3章28話『上と下』
今までにない体験だった。
俺の体は頭を下にした状態で地面に向かって猛スピードで突っ込んでいく。
いくら足をばたつかせようが俺の体は動かない。世界と俺との繋がりが完全に切れた証拠だ。
塔に巻き付く災厄の龍は俺を死んだものとして見て、上の3人と交戦しているようだ。ゼロの銃声や、タルデとティリタの叫び声が聞こえる。
まずい、このままじゃ本当に死ぬ…………!
地面は目に見える速さで俺に迫ってくる。上からだと米粒みたいに小さく見えていた岩も、だんだんと大きくなってゆく。
何とかしてこの状況を打破しないと……!
そう思った俺は、まず改めて周囲の状態を確認することにした。木やロープ等の掴めそうなものがないか、落下時の衝撃を死なない程度まで和らげるものはないか。
とは言ってもここは空中。都合よくそんなものがある訳ない。
「…………いや」
一つだけある。
掴めるわけでも、落下時の衝撃を和らげるわけでもないが、アレに乗れば俺は助かるだろう。
俺が見つけたもの、それはファナティコの身体だ。
アイツの身体は巨大な塔に巻き付けられている。その太さはだいたい幅20m程。そこに着地さえできれば、俺は助かるに違いない。
だが問題はどうやって乗るか、だ。
ファナティコの身体は俺からかなり離れている。手を伸ばした程度で掴めるような優しさはない。
かといって何かワイヤーのような物を持ってる訳でもないし、空を滑空する技術もない。そもそもそんなものあったら最初から落下していない。
もう時間は限られてきている。残り30秒も猶予はないだろう。何か……何か空中を移動する方法は……!
「…………そうだ!」
俺は右手を塔とは反対側に向け、突き出す。俺の手の平の真ん中が熱くなり、その熱は広がっていき、そして1つの火球を生み出す。
「バーニング!」
俺は右手から炎を放つ。
その時の反動で俺の身体は少しだけファナティコに近づいた。これなら……この距離ならいける!
俺は急いで左手に持った『セラエノ断章』を開き、ページを指で払う。すると今さっき放った火球は空中で止まり、急に軌道を変えて俺を下からすくい上げるようにぶつかってきた。
「ぐっ…………!」
失敗が許されない状況だったのでできる限りの火力を出した。それをモロに食らっているのだから、ダメージは大きい。それでも俺は『セラエノ断章』に魔力を送り続け、俺の腹を焼きつくそうとする炎を制御した。
炎は俺に衝突すると、そのままの勢いで俺ごと後ろの塔に向かってゆく。
ゴォォオオオッ!と炎の燃える音のみが俺の耳に入る。極度の集中状態でも聞こえるほどの大きさの音が。
だが作戦は成功した。
俺の身体はみるみるうちに塔に近づいていく。
そのままガッシャァアアン!と音を立てて塔にぶつかり、そのまま壁にそって落ちて災厄の龍の胴体に着地した。
レンガ造りの塔にぶつかっただけあって背中がかなり痛い。骨にヒビが入っていてもおかしくないだろう。
何はともあれ落下死は免れた。あとはここから上に登るだけだ。
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グレンが落下してから約1分後、下の方から大きな衝突音が聞こえた。きっと…………グレンはもう落下死したのだろう。この高さから落ちて生き残れるわけがない。
私は唇の端を噛んで悔しさと怒りをもみ消し、バッグから畳まれたアサルトライフルを取り出して展開した。
「待ってくれゼロ!ヤツに銃撃は効かない!」
ヤツの粘液は銃弾程度なら簡単に包み込んでしまう。そのまま吐き出すように弾を外に排出すればほぼノーダメージだ。
以前カリアドと戦った時は『アクセル』を叩き込んでHP切れで勝利したが、今回はそうもいかない。これだけの巨体をHP切れに持ち込める程の火力も体力も弾丸もない。
正攻法で叩きのめすしかない。
私はアサルトライフルの銃口をファナティコの触手に向け、ホロサイトを覗く。ファナティコの触手の先端は緑色が濃くなり始めている。これが粘液の硬質化だ。
「ティリタ、タルデ。少し下がってて」
グレンはさっき、硬質化する直前に魔法を撃つことで粘液を分散させ攻撃をキャンセルしていた。だが、そうしたら地面に落ちた粘液は硬質化を中断し元の粘液に戻って、また触手を形成してグレンを掴んだ。
なら、完全に硬質化した後ならどうなる?
完全に硬質化した粘液を砕いたら、それは粘液に戻るのか?
試してみる価値はある。
ちょうどその時、目の前の触手の硬質化が完了したようだった。私はよく狙いを定め、触手の先端部分目掛けて銃弾を一斉に放った。
ガガガガガガガガガガガッ!
反動を制御するのにも腕や足腰の筋肉を使うからアサルトライフルはあまり得意ではない。それでも今みたいに一気に火力を叩き込む必要がある時は必須になる。
「…………ダメだ!全部弾かれてヒビひとつ入ってねーぞ!」
タルデは私と触手を交互に見ながらオドオドと慌ただしく動いている。
ティリタは逆にほとんど動かないが、体が細かく震えていることから内心とても焦っていることは見てわかった。
心配してくれるのは嬉しいけど、裏を返せば信用されてないとも言える。
ま、なら今日がいい機会ね。私の強さを改めて思い知らせてあげるわ。
「まずい、攻撃が来る!ゼロ!逃げて!」
ティリタがそう叫ぶが、私は動かない。今逃げる訳にはいかないからだ。
尖った触手の槍は既に動き始めている。私はその先端をじっと見つめ、口角を上げた。
「ダメだ、今行かねぇと間に合わねぇ!」
タルデが私を助けようと駆けつけてくれる。だがどちらにせよ間に合ってはいなかっただろう。槍は恐ろしいスピードで私を殺そうとしてくる。
でも、僅かに上回ったのは私の方ね。
さっきタルデは触手にヒビひとつ入っていないと言っていたが、それは間違いだ。触手の先端には数多のヒビが薄く全体に入っている。
どんなに硬い物質にも弱点はある。そこを徹底的に攻めれば砕かれないものなんてない。
でも、今回は僅かに弾丸が足りなかった。
だから私はこうしてここに立っている。
触手が私に向かって飛んで来始めたのとほぼ同時に私は高くジャンプした。が、それは触手を回避するためではない。
私は飛び上がると同時に左足を大きく横に反らせ、タイミングを合わせてキックする。
その蹴りはタイミングぴったりに現れた触手に直撃し、触手にトドメの一撃を食らわせた。
パリィィイイン!!
私の目の前で触手の硬質化した部分は派手に砕け散り、粉々になった。濃い緑色の粒子が雪のように降り注ぎ、私の服と足元に落ちた。
私はそれを手で払い、アサルトライフルの弾倉をポケットから取り出した。
「すごい…………!まさか触手を砕くなんて!」
私はフフッと笑い、羽織っていた上着をピシッと直した。
私はアサルトライフルに既に入っている弾倉を抜き、リロードしようとした。
その時、タルデが叫んだ。
「ゼロ!後ろ!」
反射的に太ももから拳銃を抜いて銃口を向けた。その先には災厄の龍の大きく開かれた口があった。
まずい、こればかりは銃では防げない。
そう思った次の瞬間、
「バーニング!」
ありえない声が響いた。
災厄の龍は炎を喰らい、怯んで頭を揺らす。ヤツの口から一筋の細い煙が上がった。
彼は私の目の前にスッと降り立ち、振り返った。
「よぉ、心配かけたなゼロ」
グレンはそう言って手袋をはめ直す。
「…………ホントだよ」
私は髪をクルクルといじった。




