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3章31話『混沌の降臨』

 早朝7時、俺達は《ブエノスディアス》が用意した輸送車に乗っていた。中には俺達以外にも数人の冒険者がいる。転生者もいれば、現地人もいた。誰もが緊張でほとんど何も喋らない。

 そんな中、タルデがふと呟いた。


「ティリタ……上手くいくといいな」


 タルデは優しい笑顔でそう言った。俺とゼロはそれに頷き、隣のアオイさんが目を閉じてこう返す。


「大丈夫です。あちらには、彼女らが付いていますから」


 今回の作戦、部隊は大きく5つに分けられる。

 そのうち3つは、ナイアーラトテップの襲来予想地を囲むように北、南東、南西に居座る。襲来と同時に総攻撃を開始し、ナイアーラトテップの撃退を狙う。

 俺とゼロ、タルデ、アオイさんは南西に配置されている。

 もう1つは、《ビエンベニードス》の倉庫から武器や弾丸等の物資を絶えず運ぶ部隊。ここには多くの冒険者が動員されている。ほとんどは《ビエンベニードス》のメンバーだ。

 そして最後、これは対ナイアーラトテップ用の兵器を運ぶ部隊。ここにティリタが動員されている。

 また、この部隊には《ビエンベニードス》ギルドマスターのディエスミルさんや《ブエノスディアス》ギルドマスター秘書のカスコさんが同じように動員されている。

 これだけの有力者を動員してまで運ばなくてはいけない兵器だ。相当強力なものなのだろう。


 そうこうしている内に目的地に辿り着いた。

 そこは広い空き地だったが、巨大な防護壁やロングレンジライフル、収納箱にはポーションや包帯だけでなく弾丸や砥石も詰まっていた。

 今までとは比べ物にならないくらいの量だ。人がすっぽり3人ほど入れそうな大きさの箱に物資がパンパンに詰められている。


「これだけあっても足りないんですか?」


 アオイさんに聞いた。


「えぇ。ここにいる冒険者全員が銃撃を行ったとして、ここにある弾丸は10分持つかどうかです」


 確かにここには30人……いや、40人以上の冒険者がいる。一斉に銃撃を行うと考えれば、確かに弾丸の消費は激しい。

 ちなみに俺も最初は銃撃を行う。ロングレンジライフルを借りて、だ。対ナイアーラトテップ用に作られた銃のため、デメリットは発動しないらしい。

 ナイアーラトテップが下の方まで降りてきてから魔法の使用を開始する。

 これはゼロ、タルデも同じだ。


 俺はふと腕時計を見た。

 チッチッチッチッ…………。秒針はなりふり構わず無慈悲に時を刻み続ける。ナイアーラトテップの襲来まで、あと1分を切った。

 アオイさんの合図で全員が防護壁の裏に隠れてロングレンジライフルを構える。


 鼓動が早まる。体が微妙に揺れるほど心臓が活発に動いている。俺の視線は腕時計に集中していた。

 3…………2…………1……………………。



 グォォォオオオオオオンッッッ!!!



 咆哮とも取れる爆発的な突風が街を駆け抜けた。一瞬怯んだが、俺はすぐに防護壁から顔を出して銃を構えた。

 そこで俺はついにそれを目撃することとなる。


 黒に緑を混ぜたような色の体。

 スレンダーな見た目をした人型の巨体。

 全身から伸びる蛇のような触手。


 ナイアーラトテップだった。


「あれが……ナイアーラトテップ…………」


 隣の冒険者がそう呟いた。写真で見るのと現物を見るのとではやはり恐怖は大幅に違う。

 ヤツを見るだけで俺の心は駆り立てられた。

 何か知ってはいけない事実を知ってしまったようで、辿り着いてはいけない場所に足を踏み入れてしまったようで………………。

 頭が痛くてたまらなかった。


「くっそぉ…………!」


 俺は頭痛を堪えながらライフルのスコープを覗く。ナイアーラトテップは周囲を見回し、何かを探しているようだった。


「我がいない間にこんなにも発展していたか。滅ぼすには惜しい星だな」


 ナイアーラトテップの声が脳内に響いた。クトゥグアの時と同じ感覚だ。

 その時、周りを見回していたナイアーラトテップとスコープ越しに目が合った。


「…………ほぅ?我の襲来を予想していたというわけか……」


 ナイアーラトテップはそう言って微笑する。その口角の上がり方は有り得ないほどの恐怖心を煽り、俺達に絶望を植え付ける。


 震えそうになる体を無理やり動かし、俺はトリガーを握った人差し指にグッと力を込めた。

 ガガガガガガッ!

 銃声は思った以上に大きい。スコープ越しにナイアーラトテップを覗くと、ヤツの体にプツプツと小さな穴が空き、すぐに塞がっていくのが分かった。

 やはりナイアーラトテップ本人も体を粘液で形成しているようだ。だが、銃は固定ダメージ。しかも『セラエノ断章』から生み出された火幻素を帯びている。少し前に《ビエンベニードス》へ行ってクトゥグアの魔力を分けてきた時のものだ。

 クトゥグアはナイアーラトテップの天敵。そのクトゥグアの力を帯びた弾丸はナイアーラトテップに有効なはずだ。


 さらにこの後ティリタ達が運ぶ兵器が到着し、ナイアーラトテップに更なる攻撃を仕掛ける。

 これにもクトゥグアの魔力が蓄積されている。兵器そのものの火力も申し分ない。砲撃1発で高層ビル1つが跡形もなく消し飛ぶ威力だと聞いた。


 あれが届けば戦況は大きく変わる。俺はそう信じて銃を撃ち続けた。

 だが、ヤツはとんでもない行動に出た。


「だが貴様らの作戦など手に取るようにわかる」


 ナイアーラトテップは右腕を俺達のいる方向と真逆の方角に向けた。そしてその方向の先にあるものは一瞬で分かった。

 兵器だ。


「アイツ…………俺達が兵器を開発しているのを読んでいたのか!?」


「いえ……そうではありません。恐らく、ナイアーラトテップには我々には理解出来ない能力があり、それを使って兵器の存在を特定したのでしょう」


 例えば、ニグラスで起きているどんな出来事もリアルタイムで認識できるとか、自分に対して危険となるものを察知する能力だとか。

 アオイさんはそのような例を上げた。


 ナイアーラトテップの右腕の先から、別の生命体が生まれようとしていた。粘液塗れになったその体をうねりながら、大きな口だけが備わった体を露わにして、折りたたまれた強靭な翼をゆっくり取り出す。


 真っ先に思い浮かんだのは、悪魔だ。

 ナイアーラトテップは体から悪魔を生み出し、兵器の方へ放った。


「まずい、ティリタ達が!」


 その光景を見ていたタルデが叫ぶ。ゼロと俺は冷静にその悪魔をライフルで撃ち落とそうとするが、機敏に動く悪魔に弾丸が当たることはなかった。


「…………皆さん、ナイアーラトテップを任せてもよろしいですか?」


 アオイさんが静かに言った。彼女の手には『イステの歌』が握られており、その魔導書は既に光に満ちていた。


「すぐに戻ってきます。それまで、足止めをお願いします」


 そう言ってアオイさんは魔導書を開いた。

 風でバタバタバタッとページが捲れる様はとても美しく、感動を覚えた。

 彼女の清楚で可憐な出で立ちをずっと眺めていたいが、そんな暇はない。

 俺達はナイアーラトテップの足止めに集中することにした。


 兵器を運んでいるのはティリタ、カスコさん、ディエスミルさんの3人とその他大勢。彼らなら大丈夫だとは思うが……やはり心配だ。


「死ぬなよ、ティリタ……!」


 俺は届かない仲間への思いを吐き出した。

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