1章11話『生態的バグ』
「テメェらここに何のようだ?」
横はねした茶髪の男はこちらにガンを飛ばしてきた。
怖気づきながらも、ティリタが答えた。
「ぼ……僕達、クエストでここに来たんです。街を襲うゴブリンの群れを倒してくれって……」
「で、そのゴブリンは倒せたのか?」
俺達が頷くと男は舌打ちをし、
「そうか、とっとと帰りやがれ」
男は面倒そうにそう言って、俺達の背後に歩いていった。
「待てよ」
逃がすわけねぇだろうが。
「あ?んだよ、もう用はねぇよ」
「そっちに無くてもこっちにはあるんだよ」
男は舌打ちをしてこっちに近づいてきた。
「なんの用だ?」
「それはこっちのセリフだ。お前、あの家になんの用だ?」
「あぁ?なんだっていいだろ」
「良くないんだよ」
男は俺に距離を詰めてきた。
「あの家、何が住んでるか知ってるか?」
「お前らがさっき言ったゴブリンだろ?それがどうしたんだよ」
「知ってるのか…………」
俺は改めて男を見た。
「その割には、やけに軽装だな?」
「…………何が言いたい?」
「ゴブリンが住んでるって知ってるくせに、武器の1つも持たずに突っ込むか?普通」
男はギリッと奥歯を擦らせた。
「つまりお前は、俺達がゴブリンを倒したのをどこかで見ていた、ということになる」
と、俺は思っていた。
しかし、ティリタがこう言う。
「もしくは……自分はゴブリンに襲われないという確証があるか」
なるほど。
そうなると『アレ』にも説明がつくか?
ゼロが追い打ちをかける。
「あのゴブリン達、私達を警戒する様子がなかった。つまり……何か特殊な行動しかしないようになっている」
後ずさりする男に対してティリタが言った。
「今回のクエストはアクセサリー強盗のゴブリン達を倒せというもの。人を襲わないモンスターがアクセサリー強盗なんてするとは思えない。人間に教育……もしくは洗脳されている」
男の表情に、一気に焦りと怒りが生まれた。
「あの家も、ゴブリンが建てたものとは思えないほど立派な物だ。人間が建てたとしか思えない」
そろそろ、結論を出そう。
「お前がここに来た目的……それは回収だ。お前はゴブリン達を洗脳してアクセサリー強盗をさせ、盗んだ物をここに保管させるようにした。それを今日、お前が回収しに来たんだ。違うか?」
男はズカズカと歩いてきて俺の胸ぐらを掴んだ。
「…………証拠あんのかぁ!?」
「さっき言ったよな?あの家に住んでるのは『俺達が言ったゴブリン』。つまりアクセサリー強盗のゴブリンだって」
「それがなんだよ!」
「ただのゴブリンならまだしも、なぜアクセサリー強盗のゴブリンがいるって分かったんだ?」
男は俺を掴む腕を震わせ、叫びながら俺を投げ飛ばした。
「黙れぇ……黙れ転生者が!」
「……お前も『転生者狩り』か」
「あぁそうだ!俺は転生者狩りギルド《エンセスター》のメンバーだ!」
エンセスター。
それが奴らのギルド名か。
「いい気になるなよ転生者共…………」
男は俺達を指差す。
「俺にはこれがあるんだよ!」
男がポケットから取り出したのは小さな赤いカプセル。マダムが使っていたものとよく似ている。
男はそれを服用し、唸り声を上げた。
「グォオオオオオ!!!」
雄叫びを上げると、男の体はみるみるうちに深緑色になっていった。
それがゴブリンであることはすぐに分かった。
こないだと同じだ。
あの赤いカプセルには服用した相手にモンスターの特徴を付与する効果がある。
「ナメるなよ……転生者ァ!」
ゴブリン男……とでも名付けようか。
ゴブリン男は足元の岩をむしり取り、俺達に向かって投げつけてきた。
「うわっ!」
なんてパワーだ。
普通のゴブリンでもそんなことしないぞ。
「フレイム!」
俺は反射的にフレイムを打つが、射程も威力も足りてない。
「フハハハハ!そんな攻撃効かない!」
ゴブリン男はドスドスと音を立てながら俺の方へ走ってきた。
「何っ!?」
俺は驚きつつも、ゴブリン男の強烈なパンチを間一髪で避ける。
殴られた場所は大きく抉れ、ゴブリン男のSTRの強さを表していた。
「くそ……ちょこまか動きやがって」
いやちょこまか動いてはいないけども。
ゴブリン男はもう一撃、俺に攻撃を加えようとする。
が、
「グアアーーッ!」
銃声が響いた。
「ごめんごめん、リロードに手こずっちゃって」
ゼロがゴブリン男をジト目で見ながら言った。
「こんな醜い姿になってまで力と金が欲しいのね…………」
ゴブリン男は背中を押さえながらゼロを睨む。
「だまれ!きさま、なにが、わかる!」
…………ん?
ある違和感を共有したいが為にゼロにアイコンタクトを送るが…………
「どうかした?」
気づいてない…………気にし過ぎか?
俺は男の頭を掴んだ。
「フレイム」
ボンッ!
珍しく大きな音を立てて発動したフレイムは、男の頭を焼くには十分――――なはずだった。
「グエエエエ!!」
男はそう言って藻掻きながら俺とゼロを攻撃しようとする。
「これは……どういうことだ?」
俺とゼロは顔を見合わせる。
するとティリタが叫んだ。
「カプセルの効果で頭蓋骨も強化されてるんだ!いつもの方法じゃ勝ち目がない!」
それでこいつは生きてやがるってわけか…………。
クソ、どうすれば…………。
「おまえ、よくも、ひ、あつい!」
………………ん??
試しに俺はあることをしてみた。
「お前…………名前は?」
男は口を開かない。
「フレイムが熱かったのか?」
男は、少し時間を置いてから
「あつい!あつい、いやだ!」
気にし過ぎではなかったようだな…………。
「ゲームオーバーだ」
俺はゴブリン男の足の付け根にフレイムを放った。
強い熱の前に少しずつ灰と化す足。
ジューと火が消えてはもう一度フレイムを放ち、また火が消え、フレイムを放ち…………を繰り返した。
ついに男の足は男の支配下に無くなった。
「ギシャアアアア!!!」
ゴブリンは叫び声を上げるが、気にせずもう片方の足をもぎにいく。
「何してるの?グレン」
ゼロがそう聞く。
「見ての通り、ゴブリンの足をもぎ取ってんのさ」
「ゴブリンの足?そんなに高く売れないと思うけど…………」
ティリタがそう言う。
「それに、そんな時間あるなら頭を直接狙った方がいいと思うけど…………」
ゼロも続いてそう言う。
もう片方の足をもぎ取った俺は、すぐにその場から立ち去った。
「帰るぞ」
「え?ちょ、ちょっと待って!」
2人は慌てて俺の方に来た。
「あの男……殺さなくていいの?」
とゼロは聞いた。
「あの男がカプセルを服用した直後…………まだまともに喋れていたんだ。だか今はどうだ、簡単な単語を並べることしかできなくなっている」
「そう、だね…………」
「それに、俺が足を狩っても逃げる様子がなかった。それまでは暴れたりしてたのに」
ゼロとティリタは顔を見合わせた。
「俺が思うに、あの赤いカプセルはモンスターの特徴を他の生命体に与える効果があるんだと思う………………が、今回はハズレだったようだな」
俺は結論を言った。
「アイツはもう人間じゃない。カプセルの中のゴブリンに飲まれた化物だ」
アイツが赤いカプセルを飲んだ時点で、アイツはゲームオーバーだったんだ。
「全く動かないゴブリンが森の中に転がってんだ。他のモンスターに喰われるのも時間の問題だろう」
俺達は馬車に乗り、街へ戻った。




