、


 ゴォッ…………!


 グレンの右腕に炎がついた。

 炎は風になびかれ、流星の尾びれのように後方へ広がった。強力な熱と光がグレンから発生している。手に持った『セラエノ断章』のページはバラバラバラバラバラッ!と捲れ続けている。


 彼の様子はどこかおかしい。

 だが、不思議と彼の背中には安心感があった。

 グレンを満たしているのは怒りとか絶望とか、そんな生易しいものでは無い。

 いや、むしろグレンは何かしらの感情に満ちているとは言えないだろう。


 そんな中、炎はさらに勢いを増した。

 辺り一面のアスファルトを焼き尽くす熱量がグレンから生み出されている。地獄なんて単純な言葉じゃ力不足な程の業火がグレンを包む。


 彼自身が、1つの太陽と化しているようだった。


「なんだ…………?この炎は……。まさかクトゥグアのヤツ、こんな小僧にアレを!?」


 ――――あぁ、その通り。

 ナイアーラトテップよ、貴様は宴の見世物としては最高だ。貴様と我の従者が闘うのを見ながら呑む酒はさぞかし美味いことだろう。


 だが、貴様は所詮見世物止まりだ。貴様が舞台から飛び降りようものなら、我は貴様を容赦なく排除する。


 その意志の表れがこの魔法だ。


 せいぜい楽しませてくれよ、大根役者。



 ドゴォォォオンンン!!!


 爆音と共に、グレンから熱風が吹き込んだ。

 その熱風から目を守った後、彼らが目撃したもの。

 炎で出来た赤い翼に、腕を覆う紅色の鱗。鎧を纏ったように深紅を着て、足には無数の棘がある。

 そして全身至る所から溢れ出す火炎。


『紅蓮の太陽』。


 後にそう名付けられるこの姿は、クトゥグアの力を最大限吸収したグレンの終着点だ。

『セラエノ断章』の最後の1ページに記載されている魔法。クトゥグアと契約者の心身の共鳴を極限まで高め、クトゥグアの幻素を直接契約者に流し込む、クトゥグアの切り札だ。


 この魔法を使うのに必要なMPとPOWは莫大な量のものだ。通常のグレンなら両方とも全くもって足りない。だが、タルデが死んだ事による精神的ショックが逆方向に働き、グレンはこの魔法を唱えることに成功。


 長く続いた曇り空を晴らす太陽は、今ここに君臨した。


「クトゥグア…………貴様ァァアアア!」


 ナイアーラトテップは両手を合わせてグレンに突き出す。緑色の閃光はさっきの何倍も早く溜まっていき、さっきの何倍も大きく成長していく。

 だがそれを見てもグレンは動かなかった。


「だが、どれだけクトゥグアが手を貸していてもたかが人間、旧支配者の我の魔法には耐えられない!」


 ナイアーラトテップはそう言うと腕に力を入れて閃光を放ってきた。家1つ程の大きさがあるその閃光。たとえグレンが避けたとしても大きな被害が生まれるだろう。


 だが、その心配は要らなかった。


 バサッ…………。


 グレンは左手1本で閃光をかき消した。軽々と、表情1つ変えずに。


「何……?何が起きたの?」


 遠くからその様子を眺めていたゼロが困惑している。

 一体どんな魔法を使った?時間を止めてその間に揉み消したか?虚数空間に送り飛ばしたのか?それとも魔法を無力化する魔法でもあるのだろうか?

 思いつく限りをあげたが、ティリタはこう言う。


「そんなに小難しいものじゃないよ……。ただ単純に、グレンが強いだけだ」


 そう、グレンは相殺する為の火魔法を含め、何一つ魔法を使っていない。

 アオイですら耐えられなかった魔法、しかもさらに火力が上がっているものを、グレンは手で引っ掻くようにするだけで消してしまった。


 怯んでいるナイアーラトテップに向かって、グレンは翼を羽ばたかせた。身長程あるその翼にもってすれば空中に漂っているだけのナイアーラトテップまで辿り着くのはそう難しいことではなかった。


「…………我と決着を付けようと言うわけか…………。良いだろう、受けて立つ」


 ナイアーラトテップは内心恐怖しながらも、両手に小さめの閃光を作り出した。

 対してグレンは彼の背後に7つの炎の球を生成した。ナイアーラトテップから見れば、彼に後光が刺して見えるだろう。


「ハァッ!!」


 ナイアーラトテップは閃光を纏った拳でグレンの腹にアッパーを食らわす。

 だが、グレンは全く動かず、それどころかグレンの腹からナイアーラトテップの腕に炎が燃え広がった。

 その炎はナイアーラトテップの腕をがっちりと掴み、身動きを封じた。


 そうなっているうちに、グレンの背後から無数の炎がナイアーラトテップの胴体に叩きつけられた。

 ドッ……ドッ……ドッドッドッドドドドド!!!

 加速するように連続で、バーニング以上の火力の球が叩きつけられる。

 その数は既に2桁の域を出ていた。


「ハッ!!」


 すべて撃ち切った後、グレンはナイアーラトテップの頭を刈り取るように横から殴り、さらに棘だらけの足でナイアーラトテップの腹を蹴って遠ざけた。


「クッ…………!やむを得ん!」


 ナイアーラトテップはついにグレンに背を向け、宇宙へと逃げ出した。空へ向かって斜めに飛び立つナイアーラトテップの姿は不格好だった。


「やった…………ついにナイアーラトテップを撃退したぞ!!」


 冒険者の1人が大騒ぎして喜んだ。

 いや、1人だけではない。ほぼ全員の冒険者がお互いに喜びを分かち合い、抱き合い、手を取り合っている。


 が、この戦いはまだ終わっていなかった。


 ボンッ!


 炎の弾ける音が空から降り注いだ。

 頭を上げるとそこには炎にまとわりつかれて逃げることすら封じられたナイアーラトテップがいた。


「…………逃がさねぇぞ」


 ナイアーラトテップはもがいた。

 必死にもがき、必死に暴れた。だが、炎が緩まる気配はない。


「テメェは…………タルデを殺した」


 ナイアーラトテップは恐怖のあまり動きが止まった。グレンはそれを見た上でナイアーラトテップと同じ高さまで上昇する。


「タルデだけじゃねぇ…………冒険者も、一般人も…………転生者も現地人も、何人も何人も殺した」


「やめろ…………来るな!」


 半狂乱になっているナイアーラトテップを無視し、グレンは『セラエノ断章』をパラッと捲った。そしてそのページを触り、その手をナイアーラトテップに突きつけた。


「ジニア・カルメシー」


 グレンがそう言って放った魔法の球はナイアーラトテップの目の前で止まった。

 蕾のような形をしたその魔法は回転しながら赤い百日草を花開いた。

 その美しさからナイアーラトテップは一瞬の感動を憶えたが、その感動はすぐに消え失せた。


 百日草は高速回転を始め、中心に紅い光を集め始めた。エルスケルクと似ているようで、エルスケルクとは桁外れの火力がナイアーラトテップの目の前に展開されていく。




 ギィィィィイイイイイイイン!!!!!




 世界の果てまで届くような爆発的な光がナイアーラトテップを焼き焦がした。


「グァァァアアアアアア!!!!」


 ナイアーラトテップは最期に獣のような雄叫びを上げながら、灰になって朽ちた。





 ――――――――――――――――――――――――





「グレン……!グレン!」


 気がつくと目の前にティリタがいた。

 俺は痛む体をなんとか起こして目を擦った。


「よかった。やっと目が覚めたわね」


 えっと、ナイアーラトテップを倒して…………その後どうなったんだっけな。

 それをティリタに聞いてみると、


「あの後、突然炎が消えて気を失ったグレンが落ちてきたんだ。それをアオイさんが転移魔法を使って空中で受け止めて、そのままここに運んできてくれたんだ」


 ここは《アスタ・ラ・ビスタ》の救護室。

 どうやら俺はあの後1日近く寝ていたらしい。


「それと…………これ、グレンのポケットに入ってたってアオイさんが……」


 そう言ってティリタが手渡してくれたのは、小さな鋼の破片だ。端の方は鋭く尖っていて、それでいて輝いている。


 手の上にあるのは何でもないただの鉄の欠片。

 なのに、ティリタはそれを見た瞬間目を覆って泣き始めた。

 ふと横にいるゼロを見てみると、彼女はフードを深く被って俺達に背を向けている。その肩が小刻みに揺れているのを見逃さなかった。


「タルデ…………」


 俺は思わず呟いた。

 名前を言っただけなのに溢れんばかりの涙が涙腺に押し寄せる。俺は剣の破片を抱きしめるように体に引き寄せた。


「………………じゃあな」


 病室の窓からは、眩しいくらいの光が差し込んでいた。

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