3章25話『砦へ』
辺りの草や花は全て焼け、焦げ臭い匂いだけが残った。俺達は黒くなった大地を悠長に踏みしめ、砦跡に近付いた。
「ここから先はもっと敵が増えるはずだ。気を引き締めていくぞ」
俺は『セラエノ断章』をいつでも開ける状況にしておいた。ゼロは銃をリロード、タルデも剣に手を近付けておき、ティリタに関しては既に杖を展開していた。
俺達は万全の体制で砦跡に侵入する。
外壁に耳を当てると、中からは様々な声や魔法の音、銃声等が聞こえてきた。他の班のメンバーが既に辿り着いていたのだ。
俺はその事実を皆に伝え、中に入った。
内部はいくつかの部屋と大きな1つの部屋に別れている。戦闘は主に大きな部屋で行われている。
『血塗られた舌』の灰色の制服は至る所に転がっていた。ほとんどが持ち主の亡骸を包んだまま。
対して、《アスタ・ラ・ビスタ》・《ブエノスディアス》連合軍はほとんど被害を受けていなかった。強いて言うなら物資が少し足りてない程度である。その物資不足もしばらくすれば補給班が到着して解決してくれる。
今、俺達はかなり優勢のようだった。
「いたぞ!敵の援軍だ!」
俺の左から叫び声が聞こえた。
急いで振り返ってみると『血塗られた舌』のメンバーが5人、俺達に向かって指をさしていた。
と同時に彼らはアサルトライフルを取り出す。その銃口はまっすぐ俺達の方を向いていた。
「…………チッ!」
あまり無駄な所でMPを消費したくないんだがな。
俺は『セラエノ断章』を開き、そのページを優しく手でなぞった。本に詰め込まれた幻素が俺の体に流れ込み、溢れ出した。
「バーニング!」
敵が銃を撃つより僅かに早く火魔法を放ち、流れるように『セラエノ断章』の特殊魔法を発動した。目の前の炎は平たく縦に渦を巻き、円形に広がる。敵を殺すためのバーニングは少しの工夫で俺達を守る盾になった。
ガガガガガガガガガガッ!
耳が痛くなるほどの銃撃音が聞こえる。どうやら敵が発砲しているらしい。
「ダメだ!あの炎に防がれてしまっている!」
「ッ…………!まだ、わからない!もっと撃ち込めば炎を突き破るかもしれない!」
そんな会話が聞こえた後、敵の方からガチャガチャと音がした。おそらく弾を再装填しているのだろう。
「ゼロ」
俺が名前を呼んだ頃には既に彼女の準備は終わっていた。ゼロはチラッとこっちを見て自信ありげに笑った。流石だな。
俺は目の前に広がる炎を全て吸収した。
「……炎が消えたぞ!」
その声には喜びと希望が混じっていた。俺達からすれば何とも憎たらしい声だ。
しかし、幸いそれっきりその声を聞くことはなかった。
彼らに向けられた銃が彼らを黙らせたからだ。
ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!
ゼロは一瞬で正確に敵の頭を撃ち抜いた。炎が消えてから僅か1秒。その短時間で敵の位置を把握し、一切のブレを許さず、絶望の声を漏らす余裕さえも与えず撃ち殺した。
「これでいい?」
ゼロは人差し指を起点に銃を回す。
「完璧だ」
こんな美しい狙撃を見せられてダメだと言えるわけがない。
「今の銃声で他のメンバーもこっちに近付いてくるかも知れない。ここから先は曲がり角とか物陰とか、今まで以上に注意して進もう」
「あぁ、分かってる」
俺は『セラエノ断章』を左手に構えながら、慎重に歩き始めた。
「今の敵、こっちから来たよな?この先に俺達のゴールがあるんじゃねーか?」
タルデが指差す曲がり角を少し覗いてみたら、その先には何十人単位の敵がいた。
この先、付近より警備が固くなっている。つまりこの廊下の先に、俺達に近づいて欲しくない何かがあるということだ。
『血塗られた舌』の長はこの先にいる。
「ティリタ、マジックアップ頼む」
ティリタは無言で頷き、俺にマジックアップをかけた。その間に俺はMPポーションを飲む。
『セラエノ断章』と普通の魔法の併用はMPを大幅に喰う。そう簡単には連射させてくれない。
が、この人数なら『セラエノ断章』を使った方がMPの節約になるだろう。
「…………バーニング」
俺は敵に気づかれないようにバーニングを放ち、すぐにコントロールを開始した。
俺の目の前にある炎は俺が念を送るほど小さく多くなっていき、最終的にはほとんど目に見えない火の粉のような状態になった。
俺はその炎の粒を操作し、廊下の先にいる敵の下へ送った。
「よし…………!」
俺は廊下のど真ん中に飛び出す。
敵の注意は一斉に俺の方に向き、多数の銃口が俺を捉えた。
メンバー達はいち早く俺を殺そうとトリガーを引く。だが、俺を殺そうと銃を撃ったその時点でヤツらは俺の仕掛けた落とし穴にはまっている。
ドゴォォンッ!!!
弾丸の火薬は発砲されるとほぼ同時に周りの火の粉に触れて引火、そのまま持ち主の手を焼く。
熱さと火傷の痛さに悶える声が重なり、耳障りなノイズになる。
俺はヤツらの手についた炎を操作し、ヤツらの首から脳にかけて一直線に焼き焦がした。
体を内側から焼かれる苦痛は想像するに容易いが、想像したら慈悲が生まれてしまうからやめた。
運良く敵を殲滅させられた為、俺達は素早く且つ慎重に死体が転がる廊下を駆け抜けた。
「これは……!」
廊下の先にあったのは上に続く階段。
その先からも銃声や悲鳴が聞こえてくることから、他の階段から既に仲間が突入していると考えた。
「俺達も加勢するぞ」
俺が階段を登ろうとした時、ティリタが俺の肩を引いた。
「待ってくれ。ここの階段、あまりにも警備が甘い。普通ならここを最重要で守るべきなのに」
「要するに…………上で敵が待ち伏せてるってことか?」
「その可能性が高い。一度『セラエノ断章』で敵を焼いてから…………いや、その先に仲間がいる可能性を考えるとそれは控えるべきだね」
まずいな…………。見えない敵の居場所を特定することは出来ない。目視したとして脳の処理に1.3秒はかかるだろう。
もし敵が予め打ち合わせていて、この階段を通らないように指示していたら、ヤツらはこの階段に人影が見えた時点で撃ってくるかもしれない。
どうしたものか…………。
そう頭を悩ませていると、反対側の肩を叩く存在があった。
「ここはひとつ、俺に任せてみないか?」
タルデは眩しいくらいの笑顔を見せる。
「大丈夫なのか?敵は銃持ちだぞ?」
「なーに、心配すんなって」
タルデは抜刀し、階段を駆け上がっていった。
心配になった俺達も後を追うように2階へ向かった。
「…………!敵だ!」
『血塗られた舌』達はタルデを指さし、叫ぶ。
ダダダダダダダダ!
1秒間に40発は撃たれているだろう銃撃音がタルデを襲う。だいたい10人くらいは待ち構えているようだ。
だが、銃声とは別に聞こえてくる音がある。
キキキキキキキキキンッ!
金属同士が超高速でぶつかり合う音だった。
「まさかあいつ……アサルトライフルの銃弾を全て剣で弾いてるのか!?」
俺の予想は見事に当たった。
タルデは敵の銃撃をたった1本の剣で全て防ぎきっている。敵の弾丸が尽きるその瞬間まで。
「オララァ!」
敵が弾を撃ち尽くして丸腰になった瞬間を狙い、タルデは剣を振り回す。上半身と下半身が完全に別れ、グロテスクな断面図を見せた。
「やるじゃねぇか、タルデ」
「まぁな!これくらい容易いぜ」
タルデはそう言って鼻を擦った。
最上階まで、もうひと踏ん張りだ。




