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3章27話『災厄の龍』

 人間の姿をしていたファナティコの面影はどこにもない。目の前にあるのはただの異型だ。

 龍と聞くと、伝説のドラゴンとか太古に開発された生物兵器とか、そういった心躍るイメージがあるだろう。


 コイツにはそんな要素どこにもない。


 全身緑色で、長い体でこの塔を支配し、それでいて俺の体の何倍もあるその顔で俺を睨みつける。そこから生まれるのは恐怖である。いや、どちらかと言うと畏怖に近い感情だ。

 クトゥグアを目撃した時と同じような絶対を感じる。コイツに挑むことがどれだけ危険であるか、俺が俺に説明している。


「みんな…………見ればわかると思うが、コイツはヤバい。死ぬ覚悟決めろよ」


 もちろん、俺は既にその覚悟は出来ている。

 俺は手袋をギュッとはめ、右手に持った『セラエノ断章』を握りしめた。


「死ぬ覚悟ねぇ…………」


 ゼロが髪をクルクルいじりながら呟いた。

 そして俺の隣に並び、二丁拳銃をレッグホルダーから取り出した。いつものようにトリガーを起点に銃を高速で2回転させ、そのまま銃口をファナティコに向けた。


「私が死ぬわけないでしょ」


 彼女はそう言って微笑む。

 ゼロのその表情からは一切の恐怖を感じられない。完全に自分の勝利を確信し、死の恐怖を消去している。死刑執行人だから、そう言った死への感覚には鈍感なのだろうか。

 いや、きっとそうではないだろう。


「死ぬのは私達じゃなくて、あのイキリ男の方よ。あんなヤツに費やす弾丸がもったいないわ」


 彼女は死の恐怖を消したのではなく、死の恐怖を克服したのだ。自分に降りかかる絶望を呑み込み、取り入れる。そうして自分の心を強く固くしていったのだろう。

 ゼロはそういう奴だ。


「あぁ…………もったいねぇ。弾丸も、時間もな」


 俺は右手に力を込め、高温を生成し始めた。


「速攻で片付けるぞ、殺られる前に殺れ」


 俺は右手を前に突き出し、渾身のバーニングを放つ。そしてすぐに左手の『セラエノ断章』を開き、ページを指先でなぞる。


「グギャァァアアアッ!!!」


 ファナティコは粘液で出来た口を大きく開け、炎を受け止めようとする。が、そんなことされてたまるか。


「うぉらぁっ!!!」


『セラエノ断章』の能力で炎を大きく横に逸らし、口を避ける。炎は明後日の方向へ飛んで行った。


「……ねぇ、グレン。分かってる?」


 ゼロが声を潜めて言う。が、彼女が何を言うか俺には予想できている。


「あぁ。あの粘液、カリアドの物だ。そしてそのカリアドと以前対峙した時、お前がカリアドを倒した方法は…………」


 HP切れ。


 そう、ゼロはカリアドに『アクセル』を叩き込みHP切れで殺した。だが、それは敵が俺達と同じくらいの大きさの個体だったからだ。

 塔に巻き付くほどの巨体だ。ゼロの『アクセル』程度でHPが削りきれるとは思えない。いや、まず間違いなく無理だ。


「それに、注意すべき点は他にもある」


 その話をしようとした時、言ってる側からファナティコが仕掛けてきた。

 俺達の側面の壁から粘液を伸ばし、触手のように登ってくる。そのまま上の方で止まったそれは、尖らせた先端部分を硬質化させ、猛スピードで床に突き刺さった。


「……なるほどね」


 ゼロは俺を抱きかかえて俺ごと回転回避する。

 危ない、間一髪助けられた。


「ファナティコは硬質化を使いこなす。攻撃でも防御でも」


「えぇ、今のを見て分かったわ」


 俺達の視線は突き刺さった触手に釘付けになっていた。レンガが粉々に砕ける様子もなく、それどころか破壊音の1つも立てなかった。

 よほど鋭利な槍なのだろう。言うまでもないが刺さったら一溜りもない。


「うぉぉぉおおお!」


 タルデが剣を持って触手に斬りかかる。

 ガンッ!と金属同士がぶつかったような音が響き、僅かに緑色の破片が飛び散った。


「いや、この硬質化はまだマシな方だ!図体デカイ分、力が分散されてるみたいだぜ!」


 なるほど、全身の硬質化を完全に制御できている訳では無いのか。

 だとしたら、まだ希望はある。


「カリアドは本体に意志があった。だからこそ粘液が2つに分解されてもそれぞれが別々に行動できた」


 結果、分裂したように感じられたのだ。


「だが、コイツは粘液自体に意志はない。ファナティコが内側から何らかの方法で操作しているだけだ」


「てことは、中のファナティコさえ何とかなれば俺達は勝てるってことか?」


 俺は静かに頷く。


「それが出来なければ、粘液を攻撃し続けて分離させ続ける方法しかない。アイツのコントロール範囲がどこまでかは知らないがな」


 そう言った時、ティリタが手帳を指さしてこう言った。


「少なくとも、この塔全体はコントロール範囲だ。今、アオイさんを応援に呼ぶために座標を送信しようと試みたんだが…………出来なかった。ヤツは粘液を粒子のように空間に散らばらせ、それを妨害電波のように扱っている」


 ティリタが言うには、この粒子自体が俺達に危害を与えるのは不可能だという。

 それでもアオイさんに応援を頼めないのは痛手だ。


「コイツは俺達だけで仕留めろってわけか」


 俺はそれを再確認した上で、改めて気合いを入れ直した。

 まずは1つ、試してみたいことがある。


 俺は周囲をよく見回し、敵の攻撃を待った。

 すると、右から僅かにネチャネチャと水音が聞こえた。こっちだ!


 俺は体の後ろでバーニングを放ち、それを『セラエノ断章』で操作する。目の前に上がってきた触手がピンと張り、先端をこちらに曲げて向けた時。


「ここだっ!」


 俺は触手の先端にバーニングをぶつけた。


 グチャァアアッ………………。


 触手は先端から砕け、一部が床に散って流れ出した。

 予想通りだ。


「硬質化する前なら俺の魔法が通る!タイミングさえ合えば敵の攻撃をキャンセルできるぞ!」


 俺はがぜんやる気が湧いてきた。俺はバッグから取り出したMPポーションを一気に飲み干し、それを叩き割る。

 俺は畳み掛けるようにバーニングを放った。


「ティリタ!マジックアップ撃てるか!?」


「もう既に撃ってある!スピードアップも、ディフェンスアップもだ!」


 さすがだ。優秀すぎる。


「了解だ!このまま傷1つ付けられずにぶっ殺してやるよ!」


 この時の俺は作戦が上手く決まってハイになっていた。そのため、防御面での警戒が甘くなってしまった。


 俺がバーニングを準備しているその時、タルデが後ろから叫んだ。


「グレン!下だ!」


 我に返ったように冷静になり、反射的に足元を見る。そこにはさっき砕いた触手が…………正確には粘液が流されていた。

 床を覆う不気味な緑色をした粘液は、既に俺の足を掴んでいた。


「何っ!?」


 俺は焦って粘液にバーニングを放つが、既に軽く硬質化が始まっていたようで、炎は何も無かったかのように消えた。


 そのまま粘液は足を起点に俺を持ち上げ、俺は逆さになって吊り上げられた。


 まずい、この拘束を解けない!


 俺はバーニングを放って脱出を試みるが、体が揺らされてまともに当たらない。

 下ではゼロが銃を、タルデが剣を構えているのが見える。どちらも焦りと緊張を混ぜた表情だ。


 だが、災厄の龍は怯まなかった。


「離せ!離しやがれ!」


 俺がもがくと、粘液は俺を連れて塔の外に出た。

 逆さ吊りになっている俺は嫌でも下が見えてしまった。

 ここから落ちたら間違いなく死ぬ。いくら何度でも蘇るからといって死の恐怖が克服できるわけじゃない。


 そう頭で思っても粘液を止めることは出来ない。粘液は俺の足を手放した。


「うぉおぉぉおおおおおっっ!!!」


 俺はそのまま真っ逆さまに落下していった。

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