3章37話『肩書き』
ナイアーラトテップは目にも止まらぬ速さでこちらに突っ込んでくる。人の何倍もある巨体が空中から落ちてきた時の衝撃は計り知れない。
だが、アルマドゥラ達はそこを離れるつもりはなかった。
アルマドゥラはエスクードにアイコンタクトを送り、自身は手帳を取り出して耳に当てた。
電話の相手はディエスミル。南東の拠点にいる。
「私だ」
「アルマドゥラ…………!今、主らの方にナイアーラトテップが向かったように見えたのじゃが」
「あぁ。ナイアーラトテップは北の拠点を潰しに来ているようだ。そこで、作戦変更しようと思う」
ディエスミルは何となく察しながらも、首を傾げた。
「《ここで我々もナイアーラトテップを討つ》」
アルマドゥラはそう言い放った。
「ほぅ……?」
ディエスミルは冷や汗をかきながら不敵に笑った。
「このまま長引いても消耗戦になるだけだ。なら、覚悟を決めてここで決着をつけた方が早い。そうだろう?」
「……主らだけで終わらせるなど抜かさぬよの?」
「…………あぁ」
確かに北の拠点にも有力な冒険者はごまんといる。しかし、相手は旧支配者。どれだけ強かろうと冒険者ごときがちょっと集まったところで意味を成さない。
だが、北、南東、南西の拠点にいる冒険者全てが集結すれば、それは覆るだろう。
アルマドゥラは自分を、仲間を、そして冒険者を信じた末にその結論を出した。
そしてそれはディエスミルも同じだった。
「…………いいじゃろう。アオイにはわらわが連絡する。補給班も全て北に集中させようぞ」
彼女も、冒険者を信じてみることにした。
今まで幾度となく血を流し、命を手放し、それでも折れずに武器を持った冒険者に、彼女は賭けてみることにした。
「南東班が北の拠点に到着するまでどれくらいかかる?」
「そうじゃの…………だいたい25分くらいかの」
とはいえ、もちろん全員が一斉に移動することは出来ない。南東の部隊をいくつかに分けて移動するつもりだ。
それら全てが北に到着するのは1時間後くらいになるだろう。
「南西の方はどのくらいになりそうだ?」
「南西は20分ほどじゃろうが、こちらは全員一斉に到着するだろう」
アオイの『イステの歌』による転移魔法は複数の人間を同時に移動させることが出来る。アオイの素のPOWやMPを考えれば、南西班1つ移動させるのは簡単だろう。
「分かった。そちらへの連絡を任せる」
アルマドゥラはそう言って通話を切った。
「終わりましたか?アルマドゥラさん」
エスクードが汗をだらだらかきながら振り返ってそう言う。
アルマドゥラの通話中、ナイアーラトテップは拠点前に着陸しようとした。しかしそれを察知したエスクードは事前に鎧と盾を展開し、ナイアーラトテップの目の前に立った。
盾をそっとナイアーラトテップに向けたエスクード。ナイアーラトテップもまさかただの鉄製の盾ごときに攻撃が防がれるとは思っていなかった。
だが、いざナイアーラトテップとエスクードが強く衝突すると、ナイアーラトテップはその地点で動きが止まった。金属音が鳴り響いた後にギギギギギ…………と微妙に揺れながら動くナイアーラトテップ。その力は何十トンにも及んでいた。
しかしそこで押し負けるようなエスクードではない。彼女は見た目こそ金髪の若い女性、いわゆるギャルだが、その実力、特に物理防御に関しては《アスタ・ラ・ビスタ》の中でも群を抜いている。
一説には、彼女が万全の体制で鎧と盾を持てば彼女のGRDはアオイをも上回ると言われている。
だからと言ってナイアーラトテップの突進がエスクードに防ぎ切られる訳では無い。
いくら防御力が高いとはいえ、所詮は人間。旧支配者のナイアーラトテップのパワーとは比べ物にならない。
結果、両者がお互いを長時間抑え合うという形が完成した。
もちろん双方、特にエスクードの方への負担は凄い。だから彼女は滝のような汗をかいていたのだ。
アルマドゥラはうむ、と頷き、
「無理を言ってしまってすまない。あとは我々が何とかしよう」
と、エスクードと肩を並べた。
それを見たエスクードはふぅ〜っと長い息を吐き、盾を突き出してナイアーラトテップを弾き飛ばす。その隙にエスクードは撤退した。
「人間如きが我の攻撃を防ぐとはな。この星に来た甲斐があったわ」
「悪いが、異星からの観光客は受け付けていない。早急に帰還願おうか」
アルマドゥラは剣を鞘から抜く。銀色の輝きにはアルマドゥラの表面を覆う冷静さと、アルマドゥラが内に秘める爆発的な感情とが両方詰まっていた。
「この星は居心地がいいんだ。だから永遠に我のものとする」
ナイアーラトテップはそう言ってムチのようにしならせた腕を叩きつけてきた。アルマドゥラのすぐ横に当たった触手からはバチィィインッ!!!と破裂音が鳴り響く。
アルマドゥラはそれを横目で見ただけで終わった。もちろん表情ひとつ変えていない。
「その余裕、いつまで持つか見ものだな」
ナイアーラトテップは更に続けて反対の手を叩きつける。アルマドゥラの目の前を通り過ぎるように、左腕で右側を殴った。耳を突き刺す爆音がさっきよりも近く感じた。
が、次の瞬間。
ヒュンッ………………。
アルマドゥラは気づいたら両手を振り上げていた。
握られた剣の先には緑色の粘液が付着している。それもちょっとやそっとじゃなく、べったりと。
ビダーンッ!
斬り離されたナイアーラトテップの腕が叩き落とされた。あまりに一瞬の出来事だった。
「貴様……我に傷をつけるとは愚かよのう……」
ナイアーラトテップの左腕は既にぐちゃぐちゃと音を立てて再生し始めている。5秒も経たない内に腕は完全に治った。
斬り落とされた方の腕は既にドロドロの液体になって地面を這っていた。
「傷つくのが嫌なら帰れ。無闇に斬り刻むのは砥石の無駄だ」
アルマドゥラはそう言って剣を縦に構える。
ナイアーラトテップはそれとほぼ同時に触手の1本を大蛇に変えた。大蛇は見てわかるほどのスピードで巨大化していき、最終的にはアルマドゥラをちょうど丸呑みできる程の巨体になった。
「行け」
大蛇はナイアーラトテップのコントロールを離れ、アルマドゥラを狙う。口を開くと鋭い2本の牙が見え、冒険者達の恐怖を誘った。
離れた場所からそれを見ていたエスクードは右手を上げ、冒険者達に言った。
「みんな!あの蛇を撃って――――――」
「その必要は無い」
エスクードの応援をアルマドゥラ本人が拒否した。
「この程度倒せないようじゃ、《ブエノスディアス》は治められらない」
アルマドゥラはそう言うと、口を開いている蛇に突っ込んでいった。誰がどう見ても血迷った行動である。
だが、アルマドゥラは常に冷静だ。常にその場において最適な答えを導き出している。
スパパパパパパッ!
そんな擬音が似合うほど美しく蛇を斬り刻むアルマドゥラ。輪切りになった蛇は例の如く地面にベチャッと落ち、ドロドロに溶けた。
さすがのナイアーラトテップもこのスピードにはたじろいでいる。
それを悟ったアルマドゥラはナイアーラトテップを睨みつけ、剣先を向けた。
「異星人だとか、旧支配者だとか、そんな肩書き私には通用しない」
アルマドゥラはそう言い切った。




