第六話
気が付いたら一周年と半年過ぎてました。
この調子だと次回は二周年の頃かもしれない。
結局、水場で熟考し続けても結論は何も出なかった。というより、何も思い出せなかった。
自分が人間だったという事実だけは、根拠もないのにはっきりと憶えているのだが、何故か人間の時の記憶がまったく思い出せない。まるで靄がかかったように……モザイクというべきだろうか、頭の中に蓋をされている気がする。
俺は水を飲みながら、このモヤモヤした現状をどうにか打破できないか考えていた。いつまでも平行線を行ったり来たりなのだが……。
その時だった……。
『ドカーン!!』
後方の森の方から、衝撃音が聞こえてきた。
「!?!?」
とんでもない爆音が響き渡り、俺はまずビビってすくんじまった。そりゃそうだ。元々一般人だったんだから……。いやホントに一般人だったかはわからんけどたぶん?
一度俺はフリーズしたが、恐る恐るその爆音のした方向へと歩き始めた。
なぜ爆音の方向へと歩き始めたのかは自分でもわからない。高確率で面倒ごとに巻き込まれることが予測できる……にも関わらず、俺は歩みを止めなかった。頭では理解しているのに体は止まらないのだ。
もっとも、なぜ歩いているのかという思考にすら、俺は至ることはできていないのだが。
数分ほど歩くと、木々が大量に薙ぎ倒されている現場に遭遇した。倒木の中心には、クレーターと呼んでいいほどの巨大な焦げ跡がある。間違いなく先程の衝撃音はここで起きたものだと予想できた。
(うわぁ……、ひどいもんだな……)
率直なところ、この感想しか出てこなかった。
その流れで現場を調べていると、地面にいくつかの足跡を見つけた。
(これは……、人の足跡か……?)
ほんの少ししか残っていないのだが、靴のような跡に見えなくもない。専門知識がないので確実性はないが……。
(しかし人間かぁ……)
俺は今の自分が人間ともし遭遇したらということを考えてしまった。
(うん……、騒がれるというか殺される未来しか見えんわ……)
前世ならともかく今世は、人ではなく龍だ。こちらの世界で龍がどういうイメージをわかれているのかはわからないが、少なくとも例え前世であっても騒ぎになって真っ先に駆除対象……上手くいって見せ物の運命をたどっているだろう。
正味なところ、俺には戦う手段がわからないので人とは遭遇したくないというのが、今現在の本音だった。
だがそんな俺の本音というか望みは、森の奥から聞こえてくる新たな爆音と、「……ギャアアア!!」という男か女かもわからない悲鳴によって断ち切られることとなる。
「……!!おいおい……」
駆け出さずにはいられなかった。ドスドスというような大きな足音をたてて俺はその悲鳴の現場へと一目散に駆けていった。
つ………疲れた……。思ったより二本足で走るのは疲れた。なんか知らんけど体は重いわ・重心が安定しないわと、まぁ走り辛かった。
途中でゼハゼハ休憩してから超こっそり四つん這いで這っていく。今の俺は体がかなり大きいから、すぐに見つかるんでね。ビターっと体を地面に這わせてると、俺の地味な茶色の体色も相まって意外と気付かれんかもしれない。その一思いで、俺は今軍人のような匍匐前進をしているのだ。
バレませんようにと祈りながら、時折鳴る「バキッ」という枝の折れる音にビビりながらも、とある俺の大きな体がすっぽり埋まる程の茂みに入ったところで、茂みの先から人の声が聞こえてきた。
「さぁーて、とことん手間取らせてくれたなぁ?」
「だがこれだからこそ妖精族は希少価値があるってもんだ。中々手強い分、報酬もおいしいからな」
「あぁ、その通りだ。しかし楽しみだなぁ討伐報酬!!さて、さっさと最後の一匹にとどめを刺しちゃいますか」
「いやぁ!!やめて!!!」
そこには、一匹の羽の生えた、非常に小さな女の子を囲む三人の男の姿があった。
「なぁにが『やめて』だよ。今更だろうがよ。というかお前らも同じことをしてきたんだからその報いだと思え!」
「……!!私達は何もしていないわ!!」
「へっ、口だけならなんとでも言えるんだよ!お前ら『魔物』の言うことなんか信じられるか!!」
その女の子、金髪で緑色の薄汚れてしまっている服を着た美少女は、なんとか必死に弁解しているようだ。だが、男達は聞き入れもせず醜悪な表情で剣を振り上げた。
(ど、どういうことだい……。状況はよくわからんが、深く考える暇はないみたいなのはよくわかったぞ……)
正直両者の事情なんかさっぱりである。ただ複雑ななにかが絡み合ってるのは弱冠理解できた。たとえ俺からは男達の表情が醜悪に見えたとしても、やむにやまれない事情があるのかもしれない……と考えてしまい、一歩が踏み出せないままでいる。
「じゃあな!!胸糞悪い妖精のガキ!!」
そう言いながら、男の一人が剣を振り下ろした。その瞬間俺には見えた。いや、視界に入ってしまった。
急速に絶望へと染まってゆく、女の子の翠の瞳が……。
「(やめろぉぉぉぉ!!!!)ゴラァァァァァ!!!!」
俺は無我夢中で叫んでいた。前世でもこれ程大きな声を出したことはないだろう………今となってはわからんが、少なくともそう言い切れるくらいに……。
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「……それがお前の選択か……」
黒服の青年は、そう呟きながら深く息を吐き、天井を見上げた。その態度からは「結局こうなってしまったか」と伝わるような……諦観と弱冠の哀愁のオーラを漂わせている。
「……お前はもう、運命というレールの上に乗っちまったぞ。後戻りは……もうできないし、止まれないからな……」
視線を下ろし、水晶玉に向けて静かに言い放つ。誰もいない空間にひたすらこだまし、パチパチと暖炉の火がそのこだまを打ち消していく。
「……けど………」
(どうか……どうか絶望しないでほしい……。この世界は、その程度で希望を失うようなちっぽけな世界じゃないんだ……。どうか強く生き抜いてくれ……)
青年の心からの願いは、誰にも伝わることなく、ましてや音にもならずに、静かに消えていくのだった。
なんとか早いペースで投稿したいです。頑張ろうとは思います。