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3章35話『普段通りの戦闘スタイル』

 エルスケルク。それがこの戦いの切札。

 紅色の液体の中には小さな泡がぷくぷくと浮いている。炭酸飲料のような印象を受けた。

 だが、中でも目立つのは中心の円盤だ。回る方向こそ違えど、円盤は太陽の周りを回る惑星の如くひとつの中心の周りを回り続ける。


「この円盤はエルスケルクの中核を担っています。エネルギーを周囲の液体に蓄積し、それを中心の円盤が凝縮。エネルギー砲として放ちます」


 その威力は高層ビルが一瞬で更地になる程。戦闘開始ギリギリまで調整と強化が行われていたため《ビエンベニードス》の武器庫から運ぶ形となった。


「幻素の蓄積率は42%。ナイアーラトテップに放出するには、まだ足りません。恐らく30分ほどかかるでしょう」


 30分か……。


「それまでエルスケルクを守りましょう。これが壊されない限りは私達の勝利です」


 裏を返せば、これが壊されたら最後俺達に勝ち目はない。という事だ。

 エルスケルクはクトゥグアの火幻素を利用している。ナイアーラトテップに最も有効なのがそれだからだ。ただでさえビル1つ吹き飛ぶ火力なのだから、いくらナイアーラトテップとはいえ耐えられないだろう。


 しかしこれが壊されればクトゥグアの火幻素を使えるのは俺の『セラエノ断章』のみになる。が、一般人に比べPOWが圧倒的に低い俺がナイアーラトテップを倒せる程の火力を出せるわけが無い。


 この戦いの勝敗はエルスケルクにかかっている。


 俺はナイアーラトテップの方を見た。ヤツは特にこちらに攻撃を仕掛けてくる様子もなく、ゆっくりと地上に降りてこようとしている。

 早く降りてこないことに何か特別な理由がある訳では無いだろう。ナイアーラトテップの放つ強者の余裕はそれを証明していた。


 だが、ナイアーラトテップはまだエルスケルクに気づいていないようだ。気づいていたとしても、これが自分を脅かす兵器だとは思わないだろう。

 この調子なら30分稼ぐのは容易い。


 そう思っていた。


 ナイアーラトテップは緑色の腕をこちらに伸ばしてきた。開かれた手のひらは妙に立体的に見えて、吸い込まれそうになった。

 スコープなしでしっかりと視認できる距離まで降りてきたこともあり、ナイアーラトテップの奇妙かつ恐怖を煽る姿がより鮮明に見えた。


「…………おいグレン!あの動きって!」


 タルデが焦りながら俺の肩を叩く。言われた直後はタルデが何を言いたいのか分からなかったが、その数秒後に全てを理解した。


 ナイアーラトテップのあの手を伸ばす動き、見覚えがある。さっきティリタ達を襲うために手から悪魔を生み出した動き。完全にそれだった。


「まずい……来るぞ!」


 俺がそう言うのとほぼ同時にナイアーラトテップの手の先がボコボコボコッと震え出した。

 俺達は各々の武器を手に取った。ティリタは先に強化魔法をその場の冒険者全員にかける。


 次の瞬間、ナイアーラトテップの手のひらから大量の悪魔が発生した。ティリタ達を襲ったものよりかは小さかったが、問題はその数だ。

 10や20なんて生半可な数字じゃない。正確な数字は分からないが、80から90…………下手したら100体ほどいるだろう。


 悪魔達は4つのグループに分かれた。

 1つはナイアーラトテップの周りを浮遊してヤツを守ろうとする部隊。

 残りの3つはそれぞれ地上の迎撃部隊を襲いに来た。いくら小型とはいえ、成人1人くらいの大きさはある。油断したら一瞬で教会送りだ。


 恐ろしいことに、ナイアーラトテップは更に悪魔を生み出し続けている。ただでさえこっちに28体ほど悪魔が飛んできたのに、追い打ちをかけるように30体ほど追加してきた。

 このまま悪魔が接近してしまえば、エルスケルクの無事は保証できない。俺は普段かかないような汗をかいた。


 そのうちの3体が俺達に向かって突進してきた。それらは獲物を狙うハヤブサのような速さで俺達を喰おうとしてくる。

 俺のバーニングで1体、タルデの剣で1体、カスコさんの投げナイフで1体、それぞれ完璧に対応できた。粘液となった悪魔の遺体は俺達の足元にベチャッ!と水音を立てて落ちた。


 どうやら一体一体はそこまで強くはないようだ。が、何度も言うが数が洒落にならない。タルデの剣は言わずともがな、俺の魔法もゼロの銃もカスコさんの投げナイフも、悪魔が遠すぎて届きそうにない。

 ロングレンジライフルを使う手もあるがこれだけいると話は変わってくる。銃に慣れていない冒険者達は悪魔が小さすぎて上手く当てられないだろう。

 かといってゼロも狙撃が得意な訳では無い。どちらかと言うと中距離を征する為に銃を用いているのだから。


 そう思っていた矢先、


「仕方ないわね」


 ゼロはおもむろにロングレンジライフルを手に取った。まさかこいつ、あの数の悪魔を狙撃するつもりか?この銃、反動も大きいし重量もあるから固定器がないと両手で持ってもまともに使えないが…………。


 と思っていたら、ゼロは更にもう一丁手に持った。彼女は自分の身長の半分はある銃を両手で持っている。

 こいつまさか…………!


「これ使っていつも通り戦えばいいんでしょ?」


 こいつ、()()()()()()()()()()()()()=()()()()()()()()()


「バカヤロウ、そんなことしたら肩持ってかれるぞ」


 と、あくまでクールに返したが内心はとても焦っている。こんな巨大な銃を振り回したら重量と反動で脱臼は避けられない。簡単に考えればすぐ分かる話だ。

 が、簡単にはいかないのがゼロという女だ。彼女はフッと鼻で笑い、空に浮かぶ大量の悪魔の前に礼をした。


「これより、死刑を執行します」


 そう言うとゼロは2丁のライフルを空中に向けた。まず1発、右のライフルから弾が発射される。その1発は的確に悪魔の中心を捉え、撃ち落とした。

 しかし、案の定銃の反動がモロにゼロに降りかかる。彼女の上半身は大きく後ろに仰け反る。


「言わんこっちゃない…………!」


 俺は急いでゼロを支えにいこうとした。

 が、その心配は要らなかったようだ。


 ゼロの体は大きく後ろに仰け反った。……いや、反動で仰け反った割には不自然なくらいに曲がっている。

 こいつ、自分の意思で曲げている。


 予想通り次の瞬間にはゼロの足は地面を離れ、彼女は完全に空中に浮いていた。その状況で更なる追撃を仕掛ける。

 今度は両手で10発。空中だから踏ん張ることも出来ず反動をまんま喰らうのに、ゼロはなんの躊躇いもなく撃った。


 着地前に10発。着地と同時に10発。前に走りながら飛び、空中で回転しながら数十発。ロングレンジライフルとは思えない身軽な動きだ。

 その姿は双剣を持った歴戦の剣士。それほどの美しさと勢いが彼女にはあった。


 それに、今まで放った弾丸は全て的確に悪魔に命中している。掠るようなこともなく、全てど真ん中に命中していた。


 結果、絶望的だと思われた空はたった1分足らずで綺麗な晴天に塗り替えられた。


 ガタッ。

 全て倒しきり着地したゼロがバランスを崩して手を着く。俺はゼロに駆け寄り、彼女に肩を貸した。


「どう?凄いでしょ」


 ゼロはゼェゼェと息を切らせながら笑う。

 俺も同じように笑みを浮かべて返した。


「最高だ」


 そうしてゼロを運び、ティリタが彼女に回復魔法を撃っている最中、カスコさんが叫んだ。


「エルスケルクのチャージが完了しました」

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