3章34話『到着』
「ホープス」
呼吸をするように呟かれた最上級魔法の名前。その名前を持つ光魔法が彼女の手から放たれた。巨大な光の弾が悪魔の背後に衝突し、すぐに散った。
悪魔はそのまま後方の岩に叩きつけられ、翼が瓦礫の中に埋もれた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
彼女が礼をすると白髪が揺れる。
スラッと長い脚に黒のストッキング、上半身は反対に白色の洋服を着ていた。そこには一点の穢れもない。
幼い見た目をしたディエスミルとは対照的に彼女は大人びた雰囲気を醸し出していた。
ディエスミルはフンッと鼻で笑い、彼女を見た。
「遅いぞよ、アオイ」
アオイは改めて礼をし、目の前で動けなくなっている悪魔を凝視した。流れるように放たれた魔法だったが悪魔には会心の一撃となったようだ。
それでも悪魔は抵抗しようと翼でもがいている。そこは旧支配者の遣い、そう簡単には倒されない。
「後は私にお任せ下さい」
アオイは『イステの歌』を開いた状態で悪魔に接近する。悪魔は何とか瓦礫から出ようと動くが、岩の重さに勝てず身動きが取れない。
アオイは紙の手帳をポケットから取り出し、万年筆で文字を書く。悪魔の特徴を記しているようだった。
「なるほど……目、鼻はありませんが、口だけは異常に発達している……口内に目や鼻の代わりを務める器官が備わっているのでしょうか……」
アオイは更に耳があるかどうか、足はどうなっているのか、翼の骨格はどんなモンスターに近いか。それぞれ事細かく調べた。
しかし、それに集中しすぎた。
少し離れた場所から悪魔の様子を伺っていたディエスミルが突然叫ぶ。
「アオイ!翼じゃ!」
え?とアオイが翼を見ると、そこにあった岩はほぼどいていた。このままでは飛び立たれてしまう、そう思ったが間に合わなかった。
バッサァア!!!
風を切る音が辺りにこだまする。
飛び上がった悪魔は目の前にしゃがみこんでいたアオイに向かって大きな口を開ける。その口角は上がっているようにも見えた。
口の奥は真っ黒い。見ている闇の中に吸い込まれそうになる。鋭い牙も相まって果てしなく恐ろしかった。
が、アオイがその程度で死ぬわけが無い。
アオイは立ち上がるとほぼ同時に空中で縦に一回転し、悪魔の後頭部を刈り取るように蹴りを入れる。悪魔の体は平らな地面に強く叩きつけられ、アオイは凹凸している岩の上綺麗に着地した。
ちょうど両者の位置が入れ替わった感じだ。
「もう少しだけ調べたいところですが、そうもいかないようですね」
アオイの手の中には『イステの歌』がある。それは強い光を発しながら彼女を照らしていた。
彼女はそれを持ったままゆっくりと歩いていく。そして魔導書から手に入れた魔力をすれ違いざまに悪魔に投げ捨て、そのまま悪魔の後ろに歩いていった。
光を叩き込んだ後数歩歩いた後、立ち止まることなくアオイは言った。
「マルヴァ・ブランカ」
彼女がそう呟くと、投げた光が無数に分裂し、蕾のように形を変える。その蕾は回りながらゆっくりと開いていき、ある一定のラインを超えるとキュイイイイインッ!!!という高音と共に光線を放ち悪魔を焼き尽くす。
恒星のような強い光を背に、アオイは言った。
「アスタ・ラ・ビスタ」
「なるほど、そんな方法でエルスケルクを隠し通したんですね」
アオイはディエスミルから一連の流れを聞き、興味ありげに頷いた。
「エルスケルクがどこにあるのかは分からぬ。じゃが、緊急の連絡が来ていないという以上無事に運べているのじゃろう」
「そうですね、では私はこれで失礼します」
「あぁ。健闘を祈るぞよ」
ディエスミルはアオイに手を振って道の奥に消えた。エルスケルク輸送班はエルスケルクを運んだ後、それぞれ指定された拠点に移動して攻撃班に加勢する作戦になっている。
また、各ギルドマスターは3つの拠点の総司令として、被らないように配置されている。
北にはアルマドゥラ、南東にはディエスミル、南西にはアオイが配置されている。
ディエスミルの向かうべき南東の拠点はそう遠くないが、アオイの向かうべき南西の拠点はなかなか距離がある。歩いていくのも体力の無駄なので、転移魔法を使うことにした。
「…………クソッ!」
アオイさんが消えてから20分が経過した。俺達はずっとナイアーラトテップを銃で撃ち続けている。補給班が仕事をしてくれているおかげで弾切れすることは無いだろうが、正直俺達の方の気力が持たなくなってきた。
弾も最初の方と比べるとだいぶブレている。
「今どんくらいHP削ってるんだろうな?」
タルデがそう言ったが、誰も答えられなかった。
ナイアーラトテップとの戦闘が始まって1時間以上経過している。その間3つの班が永続的に銃を、しかもクトゥグアの火幻素が乗った弾丸を叩き込み続けている。
にも関わらずナイアーラトテップは不気味に笑っていた。
このままじゃ埒が明かない…………!
俺がこの戦いの末を掴めずにいたその時だった。
ガラガラガラガラッ。
遠くの方から車輪が回るような音が聞こえた。それと同時に馬の走る音もだんだんとこちらに近付いてくる。
俺が振り返ると、その先にいた男は俺達に手を振っていた。
「みんな!大丈夫かい!?」
「ティリタ……!」
ティリタは大きな鉄の塊……いや、鉄で出来た箱のようなものを巨大な台車に乗せて運んできた。他にもカスコさんや《ブエノスディアス》の冒険者達が馬に乗っていた。
「お前こそ大丈夫か!?さっきバケモンがお前らの方に向かっていったのが見えたが…………」
「大丈夫、ディエスミルさんが僕達を庇ってくれたんだ」
「そういう事だったのか。今そのディエスミルさんの所にアオイさんが向かったところだ」
「そっか。なら安心だね」
なんていうお互いの近況報告を済ませたところで、ゼロが人差し指を突き出した。
「で、その大きい箱は何?」
ティリタが待ってましたと言わんばかりに胸を張る。馬に乗っていた冒険者達は全員降り、箱の四方に広がった。
そうか…………!そう言えばティリタの分担は!
「ついに……届いたってわけか!」
俺は若干の興奮を隠しきれず、目を見開いた。
ティリタも同じように目を輝かせ、
「あぁ、届いたってわけさ!」
と箱の鍵を解除する。
全員が箱から離れると、カスコさんが箱に向かってナイフを投げた。するとその一撃をトリガーとし、箱の側面がバタンッバタンッ!と倒れる。
中から現れたのは巨大な機械。
中心には真ん中に穴の空いた赤色の円盤が大きさ違いで3つ、お互いが交差するようにグルグルと回っている。
周りは赤透明の液体で囲まれていた。
「これが俺達の切札!」
タルデが近付いてよく観察する。
カッコつけて髪をいじってはいたが、ゼロもそれに興味をそそられたようだ。
カスコさんが「ディエスミル様は現在不在ですので、私が代わりに解説を致します」と言って冒険者達の前に立った。
「これこそがナイアーラトテップを撃退するための最強の兵器。混沌を焼き払う太陽。その名もElsquelc。これが到着した今、この戦いは終了したに等しいです」
カスコさんはそう断言した。




